第九話 「空中決戦」
翌朝、電車はまだ復旧していなかったが、碧は何とか会社までたどり着いた。
他のほとんどの社員は出社が遅れており、フロアにいるのも数名である。
制服に着替えた碧は出部の机をチラッと見る。
(出部さんは外回りか……)
そのとき紅葉が出社してきた。
「碧ぃ。昨日大丈夫だった-?」
「怪獣が襲ってきた電車に乗り合わせちゃった」
「うそー! けがはないの!?」
「うん、大丈夫」
「それで? メタボマンは来てくれた!?」
「ううん。なぜか出部さんはいたけど」
「そうかぁ。地上で戦っただけかー」
紅葉は生の話を聞きたかったらしい。
「ところで碧。何で今日は”イデブー”じゃなくて”出部さん”なの? 昨日何かあった?」
「な、何でよ! あ、あんなのと何かあるわけないじゃない!」
「ムキになると怪しいよ」
「もう紅葉と口きかない!」
「まあまあ、そんなに怒んないで。でもあんたどうしてそこまでイデブーを嫌うの?」
「別に。生理的に嫌いだからよ」
「それはうそだね。何か理由があるでしょ」
「ないわよ」
「言わないと、こうだ!」
紅葉は碧をくすぐり始めた。
「きゃー! ちょっ、ちょっと待って。言う、言うからー!」
碧はしぶしぶ話し始めた。
「私が新人のとき、どうしても終わらない事務処理があって、遅くまで残っていたことがあったのね。そのときイデブーがいて手伝ってくれたおかげで、早く終われたの」
「へえ。それで?」
「イデブーは覚えていなかったけど、私お礼にバレンタインのチョコをあげたの。だけどホワイトデーのお返しはくれないし、そのときいた美人の先輩にデレデレしてるし、私頭きちゃって」
「ああ、打櫛さんだっけ。でもあんたそれ”かわいさ余って~”ってやつじゃないの」
「えー。べ、別にあんなの好きじゃないよぉ」
「自分の気持ちに素直になった方がいいよ。じゃないと絶対後悔するから」
そのころ出部はメタボマンに変身して、電車の復旧工事を手伝っていた。
そのため工事は順調に進み、昼ごろには何とか復旧の目途がたった。
しかし切断された回線網の復旧は困難であった。
午後、会社に帰ってきた出部は、廊下で会った碧にあいさつをする。
「槇場さん、昨日はお疲れさま」
しかし碧は昨日のことを思い出し、何となく恥ずかしくて出部の顔を見ることができない。
「お、お帰りなさい……」
碧は小走りに去っていった。
「一度助けたぐらいで馴れ馴れしくするなってことか。そうだよな」
一方碧は、自分の感情に少々戸惑っていた。
「恥ずかしくて顔も見れないなんて、女子高生じゃあるまいし。私何やってるんだろ。紅葉が変なこと言うから意識しちゃったじゃない。あーもう、やめやめ」
出部は帰ってきたものの、回線がつながらず端末が使えないため、開店休業状態である。
リフレッシュコーナーでコーヒーを飲みながら、ふと昨日思い出したことを考えた。
碧が新人のときにあったことが、心に引っかかっている。
出部は記憶の糸を手繰り寄せ、やっと思い出した。
碧にバレンタインのチョコをもらったのだが、いくら考えてもお返しをした記憶がない。
そこに碧がやってきた。
「出部さん、昨日はありがとうございました。それで、怪我ってもう大丈夫なんですか?」
「ああ、もう大丈夫。見た目ほど大けがじゃなかったんだ」
「そうですか。よかった」
そしてしばらく沈黙が流れる。
「あ、あのっ、出部さんて打櫛さんのことが好きだったんですか?」
(よりによって、私ったら何てことを……)
「打櫛さんて、打櫛美也子のこと?」
「え、ええ。そうです」
「美也子は俺の従妹だよ」
「え!? うそー!」
「会社では絶対言うなって言われてたから秘密にしてたけど、去年やめちゃったからいいだろう」
「でも、会社でよく親しそうに話していたから、私てっきり……」
「小さいころから知っているからね。でもそれがどうかしたの?」
「いえ、な、何でもないです」
そういうと碧は駆けていった。
「行っちゃったか。俺もチョコのこと聞きたかったんだが」
出部も席に戻ったが、ここにいても何もできることがない。
出部はふと思いついて外出し、しばらくして帰ってきた。
そして碧の机のそばを通る瞬間、メモを置いた。
メモにはこう書いてある。
『用事があるのでちょっと来て欲しい』
碧はメモを見て、胸の鼓動が早くなるのを感じた。
碧が廊下に出てみると、隅の方で出部が呼んでいる。
「槇場さん、今更だけど、実は君が新人のときもらったチョコのお返しをしていないことに気がついて買ってきたんだ。もらってくれるかな」
「本当に今更ですね。でもかわいそうだからもらってあげます」
「ありがとう。やっぱり槇場さんてやさしいね」
「そ、そんなことを言っても何も出ませんよ」
だが碧の頬は赤く染まっている。
「とにかく、今度チョコをあげたときは、お返しくださいねっ」
そして小さな声でありがとうと言って、碧は席に戻っていった。
チョコの包みを後ろ手に隠しながら席についた碧は、出部のことを考える。
(どうしよう。出部さんを嫌う理由がなくなっちゃった)
(でも私何であんなに出部さんのこと嫌ってたんだったんだっけ)
(ううん、多分嫌いだと思い込もうとしてただけ。だってそうしないと……)
もう碧の頭の中からは、出部のことが離れなかった。
そのころ出部もリフレッシュルームで、碧のことを考えていた。
先ほどの碧との会話でかわいいと思ってしまったのである。
いや基本的に人に対する碧の応対はかわいいのであるが、彼女は今まで出部にはまったくそういう所は見せず、厳しい態度を取り続けていた。
しかし今日は出部に対しても、碧本来のやさしい面を素直に出してくれている。
出部はそれが何よりうれしかった。
「だけどあの娘、俺のこと嫌いなんだよな」
出部は虚しくなってきた。
突然スカル星人の声が聞こえてきた。
「美多民市民の諸君。そろそろ本気を出してやろう。今度のコレバインは今までの怪獣とは少々違うぞ。死にたくなければ、今のうちに逃げることだな」
そして未確認飛行物体が、ビルすれすれに飛んでいく。
「あれは何だ!」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「いやメタボマン……じゃないな」
出部は窓からその様子を見ていた。
「あれはこの前の奴か! やけに大きいな!」
以前空自と戦って、ミサイルで撃墜された”鳥”である
「あいつがコレバインか。今度は空中戦かよ」
外に出てメタボマンに変身する。
そして巨大化してコレバインを追ったが追いつけない。
さらにいつの間にか後ろを取られる。
「まずい。スピードも旋回能力も奴の方が上だ!」
コレバインは口から高出力レーザーを吐いた。
メタボマンはメタボバリアを張るが、レーザーはバリアを貫通し、メタボマンの体をかすめていく。
メタボマンはコレバインにメタボナイフを投げたが、簡単に避けられる。
「水引ブーメラン!」
だが翼についている鋭利な刃物のようなもので弾かれてしまった。
そしてクロスショットもコレバインに当たらない。
今度はコレバインの方から向かってきて、口からレーザーを吐く。
メタボマンが避けると、翼の刃で攻撃してくる。
メタボマンはブーメランを手に持ち、刃の攻撃を防いだ。
そして反撃しようとしたが、飛行物体への有効な攻撃手段がない。
メタボマンは地上戦に持ち込むことにし、体当たりを敢行した。
コレバインは向かってくるメタボマンに、レーザーを乱射する。
メタボマンの頭をかばう両腕が切り刻まれていくが、構わず突進した。
二体はもつれあって地上に落ちた。
しかしメタボマンの両手はダメージで動かない。
メタボマンは水引ファイアーを使うが、コレバインの超音波バリアで熱線を防がれる。
メタボマンの攻撃はここまでであった。
これ以上攻撃するには両手を使わなくてはならない。
しかもタイマーは赤く点滅している。
「だめだ。タイムアップだ」
メタボマンは光の輪となり、人のいないところまで飛んでいき、元の姿に戻った。
メタボマンがいなくなると、コレバインは再び空へ飛び立った。
そしてレーザーと翼の刃で建物を切り、中にいる人々を捕食した。
「人を……食ってる……」
その光景を見た人々は驚き逃げまどう。
出部もその様子を見ていた。
「あんな人工生命体が人を食うのか!」
早く変身して戦いたかったが、変身可能になるまであと二十分以上もある。
出部は痛む両手をさすりながら、時間になるのを待った。
その間コレバインは、飛びながらレーザーでビルを切り刻み、翼で建物を切断していった。
変身規制が解けた出部は、再度メタボマンに変身する。
そのときカメロパルダリス星人の声が聞こえてきた。
「メタボマン、空中で戦うときはスクリーンを空中戦モードに切り替えるのだ」
「早く言ってくれよー」
「すべてヘルプ画面に書いてあるはずだが」
「俺は困ったときにしか取説を読まない主義なんだ」
「それはいかんな」
メタボマンは空を飛び、スクリーンを空中戦モードに切り替えた。
すると、スクリーン上に敵の予想進路やスピード、自分との距離、さらに攻撃するときの目標ポイントなどが表示される。
メタボマンはコレバインの進行方向にクロスショットを撃った。
コレバインは超音波バリアで防ごうとしたが、クロスショットはバリアを突き抜けコレバインの頭部に命中した。
かなりのダメージを負ったようで、動きが単調になっている。
メタボマンはコレバインを既に破壊された地区の上空に誘い出し、水引ブーメランを放った。
光のブーメランがコレバインに向かっていく。
コレバインは再度翼の刃で防御しようとしたが、メタボマンはブーメランをコントロールし、コレバインに当たる瞬間軌道を変え、その両翼を付け根から切断した。
翼をなくしたコレバインは地面へ落ちていった。
そして哀れみを乞うような声で鳴いている。
「きさまが飛ぶことはもうない。その罪は身を持って贖え」
メタボマンが頭上で両腕を交差させると両手が光りだし、その両手を突き出す。
「メタボリウム光線!」
らせん状の光がコレバインに命中した。
コレバインは大爆発を起こし、跡形もなく消え去った。
「長期に渡り改良を重ねたコレバインが倒されるとはな。メタボマン、次はそうはいかんぞ」
「まて! 以前幼生体のコレバインを出してきたのはなぜだ!」
「コレバインは成長過程で人間を食うようになったのでな。外に出して食わせてやったのだ」
「”コレバインが人間を食うようになった”のがなぜわかったんだ!」
だがスカル星人はそれには答えず消えていった。
「奴は一体どうやって研究しているんだ」
メタボリウム光線の消費エネルギーが大きいため、カウンターの値はほどなく零になった。
元の姿に戻った出部はオフィスに戻り、何食わぬ顔で部屋に入ろうとしたが、碧に見つかってしまった。
「出部さん! どこ行ってたんですか!」
「ごめんごめん。ちょっと外出してた」
「そういうのは困ります! ちゃんと予定表に書いて行ってください!」
横から紅葉が口を挟む。
「そうですよ。さっきから碧は出部さんの机を見ながら、ため息ついていたんですから。あんまり碧を心配させないでくださいね」
「ちょっ、紅葉!」
だが碧の顔は既に赤くなっている。
「もう知らない!」
碧は部屋から出ていった。
「それは悪かった。でも社員一人一人を心配してくれる槇場さんはやさしいねぇ」
これには、オフィスにいた全員が心の中で突っ込んだ。
(鈍感)
(鈍感だ)
(だめだこりゃ)
「お先に失礼します」
課長のいない日は早く帰れる。
出部は駅へと向かう道を歩いていた。
「出部さーん」
振り返ると、碧が手を振りながら駆けてくる。
「あー、間に合ってよかった」
「どうしたの一体」
「出部さんて甘いもの好きですか?」
「うん。酒も好きだけど甘い物もよく食べるよ」
「じゃあクッキー焼いたんですけどいかがです?」
「ありがたくもらうよ。槇場さんはよくお菓子作るの?」
「ええ。趣味、というよりは自分が食べたいから作るって感じかな」
話しているうちに駅につく。
二人は電車の中でもたわいないおしゃべりを続けるのであった。