白星に黒を塗りたくって
「あ、これマジでやばい」
知らず口から漏れ出る程度にはその光景は美しく、何より悍ましく私の背筋を震わした。
白虎が、幾つもの小さな花びらとなって散っていく。その身を少しづつ花弁に変えていく様は、光に全身が置換されていることも相まって非常に幻想的だ。
けれど、私の勘と理性はどちらもその光景に最大級ですら手緩いレベルの警鐘を鳴らしていた。
見たことがあるのだ。このように儚く弱々しい攻撃を。別に白虎に限った話ではない。強者が、意味不明な奇妙な手を打った時、それは警戒に値すべきことなのだ。だって、自分より強い奴らを私は、完全に理解などできない。そして、理解できないのならば、そこには隙が生まれてしまう。
この花弁に触れてはならない。触れれば死ぬと思って動けと自分を叱咤する。そう考え全力で飛び退った私の判断は、見事に当たった。
ここは、天守閣だ。城の最上階であり、けれどその四方は壁で覆われており外の光景を一望することは難しい。と言うかできない。
けれど、その暗闇を作り出すためにあつらえられた壁は、花弁に触れた瞬間に透けるように消えていく。そうして何事もなかったかのように外の光が飛び込んでくるのだ。
非常に美しく、そして恐ろしい。あまりにも美しい光景は、時として恐怖を掻き立てる。今回の状況などはまさにその典型例だろう。人は、理解できないものを恐れるのだから。
「……っ。打つ手は……あったら即座に行動してるっての。こんなどこに当たり判定があるのかわからないやつに、物理攻撃は愚か、魔法とかの属性攻撃とかだって通じるはずがない」
これが、『輝きを知らぬ星』と言うやつだろう。不思議と確信がある。どう言う意味で持ってこの花弁が舞い散る様が輝きを知らないとしたのか、それはわからないけど、それより今は打開策が必要だ。
「まず、これがどれくらい続く?タキオンは長くは持っていなかった。これもそこまで長く続くとは思えないけれど……」
嫌な悪寒がする。これは切り札のはずだ。けれど、現在私はその切り札の発動を受けても五体満足。充分戦闘は継続できる状況だ。
そう、これを必殺技とするならば、まだ足りないのだ。必殺技は、相手を必ず殺す技。こうして触れれば死ぬとはいえ、静かに舞い散るだけでは相手を確実に殺せるとは思えない。
そして、必殺技というものは普通、絶対に相手を殺せるタイミングで使わないといけないから必殺技ということでもある。要は、何かしらのデメリットがあるはずなのだ。容易に使うことができないデメリットが。
思考を止めてはいけない。私はここから起こり得る白虎の行動を予測する。現在白虎は花弁の群れになっている。ここでありがちなのは花弁が意思を持ったように私の方へ攻撃してくるというパターンだ。
これはシンプルでありがちだが、実現するのは難しいということもわかっている。なぜなら、一つずつ花弁を操るなど、それこそいくら白虎でも思考のキャパシティが追いつかないはずなのだ。光と化している現状でどうなっているかは知らないが、生身なら脳が焼き切れているほどの情報量を扱う必要が出てくる。
「花弁が動かない。もう動かせるなら動かしているはず。可能性は……ないと考えよう。予測する未来が多すぎる。どれだけ取捨選択をしたとして……対策まで立てられるか……?」
心に広がる闇。嫌いな感覚だ。それは不安という。だが、そんなものは切り捨てる。不安は、慎重になるために。重要な局面で無闇に踏み出し失敗することを止める役割がある。
「つまり、今お前はお呼びじゃないんですよ……!」
自信を持て。私はできる。先ほどの超集中の影響か、今の私は少々気分が落ち込みがちだ。パフォーマンスを保つためには士気を高く保つしかやりようがない。自身の支配程度、できずして生き残ることなどできようか。
そう、生き延びる。生存本能こそが私を次へ進ませる。屍を越え、仲間と認めた存在を礎としてでも、尚も醜く勝利を求める。
「はははは……はぁ。殺す」
私は止まらない。現在の白虎が、花弁の群れとなったが故の弱点を見出せ。花弁とは舞い散るもの。美しく読めない挙動で持って私に這い寄り命に手をかける。
それはささやかな風でも動かされる脆弱な質量の群れ。つまり、風を用いれば対処できる。攻撃が開始されたとて、その変幻自在な攻撃は防御されづらく、そして干渉されやすい。
「……なるほど。それが切り札の真の効果というわけね」
これ以上は熟考できないな。花弁が動き出した。散らばっていた花弁たちは集まり、光を放つ虎へと戻る。いや、花弁がそのような形になっただけで、本質は変わらないままか。
「言うなれば、タキオンの上位互換というものかな?タキオンは光の塊による超高速移動。スプレンディドは花弁による変幻自在の即死攻撃。速さは……花弁という質量のないものになった時点で捨ててるか。じゃあマイナーチェンジだね」
私が白虎が持つ神速の一撃に対応できるようになった時点で、タキオンでは倒しきれないとされたから、そのマイナーチェンジで倒すというわけか。切り札が通用しなかった時の切り札というわけね。それで前に戦った時は出さなかったわけだ。
『………』
白虎は喋らない。まぁ喋ったところで変わることなんてないからかな。そう思われたということは……私がもう白虎でもあるメリーに揺らぐことがなくなったと思われたからか。ちょっと、寂しいかもしれない。
「おっと、雑念は消さないとね。駆除しよう。迷惑な花びらと一緒にね」
花弁の虎が踏み出す。一歩進むと同時に地面に広がっていく花弁は、やはり動きが読みづらい。形が定まっているからこそ、逆に予想がつきづらくもなるのかな。白虎ならこう動くだろうという、今までの戦闘で積み重ねた経験を乱すことで、有利に動こうとしている。
……でも、それでも弱点は見えてる。これは私がオタクとして小説とか読みまくってただけじゃない。実際に私が肉体変成という似たような能力を持っているからわかることだ。
「複雑な動きは、肉を持った個体として動くことを前提としている私たちの脳には負荷が大きい。乱しているのは私の経験だけじゃない。君の脳もだ」
小柄な人が、急に手足の長い長身の人になった時、その感覚は狂う。だって今までは思い切り手を伸ばさないと取れなかったものが、同じ距離でも軽く手を伸ばしただけで掴めるのだ。自身の経験をも狂わせるその動きは、決して私だけに不利なわけではない。
「確かにその能力は名前の通りだね。輝きを知らない、つまり、黒星ばっかり掴むってことでしょう?」
白虎は答えない。先ほどまでとは別人のようだ。いや、それとも本当に別の人格になっているのか。
白虎の精神がどうなっているのかは今の私にはさっぱりわからない。メリーが主体となって動いているのか、白虎とメリーが同居している状態なのか。
でも、先程は前に一度戦った時と同じような動きをしていた白虎が、同時にメリーとして私と会話をしていた。そんな経験はないからわからないけど、白虎の記憶を得たところで、それは別人の動きに過ぎないのだから、メリーが記憶をなぞって白虎と全く同じように動けるとは思えない。
だから、推測に過ぎないけれど、メリーと白虎、双方の人格があるのではないかと私は疑っている。さっきは会話と思考をメリーがして、白虎が戦闘を担当していたとか。うーん……よくわからないな。
どちらにせよ事実は白虎が現在その力を遺憾なく発揮しているということだけ。目の前の虎を殺すと決めたのなら、中身が何であろうと……何であろうと、殺す。それだけだ。いつもと同じ。変わらない。
「そう……変わらないんだ」
心なしか、私が白虎に向ける刀は、その切先がいつもより下を向いている気がした。
白虎が動く。下に這わせていた花弁の群れを一気に巻き上げる。嵐のように渦を巻きながら斜め上へ……つまり、私を狙って迫ってくる。が、私が危険視しているのは白虎の速度。花弁では個々の質量が少ないから、十分な速度を出せていない。つまり、簡単に避けれる。
のだが。
「ッチ!!」
跳びかけていた自身の脚に、込めようと思っていた力の三倍を咄嗟に入れる。想定以上の出力に体勢が崩れるが仕方ない。ゴロゴロと転がりながらも横によけた私が見たのは、花弁の嵐から現れた刀の切先だった。
……わかっていたつもりだったが、甘かった。花弁は予測不能な動きをする。だから、私が今持っている刀のように、花弁を用いて何だって作れるのだ。それも、私のそれとは違って触れた部分を消滅させる。
「自分と似た能力を相手取るとここまで苦戦するなんて……いや、今更ながらすごい能力持ってるな私。自画自賛?本当のことだからいいんですよーだ」
独り言なので当然相手は答えてくれない。でも、心なし白虎の目が冷たくなった気がした。直視できないんだけど。氷ですか?かき氷にしなよ。みんなから親しまれるよ?それに私が美味しくいただける。
「個人的、にはっ!ブルーハワイ味がいいかなぁ!!」
花弁の嵐を避けると並行して刀を肉へと戻す。変成してから時間が経ち過ぎているからか、体力は回復しない。そこそこの質量を込めていたから、戻ったのならいいなぁ、なんて思ってたんだけど。仕方ない。
「はーい。ここで私が踊りを見せてあげましょう」
刀の代わりに一対になるような扇を両手から生み出す。ここからは『風水刀然』をフル回転で使用する。と言っても、元々スキルじゃなくて、自前の技術なんだからクールタイムとかはない。ふふん。白虎がバカにした風水刀然の理念をその身に刻んでやろう。自然というのは、予期できず、生物とは規格が違い、対処が難しいものだ。
実際現代社会だって噴火とか起きたら結構な規模の災害になるし、地震とか津波とかだって予防することはできていないし。あれ?そういえば風水刀然をバカにしたのはメリーだっけ?それとも白虎?喋ってたからメリーかな?わからないからいいや。
「考えるより先に手が出るので、許してな!風の悪戯を始めよう!」
大きく踏み込み、花弁の刀の射程圏内に恐れなく踏み込む。怖くなんかなーい。本物の恐怖は、今も憶えているからね。他でもない、目の前の君の手によって、だ。
胴体の向きと、足が込めるベクトルの向きを変える。欺瞞に満ちた動きで動きながら、扇を振る。風が吹いた。
「うん、予想通り。人間は考えるから強いのさぁ!」
え?さっき考えるより先に手が出るって言ってた?何のことですか?私はインテリ系で通ってるんですよ??兎に角、事実として花弁の群れは揺らいだ。予測がつきづらくても、全体攻撃すればいいってことだね、うん。わかりやすい。
「さぁて!!どこまで散らせば死ぬかなァ!?」
風が吹き荒れる。突風というほど強いわけではないが、決して無視することはできない程度なのは確かな強い風。花弁の虎を中心に円を描くように私は踊る。
花弁の虎の斜め後ろ。七時の方向から白虎へ風を送る。花弁の左後ろ脚、その膝が崩れる。すぐに戻ろうとするけど、膝は関節として胴体を支えるために必須の場所だ。そこを崩されれば……左後ろ脚全体を崩さなくても、その部位全体が欠損したかのように一時的だがバランスを失う。
「隙は作るもの。メリー、くんには言ってたかな?」
心のこもっていないくん呼びだ。揺さぶりにもなりはしない。悲しいねぇ。崩れた姿勢の花弁の虎に、正面から風を送る。
なるほど、流石に頭を散らされるのはまずいのかな?必死の動きで避けられた。花弁の群れでも、脳の場所を崩されると不味いのだろうか?ううむ、わからないけど、やる価値は大だね。
「うーん……どうしようもないのは分かってるけど、それ悪手だよねぇ。動きが乱れてるよ?花弁の状態で動き回ることはそんなにないのかな?経験不足な匂いがするなー……??」
ヘラヘラ笑いながら追い討ちをどんどんかけていく。愛想笑いに決まってるでしょ?楽しいわけがない。
風を送る。後ろ脚が崩される。
風を送る。崩された場所の修復もままならないまま、もう一つの後ろ脚も崩される。
風を送る。脚を半分失って地に伏せた白虎は、ギリギリでそれを避ける。スプレンディドとやらは、初見殺しとしてはすごいけど、それ以降はあまり意味がなさそうだね。
避けた先にも風を送る。機動力を大幅に損なっている白虎は避けられない。前脚にまともに風を受けて、花弁が半壊する。
「自分の肉でもある花弁が舞い散る様を、君はどんな気分で見ているのかな?私にいいようにやられて悔しいかい?じゃあ何でこの技が初見のはずの私を仕留められなかった。白虎なら、仕留めて当然のはずだろうに……はぁ。感情制御もままならないな。ほんとに、複雑だよ」
地に伏せた白虎。散らされた花弁は、どうやら勝手な動きのしすぎで白虎の脳に甚大な負荷をかけたようだ。戻る様子がない。
地に伏せた敵に対して、私はいまだに健在。体力は変成などで使った分も相まって、残り三割程度。少ないと思うかい?私はそうは思わない。これだけの強敵を相手に、むしろここまで残せている自分がすごいと思う。
もう、王手をかけている状態だ。このままもう一度、今度は頭に風を送り込めば、それで終わる可能性はそこそこある。もしそれで白虎が死ななくとも、全身を余すことなく散らしてやれば、それで体の制御は意思から離れていくはず。
それとも、これ以上は花弁の状態でも無理だからとスプレンディドを停止する?そうなったらそうなったで問題ない。切り札が通用していなかったから、白虎は今の花弁の状態になっている。そうなったとして、私は確実に今のこの虎を殺せるだろう。
『………』
「………」
考えも、動きも、警戒も止めることはしない。手負いの獣は恐ろしいのだから。それに、花弁を舞い散らせた結果として、現在の壁が崩壊して光が差し込む天守閣には、まばらに花弁が偏在している。注意して動いていないと、今からでも形成を逆転されかねない。
今、私は何を感じているのだろうか。自分でも想像していなかったほどには多くの感情が混在している。
強敵に王手をかけているという興奮。
あの白虎が、こんなにもあっさりと終わってしまうのかという一抹の悲嘆。
メリーくんを救いたいという願望。
このシナリオが終われば、ベフェマとヴェイガーに再会できるという期待。
そして、何をおいても生き延びるという本能。
嗚呼、醜いなあ。割り切ってみせろよ。冷徹に、必要なことだからと、こなしてみせろよ。
ねぇ、白虎。私に初めて死の恐怖を教えた存在。ある意味では恩人の君は、それでもやっぱり生物なんだろう?あの日、君は私の存在に勘付いていたんじゃないか?それでも、面倒だから私の処理をしなかったんじゃないのか?だから、機械ならしなかった見逃しを、した。
ありがとう。私は今、君のおかげで生きている。這うように命を長らえ、矮小だった牙を研ぎ、自身の手札をこれでもかというほどに増やした。そして、これでもかというほど殺して、その死体を積み上げてここまで登ってきた。
私、嬉しいんだ。感情がごちゃ混ぜになって、気持ち悪いくらいに混ざって混ざった私の心に、それでも確かに君を下したが故の狂喜がある。
「私は、今紛れもなく生きている。逃げてばかりの死人と同様のつまらない生じゃない。賢く小さな感情しか得ない平坦な道じゃなくて、バカみたいな喜怒哀楽の凸凹道の、山頂にいるんだ。ねぇ白虎。私の心臓はあの時と同じで動いている。でも、それは敗北者の恐怖のそれじゃない。勝利を確信した、希望の鼓動なんだよ」
息を吸う。花弁を散らし、白虎の正面に立つ。
「お前を超えて、私は恐怖を越える。死んでくれ、白虎」
風を送った。
白虎の頭が、爆ぜた。
『……君の勝ちだ、オールさん』
そして、消えてどこにももうないはずの口から声が紡がれる。
「!!! やっぱり生きている!?」
『いや、もう無理だよ。これ以上は生きながらえない。そもそも、元からそんなに生きる意欲はないし』
花弁が舞い散る天守閣に、声だけが響く。
構えを解くべきではない。油断させて私を殺す気か。そうはいかない。
「……あれ?」
なのに、不思議と私の両手はだらんと垂れてしまった。違う、心の奥では分かっているんだ。声がいうことは、間違っていないのだと。
実際、それは事実だった。舞い散っていた光の花弁が残らず消えていく。いや、正確には一つだけ残っているか。
『僕は、もうこの花弁一切れ分の力しかない。時間が経てば勝手に死ぬ。改めて言おう。オールさんの、勝ちだよ』
ふよふよと浮かぶ光の花弁からは、何を考えているかは全く読み取れない。ただ、どうせなら話をしてみるのもありかと思った。だから、扇を肉体に吸収して代わりに椅子を生み出す。ごっそりHPが持って行かれた。辛い。
「……よいしょっと。それで、話しかけてきたのなら、何か話すということでしょう?手早くお願いね?」
『言われるまでもない。すぐ喋れなくなるから、迷惑にはならないと思うよ。僕が話したかったのはね、遺言と、取引をしたかったからなんだ』
「……遺言はまだしも、取引?」
『そう、取引。オールさんは知っているかと思うけど、僕、白虎の他にも、青龍や、朱雀、それに玄武はこの箱庭でのボスとしての役割を持っている。あ、もちろんみんな正式名称は違うけどね。それで、彼らは皆んな元仲間だ。特に、オールさんが話してくれたゲームのクリア条件。そのラスボスっていうのは多分、僕たちの主だ』
「断片的にではあるけど、まぁ君たちのことは色々知ってるね。メリーのメモリーとして得た記憶の欠片も、全部じゃないけど教えてもらった。それに、戦闘前に白虎自身が教えてくれたもんね」
『そう、そうだね。じゃあ、改めて僕たちの素性、そして目的も何から何まで教えよう。僕たちは元々神。主のルウ様に拾ってもらって、今まで色々な場所を旅してきた。けど、いろんな世界に手を伸ばしている大勢力のラプラス総統政府、これに反発してね。反ラプラスの星の勢力と契約を結んだりしたから、総統政府の連中に排除されてしまった。そして、その末路がこの通り。君たちのための踏み台として、僕らはこの箱庭で生贄となった。勿論、神としての力は奪われているよ。じゃないと君たちは勝てない』
「そして弱体化した結果、こうして今私に踏み台にされていると」
『その通り。けれど、ルウ様には生贄だけど、少し特殊な役割がある』
「それは?」
『それは、ルウ様がその身を削って箱庭を維持する、いわば星を支える柱の役目だ』




