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自分の部隊

 サラマンダーと人族の少女を連れて前線基地へ戻ったとき、グリードは自分がもう少しまともな顔で迎えられるかもしれないと、ほんのわずかに期待していたのかもしれない。正式にライダーへ上がって初めての単独斥候任務で、候補生たちの動きを掴むどころか、火炎魔獣を新たな騎獣として従え、人族の捕虜まで確保して帰ってきたのだ。雑兵の物差しで測れば十分すぎる戦果である。


 だが、基地の門をくぐった瞬間に浴びせられたのは、やはり前線基地らしい騒がしさと野次だった。


「何だありゃ!」


「サラマンダーだぞ、おい!」


「人族まで連れてる!」


「進化できねえゴブリンが、今度は何拾ってきやがった!」


 門番のゴブリンが一歩引き、近くのオーク兵が眉をひそめ、コボルト斥候たちは半ば面白がるように鼻を鳴らしている。厩舎の方から飛び出してきたライダー崩れたちは露骨に嫌そうな顔をした。彼らからすれば、ついこの前まで同じ泥の中にいたはずの出来損ないが、正式にライダーとなっただけでなく、今度は大型の火炎魔獣まで連れ帰ったのだ。面白いはずがなかった。


 もっとも、その騒ぎも上が「黙れ」と一声かければ止まる程度のものだった。魔王軍の兵たちは粗暴で口も悪いが、完全に統率が利かないわけではない。むしろ多種族が寄せ集まっているからこそ、命令系統だけはしっかりしている。


 その中でバルグは、厩舎の影からゆっくり現れた。傷だらけの顔にいつものような不機嫌さはある。だがグリードがサラマンダーへ跨がり、その後ろへリシェルを乗せている姿を見た瞬間、さすがに少しだけ目を見開いた。だが驚きは一瞬で、結局バルグは何も言わなかった。ただ、こちらを一度見て、それから視線を外して去っていった。


 騒ぎの中心へ現れたガズロックも、怒鳴ったり問い詰めたりはしなかった。まずサラマンダーを見て、その後ろのリシェルを見る。最後にグリードへ視線を戻し、短く報告だけ求めた。グリードも簡潔に、候補生たちの一団が襲われたこと、サラマンダーを制圧して従えたこと、人族側には裏切り者がいる可能性が高いこと、リシェルが捕虜として同行を望んだことを伝える。


 ガズロックは途中で一度も口を挟まなかった。最後まで聞き終えたあと、「分かった」とだけ言う。


「お前は引き続き単独遊撃隊として動け。こいつは捕虜としてお前の監視下に置く。火蜥蜴は……専用の厩舎を作る」


 それだけだった。


 グリードは拍子抜けに近いものを感じた。もっと面倒があると思っていたのだ。だが考えてみればガズロック副官らしいとも言える。問題であれば処理するが、それ以上に戦力価値が高ければまず運用可能性を優先して検討する。人族の捕虜も、火炎魔獣も、情報や兵力として見れば使い道は大きい。だから余計な情緒を挟まないということなのだろう。


 その日のうちに、サラマンダー用の厩舎が基地の川辺近くへ急ごしらえで設けられた。基地の中心から少し外れた位置にあるが、水場に近い利点がある。サラマンダーは常に熱を帯びている魔獣であり、普通の魔犬厩舎へ入れれば周囲の獣まで放射熱で弱らせかねない。川水を引き込みやすく、冷却用の桶や湿らせた敷材を常に用意できる場所が必要だった。ちょうど鍛冶屋も大量の水を使う関係で、ノッケの工房もその近くにある。


 グリードがサラマンダーを新しい厩舎へ連れて行くと、サラマンダーは熱を嫌うように水気のある土の上へ腹を下ろした。完全に満足そうではないが、山脈の乾いた熱地よりはましなのだろう。喉の奥を鳴らす低い音も、敵意より落ち着きに近かった。


 装備の参考にするために見学に来ていたノッケはその巨体をぐるりと一周して見てから、顎髭を撫でる。


「思った以上に熱いな。普通の鞍じゃ尻が焼ける」


「俺もそれは感じた」


「厄介だな」


 ぶっきらぼうに言いながらも、彼の目はもう職人のそれになっていた。革の厚みを変えるか、水を含ませた下敷きを挟むか、鱗の間へ食い込まないように金具の位置をずらすか。ぶつぶつ言いながら工房へ戻っていく。グリードが礼を言う間もない。だが、そうして何も言わずに動いてくれるのがノッケだった。


 リシェルの処遇も、思ったよりあっさり決まった。彼女は正式には捕虜である。だが魔王軍では、人族の捕虜をただ檻へ押し込んで虐待するような扱いはそれほど一般的ではない。もちろん自由はないし、逃亡は許されず、武器も勝手には持てない。だが、多文化共生の下地を持つ魔王軍では、捕虜も捕らえた者の監視下で働かせたり、従者のように使ったりする慣習が根づいている。相手が人族であっても、役に立つなら生かして使う。その方が合理的だし、多種族社会では珍しくもない考え方だった。


 結果として、リシェルはグリードの監視下で生活する捕虜となった。寝所も同じく、サラマンダー厩舎の近くにある狭い一軒家があてがわれることになる。家といっても、石の土台に板壁を立てた簡素なものだ。部屋は二つ、台所と呼ぶには心許ない調理場、粗末な寝台が二つしかない。雑兵寝所でごろ寝していたグリードからすれば夢のような待遇だったが、育ちのよさそうなリシェルにとっては過酷かもしれないと思っていた。


 ところが本人は意外なほど平然としていた。


「……もっとひどいの想像してたから」


 小屋の中をひととおり見回したあと、彼女は肩をすくめてそう言った。


「窓あるし、鍵も内側からかけられるし、水場も近い。十分よ」


「そうなのか」


「学園の寮よりはずっと粗末だけど、野営よりはまし」


 そう言って荷を置く様子を見ると、確かに野営に慣れている空気がある。見た目と違い、箱入り娘ではないのだろう、とふと思った。


 サラマンダーという強襲戦力を手に入れたことで、グリードは斥候だけでなく、強襲や遊撃の任務も遂行可能な能力を得たことになる。しかし、サラマンダーに乗って突っ込めば、細かな索敵はできない。そのためガズロックは、以前から親交のあったジャルをグリードの隊へ回した。


 夕方、川辺近くの厩舎へふらりと現れたジャルは、相変わらず飄々としていた。


「よお、出世頭」


 木柵へ肘をつきながら、にやりと笑う。


「まさかお前の小隊に配置される日が来るなんてな」


「小隊ってほど立派なもんじゃないだろ」


「形式なんぞどうでもいい。お前が騎獣を抱えて動き、下の者が斥候を務めるんだったら、もうそれなりの隊ってことだよ」


 軽口にしか聞こえないが、ジャルなりに現実を見ての言葉だった。いまのグリードの周りには、サラマンダー、リシェル、ジャル、そしてノッケの支援がある。表向きにはフローズは数に入っていないが、実際には彼もいる。考えてみれば、ただの雑兵に過ぎなかった時代からは想像もつかない陣容になったものだと感じるのだった。 

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