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ぼくの夏休み

 夏って、どんなだろう。


「坊主、夏は初めてか? ここは片田舎の小島だ。なーんもねぇぞ」


 ほんとは家でみんなとゲームしてたかったのに、お父さんが旅行券なんか当てちゃったせいで……。


「好きで、来たんじゃないよ」ぼそっとしたぼくの声を、真っ青な水の波と冷たい風がのんじゃった。


「しっかし、船よいしねぇとは大したもんだな!」


「うん」


 それは、どっちに言ったんだろう。


 となりのスーツの人にかな。


「ねぇ」


「なんだ」


「おじ――」

「兄さん」


 ぷかぷかと浮かんでる、きりみたいだ。


「何、それ」

「タバコ」


 映画でしか聞いたことないやつだ。


「美味しいの?」

「不味い」


「じゃあどうして?」

「口直し」


 ……。


 ?


「ぼくも吸ってみたい」

「お酒とタバコは二十歳になってから。俺だって、ちょっと前まであめでガマンしてたんだぜ?」


「じゃあ、よわないのとは関係ないんだ」


「あぁ、慣れさ。そうじゅうしてるリョウシも同じくな」


「『()()()()』?」


「魚をとって、売ったりする人のこと」


「いつの時代?」


「ずっと昔、まだこういう場所に人が住んでた頃」


「へぇー。ていうか、夏って何?」


「質問ばかりだな」


「ごめん」


「良いよ、こういうのも悪くない」


「じゃあ教えて」


「そうだな、人間様のおつくりになられたことわざ。春夏秋冬の一つ。じて」

「春夏秋冬って?」


「オレ()ご先祖様が住んでいた国の季節さ」


「ずーっとおんなじじゃないの?」


「あぁ、今よりも大変で、楽しかったらしい」


「へぇーー」


 ん?


 お兄ちゃんのケムリにばっか目が行って気が付かなかったけど、手にも何か、変なのを持っていた。


「それは?」


「ん? これか? これはな、三十八式歩ヘイジュウ」


「おもちゃ?」


 いきなり頭からドカッ! ってすごい音がした。


「いたいよ!」


「今の話の、お守りだ」


 なぐる必要なんて無いのに。――――ひどいよ。


 あと、今のしゃべり方、めちゃくちゃのろいし。


「どうしたんだ?」


 心配しょうのお父さんのお出ましだ。


「ううん、べつに」


「きっと、ふざけて足でもぶつけたのよ。せまいんだから大人しくしてなさい」


 ぼくはあまりの言いがかりにうでを広く組んだままおじいさん野郎をにらみつけた。


「……」


 無視、されたみたい。


「それにしても島が近づいてきたのに迎えがありませんね」


「えぇ、何せお客さんはあんた方一組様だけですから」


「「えっ⁉︎」」


 姉ちゃんとお母さんが一緒になってまで驚いた。


「都会なんて、人人人で嫌になるでしょう。だから、ここに来たんでしょう?」


「えぇ、ま、まぁそうですが、流石に人っこ一人いないというのは不気味、ですよね?」


「一応、私以外に案内役として一名、島におりますから。何か困ったことがあったら言ってください」


「は、ハァ」


 ふんっ、だからぼくはイヤだったんだ。


「こんな人とも会っちゃったし」


「聞こえてるぞ」


「ぁ」


 またなぐられる前にお父さんが助け船を出した。


「貴方も観光で?」

「いいえ、仕事で」


「どうして、私たち以外に人がいないんですか」


 それにお姉ちゃんと、


「一番人気な季節でしたよね?」


 お母さんまで乗り込んだ。


 あーあ、


「はやく大人になりたい」


「そうですね。ッー。四季、この夏は誰の物だと思われますか」


 もやっとした返事がみんなの言葉を詰まらせた。でも、ぼくにはそれがよく分からず、こう言った。


「きっと誰の物でも無いと思う」


「それが答えです」


 そしたらぼくに視線が集まって、また空気がしずかになっちゃった。


 そんな空気をこの人なりに読んだつもりなのか、


「ごく一ぱん的な理想の家庭では各々のたいせいにばらつきが生まれるのはよくある事なんですかね」


 まるで意味のわからないことを、どうどうと。


「なに言ってるの」


「沈んだ気分はその辺にしといて、港へ上がりましょう。着きましたよ、島」


「そ、そうしましょう」


 逃げた。


「ほっ、ほら坊主、楽しい楽しい夏の時間だぞ!」


「リョウシさんって、空気読めないんだね」


「え」


 ぼくは大切な荷物を持って、古ーい船を降りた。


 ――うん。地面は大丈夫そう。


「スゥぅーぁぁぁ」


 あごが割れそうなくらいのあくびでなみだしながら、久々のキャリーケースを引きずっていくエッジのきいていないローラーは、ぶつっとと切れた。


 いや、正しくはかき消されたが合ってると思う。


 ちらばった色んな木々か、なんかから、沢山の重く低い音をかなでる楽器を混ぜたみたいな感じだ。


 ミーン、ミーンって。


「わぁぁ」


 あっ、ここが。


「空気オセンは問題無さそうだ」

「ちょっとお父さん、気分台無し!」

「こら、何するんだ!」

「これはぼっしゅー! ほらうちの弟見習って!」


 そこにはまだぼくの知らない世界が広がっていた。


 ふと、その場で体を少しひねっておでこからじわっと出てくる汗をふきながら、ぼーっと空を見た。


「……!」


 今までに一度も見たことがない、おっきな雲だ。


 そして、


「あついな」




「一人であんまり奥に行かないように!」


「わかってる!」


「お姉ちゃんがついてってあげようか?」


「いいよ、一人で! 大丈夫! ありがとう‼︎」


 はじめてだ。ぼくだけでまちを歩くのは。


 目が泳ぐのが止まらない。


 お。


 知らない、つながってるようなそぼく、な家だ。のぼれそうなへんな小さな坂だ、海を見渡せそう。森がある。虫もいっぱいだ。ワッ、羽付きのハチ!


「ハァ、ハァ」


 なんだろ、アレ。


 せん、ろ? じゃあ、これが電車? 道の真ん中に作るなんて、昔の人たちって、変わってるんだな。


 うーん、それにしても。


 意外とみんなキレイだし、これならノラネコはいなさそうだな。田んぼは、畑はどこにあるんだろ。


 あっ、木のぼう!


「いーなか、いなか、片田舎! お前はどこーに、消えるんだ。こなつ、あさなつ、ちなつはつづく、いつまでだ!」


 教科書で見たもの全部見れた良い帰り道、ぼくは自分のかげがあぶられないうちに道を進んでいた。


 そしたら前からおんなじようにうっすら、ゆらゆらとした変わらない身長の子? が、歩いてきた。


「……」


 引き返そうか。そう思っていた。

 でも、カラッと、よくひびく音がした。


 いつの間にか木のぼうを落としていて、ぼくは迷わず走っていた。


 今思えばきっとこれは、夏休みの始まりの合図だったんだと思う。

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