第1話 再会
世界一嫌いな女が義妹になった。信じられない。生きていると予想もつかないことが身に起こることがある。
楠木麻樹は、私をじっと見ていた。少しも目を逸らすことはしなかった。さながら捕食者のようだ。
私は思わず、ごくりと唾を飲んだ。凛と伸びた背筋が逆に怖かった。居心地の悪さに胃が痛くなり、つい俯いてしまった。
白いダイニングテーブルは傷一つなかった。手触りが良く、高級感があった。4人で使うにはちょうど良いサイズ感だと思った。
茶色いテーブルは、引っ越してくるにあたって処分してしまった。汚れがひどく、肘をついたらグラグラする代物だったから、ちょうどいいと言えば、そうなのだろう。
一昨日まで使っていたのに。やけに遠い日のことのように感じられた。
これから、この白いテーブルで、麻樹とご飯を食べることになるのだろう。朝の目玉焼きは、はたして上手く喉を通るだろうか。
視界の片隅では、いまだ彼女からの"熱い"視線を感じていた。ビー玉のような丸い目が怖かった。
「風香ちゃん、今日からよろしくね。困ったことがあったら何でもおじさんに言ってね」
麻樹のお父さんが言った。彼女と違って、優しそうな瞳をしていると思った。
「はい。茂雄さん。よろしくお願いします」
まだ、彼をお父さんと呼ぶ気にはなれなかった。
茂雄さんは、私の好きなように呼んでいいと言っていた。だから、とりあえず下の名前にさんを付けて呼ぶことにした。
「あら。風香、堅くない? もっと楽にしていいのよ〜」
隣に座るお母さんが、私の肩に触れて、軽く揉んだ。気がつかなかったけど、体に力が入っていたみたいだった。
「……もういいって! 触らなくて。過保護すぎっ」
もう高2にもなる歳だから、恥ずかしかった。茂雄さんだけが、ハハハと笑ってくれた。
麻樹は微動だにしなかった。先ほどから険しい顔をして、私だけをじっと見ている。
もしかすると、お母さんを見ていた時間もあったかもしれない。
二人は斜め向かいに座っているんだから、そりゃ、目だって一度くらいは合うだろう。
だけど、多くの時間、麻樹は私のことをずっと見ていた。これはきっと勘違いではない。
「——そうだ。予備室にゲーム機を置いていたんだった。良かったら、風香ちゃんと麻樹、一緒に遊んでくるかい?」
静寂を破ったのは、茂雄さんだった。彼は流行りのハード機の名前を口にした。
「なんてたって、品切れするほどの人気ゲームなんだってね? ソフトは店員さんがおすすめするものを選んだんだけど……。二人は同い年ということだし。どうかな」
茂雄さんの身振り手振りが激しい。額には汗をかいていた。
きっと気を遣って用意してくれたのだろう。
家族となる4人が揃った記念すべき日。彼は、私と麻樹を喜ばせるために、サプライズでゲームを買っておいたのだ。
——だけど私たちは小学生ではない。もう高校生だ。
正直、ハード機のゲームには興味がなかった。多分、"彼女"も同じだと思う。
だけど、せっかく茂雄さんが用意してくれたものだ。
無下にするのは、さすがに心が痛む。
「ありがとうございます。嬉しいです」
私は彼の目を見て言った。
「風香、麻樹ちゃんと一緒にゲームして来たら?」
お母さんが追い打ちをかける。余計なことを……。
「ほら。今から茂雄くんと、いろいろと決めないといけないことがあるの。食器や、今夜の晩ご飯の買い出しにも行きたいし……」
ほくほく顔でお母さんは語った。まるで彼とデートするのを楽しみにしている少女のようだった。
……そういうことか。でも、今、麻樹と二人きりになるのは気まずいんだよなぁ。
どうしようかと悩んでいたら、
「いいですよ。"風香ちゃん"。一緒にゲームしに行こうよ」
麻樹が優等生のような笑みを浮かべて言った。
「ほら」
彼女は椅子から立ち上がると、なんと私に向かって手まで差し出してきた。
さぞかし、お母さんには、"優しい妹"に見えたことだろう。現に、胸の前で手を組んで、まぁと感嘆の声を漏らしている。
——私からすると悪魔の手懐けのようにしか見えなかった。
「……わかった」
私は覚悟を決めた。どうせ、一緒に住む以上、形だけでも仲良くしないといけないのだから。
せめてもの抵抗で、麻樹の手は取らなかった。
椅子から立ち上がると、上目遣いで彼女を見る羽目になった。
相変わらず、背が高い。
私の方がお姉ちゃんなのに。これじゃ、威厳が出ないじゃないか。
麻樹とバチっと目が合った。長いまつ毛に大きな瞳。鼻は高くて、唇は艶やか。彼女は客観的に見ても、かわいい部類に入るだろう。いや、美少女と言っても過言ではない。
長く見過ぎたからかな。麻樹は顔を覗き込んできた。甘い匂いが強くなる。
唇が近い。一瞬、過去の記憶が蘇ってきて、ゾッとした。一歩、後ろに下がると、椅子がガタッと音を立てた。
彼女は私の反応を見ると、口角を上げて笑った——ように見えた。
茂雄さんとお母さんは、二人で話をしていた。だから、麻樹の表情は見ていないわけで……。




