No12. 緋血は舞う
しれっと言ってたけどそもそも条件は討伐じゃなく撃退だ。どこまで撃退するかなんて言ってないから本当に死にそうな時は離脱できるようにしておく。最悪は、モフ蛇の首根っこ掴んで逃げるとしよう。
私はこの子はできるだけ死なせたくない。面白いし。さっき冷酷なこと心の内で考えてごめんね。私もまだよくわかってないんよ。
それと実はモフ蛇は見落としてるんだろうが、普通に私がモフ蛇を運んで私の住まいまで連れてっても根本的な解決には至る訳だ。
さて、そんな裏の思惑がある依頼だが、当然条件はある。それと報酬は頂こうと思う。まぁ無茶なものは要求しないけどね。要求は二つ。一つはさっきも言ったやつにプラスで普段からの行動を共にしてもらう。
正直、モフ蛇を連れて元の森まで戻るだけでもいいのではと思うが、もしかしたら同格かもしれないのだ。
最低でも偵察ぐらいはしたいとこだろう。それに、当然ながら1人よりも2人の方がやれることは増えるし生き残りやすい。これはマストと言えるだろう。
そしてもう一つ。それはそちらが持っていそうな能力の開示だ。
行動を共にする上で、ある程度情報共有は済ませるべきだろう。
それに、もしかしたらそれで開示された情報が撃退対象に有効なものかもしれない。こちらも当然ながらマストと言える。
さて、これをモフ蛇に伝えたところ、もっと法外なものが来ると思っていたのだろう。随分と喜んでいた。なんなら小躍り(蛇のくせにどうやったのだろうか)や、最初にも見せたような直立態勢まで披露した。
ーーこの時、周りをもっと警戒するべきだった。
……。そうすれば、もう少し初動が良くなっただろうに。
「……っ!!」
何かが豪速で近づいてくることを感知する。『気配感知』スキルを持っていたからわかったのでしょうね。でも、直前なら意味がない。
湖の周りを囲む森。その一角が弾け飛んだ。
『「!?』」
それと同時に赤い何かがすっ飛んでくる。それは湖を横切り、私たちの斜め右あたりに着弾した。
「っち、蛇ちゃん、隠れるか戦闘態勢!」
ズドォオオオォォンという爆発じみた音を立てて着弾したそれは、赤い鹿だった。
その体は少し遠くから見てもわかるほどにボロボロで、明らかにもう生きてはいなかった。だが、この鹿はただ赤いだけではなかった。
その赤い毛はぐっしょりと濡れている。赤くて、濡れている。ここに一部が別の茶色、おそらくは地毛だろう毛があればもう確定だ。
この鹿は、大量の血で、それも明らかに鹿自身の血では足りないほどの多くの血を浴びている。
もう予測はできるだろう。この鹿は、先程ぶっ飛んできた原因であるものにやられた。そう考えるのが妥当と言うべきだ。
そこまでは考えられた。
ーーーーーー!!!
咆哮が耳を震わす。物理的質量をとまなったかのような覇気が押し寄せ、重圧となって身を縛る。あの時の白虎ほどではないにしても、この数日の中で確実に最も強い敵。これは、同格なんかじゃーー!?
爆音に一瞬でも気を取られたのは確かだった。少し、するべきではない思考で一瞬を浪費したのも確かだ。
故に、その一瞬をついて飛び出てきた先程よりもっと赤い何かは、呆気ないほどに容易く、瞬きの暇なくこちらに到達する。
「ーーーやばっ!?」
視界が回った、森の木々が逆転してまた元に戻る。
高速で視界が移り変わり、歪んだ。意識が霞み、明滅する。何かに激突した。
「っ!?……、ぁ、っぐ、は、ぁ」
背中からどこかにぶつかったのか?うまく考えられない。まずい、まずいまずい……
抵抗の意思虚しく、私の意識が堕ちていく。
暗くて、深い無明の海に沈んでいく。最後に見たのは、赤い緋色の猿。
「ーーーぁ……」
◆
暗くて、真っ暗な視界の中で、水中にいるかのように耳がぼやけた音を伝える中で、それははっきり意味を為して伝えられた。
ーーー起きろ。死ぬぞ?
はは……わーってるよ。死ぬつもりなんて毛頭ない。
生きるさ、絶対ね。ただ、今がまずい状況ってのも理解してるのさ。現状把握は大切さ……
ーーー御託はいい。生きる信念を手放すな。
はいよぉ。私は手放してなんかいないさぁ。
ーーーそうか、ならば足掻け、汚泥に溺れようと、命を乞うたとしても、縋った藁が消えたとしても。
ーーー自分は、生きる。誓いは魂に残っている。彼を殺すまで、そして、その後も。ならばこの程度の子猿、容易く捻り潰せねばな?
ーーーなぁ、そうだろう?----------?
……ふはっ。別に元から死ぬつもりなんてなかった。
それでも、今のやりとりは私の背中押しにはなったようだ。
そう、そうだ。ふっと思い出した。私には、生きる以外にもやらないといけないことがある。
暗い深海に光が差し込む。但し、それは純白などではない。
濁って、それでも堕ちない、折れないことを示すかのような光が、手の形を取り私を引き上げる。
意識が急激に浮上する。視界が歪みながらも目の前の光景を映し出す。
気を失ったのはほんの一瞬か。結構体感時間は長かったんだが。まぁいい。
猿はこちらを向いていない。別の方向に向かっている。
見れば、その先にはうずくまった小さな蛇。そうか、あの子は完全に気を失っているのか。まぁ体も貧弱だって言ってたしな。
対する猿は、まさにこの場の王と言わんばかりだった。
逆立つ緋色の毛皮は、猛々しく。二メートルは裕に超えるその巨躯は、一種の覇気を放っていた。
のっしのっしと歩いているからして、完全に勝利を確信しているのだろう。
咄嗟に右腕を銃に変形しようとするが、どうやら先程あの猿から攻撃を受けた時、無理な態勢で無理やりガードしようとしたのだろう。
右腕はぶっ飛んでいていた。と言うか形状からして食われている。
ぶっ飛んだ腕は肉体変形で吸収はできるだろうが腕としてはもう使えなさそうだ。よって新しく腕を作成する。
部位を作るのはそこそこ体力を消耗する。これは厳しいね。もしかして隠しパラメータとかで体力ゲージあるんじゃねーの……?
まぁいいや。腕から改めて銃を作成する。ふぅ、結構これだけで疲れたな。本当なら、明らかに格上なこの猿には万全な準備の上で挑みたかった。でも、そんなこと言ってばっかじゃあ、いざって時に対応できない。やってやるさ。
それに、さ。お猿さんさぁ、君、私からしたら「理解できない恐怖」がない。
白虎が見せた、あの絶対的な覇気。どう逆立ちしても勝つビジョンも、どんな能力で、底はどれくらいなのか。
それすらもわからなかったあいつとは君は違う。理解できるんだよ、君の恐怖は。
ねぇお猿さん?持って生まれた天性の身体能力と特殊能力で今まで無双していたであろうお猿さん?
私ね、君の鼻を明かしてやりたい。油断してるでしょ?
自分の能力に絶対の信頼を置いているが故の余裕。
羨ましい、羨ましいよ。私ももっと楽して強くなりたかった。
でもね、無理なもんは無理。だからね、代わりに強者ゆえの余裕ってやつを崩してやりたい。
ーーその天狗鼻叩き折ってやるよ。弱者の卑怯さってやつをその骨髄に染み込んで死ね。
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