最高の夫婦(1/1)
それから一カ月後。シルヴェスターはノルトハイム城の敷地内にある墓地に、母の月命日のお参りに来ていた。
「大奥様、お菓子を持ってきましたよ」
「いつもみたいに、ご本、読んであげますね」
今日は孤児院の皆も一緒だ。母の葬儀にも出席していた子たちが、墓前にお供え物をしている。
シルヴェスターは葬式のことを思い出していた。
当日は子どもたちだけではなく、領民からも大勢の参列者が来てくれた。
シルヴェスターはそのことを意外に思った。母は民衆からの人気が高かったのだろうか。だがよくよく話を聞いてみると、そうではなかったらしい。
皆が駆けつけてきてくれたのは、領主であるシルヴェスターを思ってのことだったのだ。母親を失い、さぞや心を痛めているだろうと心配してくれたのである。
もはやシルヴェスターを『領民の敵! 氷の貴公子シルヴェスター!』となじる者はどこにもいない。
シルヴェスターは、ノルトハイム領の民は揃いも揃って変わり者しかいないのだろうか、と首を傾げるばかりだった。
「義母様はとても愛されていたんですね」
少し離れたところで子どもたちの様子を見ていたマリアンネが言った。
「それに、やっと旦那様とも一緒になれました。望みが叶ったのですね」
母が埋葬されたのは、父の墓の隣だった。
事情をよく知らない者が、この並び立つ墓標を見れば、生前の二人は仲のいい夫婦だったと思うかもしれない。
「私も死んだらマリアンネの隣に埋めてもらうとするか」
「いきなり何を言い出すのですか」
マリアンネが眉をひそめた。
「不吉なことはやめてください」
「そうだな。『マリアンネの隣に埋めてほしい』だと、君のほうが先に死んでしまっていることになる」
「そうではなくて」
マリアンネはますます険しい顔になった。
「わたし、未だに時々信じられなくなるのです。二人とも生きていることが。それなのに、『死んだらマリアンネの隣に埋めてくれ』だなんて……」
マリアンネの表情が一瞬曇る。シルヴェスター共々、命を永らえたとはいえ、義母のことを思うと素直に喜ぶ気にはなれないのだろう。
「再会はあの世で、なんて絶対に嫌です。シルヴェスター様が身代わりになろうとしたこと、わたし、まだ根に持っているんですからね。あなたはわたしを不幸にしたいのですか?」
「まさか。そんなことは一度も考えたことはない。マリアンネには、誰よりも幸せになってほしいと思っている」
「でしたら、わたし一人だけ置いていこうとしないでください。わたしはずっとシルヴェスター様の隣にいたいんです」
マリアンネがシルヴェスターの腕をしっかりとつかんだ。物憂げな視線を墓に向ける。
「もし土の下で眠る時が来るとしても、それが今ではないことだけは確かです。明日でも、明後日でもない。まだわたしと一緒にいてください、シルヴェスター様」
「……それが君の望みなんだな」
シルヴェスターは胸が熱くなる。
憎まれても構わないと思っていたシルヴェスターだが、やはりかけられて嬉しいのは愛の言葉だった。
「分かった。君に悲しい思いはさせたくない。私たちはこれからも一緒だ、マリアンネ」
「……なんだか信用できませんね」
そう言いつつも、マリアンネの表情が和らぐ。シルヴェスターの腕を握っていた手を離し、近くの木の傍に足を向けた。
「にゃー」
頭上から声が聞こえてくる。木の枝の上に黒猫のギドが寝そべっていた。
「あなた、木登りもできるのね」
太った体に見合わない運動能力に、マリアンネがおかしそうな顔をした。
「にゃ」
ふと、ギドが枝の先のほうに顔を向ける。彼の視線を辿ったマリアンネが、小さく声を上げた。
「……あら、花が」
そこには、木の葉に隠れるようにして咲く一輪の白い花があった。
「もう三月も終わりですものね。冬が長いこの地方にも、やっと春が来たのかしら」
暖かな日差しのもとで花を眺めるマリアンネに、シルヴェスターは目を奪われた。きらきらとした日の光が細身の体を神々しく照らしている。春の気配を感じさせる風に、栗色の髪がふわりとたなびいた。
「私は死んだりしない」
言葉が自然とシルヴェスターの口をついて出てくる。
「マリアンネを見ている内に、命が惜しくなってしまった。生きて、少しでも長く君といたい。今はそう思っている」
マリアンネのためならこの身を投げ出そうとしていた気持ちも本物だが、今抱いている生への執着にも嘘はなかった。
いや、初めから分かりきっていたことではないか。シルヴェスターを生かすも殺すもマリアンネ次第なのだから。
(私がマリアンネの死神だったなどと、おこがましい勘違いをしていたものだ。マリアンネこそが私の死であり、生そのものなのに……)
「これからも私の傍にいてくれ、マリアンネ」
「もちろんです。わたしは勝手に死のうとするシルヴェスター様とは違いますもの」
マリアンネはイタズラっぽく笑って、もう一度墓に目を向けた。
「死が二人を分かつまで……。……いいえ、死なんかにも邪魔されたくはありません。生きている時だけではなく、死んでからもシルヴェスター様と共にある。そうお約束します」
シルヴェスターは瞠目した。
シルヴェスターにとって、「死」は越えられない壁そのものだった。それなのに、マリアンネはそれを一息にまたぎ越してしまったのである。
やはり彼女は特別な女性だ。この世に二人といない、唯一無二の存在なのだ。
「愛してる、マリアンネ」
シルヴェスターはマリアンネを抱き寄せた。
「だが、あの世でも一緒にいるのは難しいかもしれないな。私は氷の貴公子だ。昇天する途中も考えていたんだが、マリアンネは問題なく天国へ行けるだろう。しかし、私は地獄へ落とされても文句は言えない」
「簡単に諦めないでくださいませ。シルヴェスター様を地獄へ連れていこうとする悪魔がやって来たら、わたし、全力で抗議しますよ」
「死神や魔法は信じていなかったのに、悪魔は信じるのか?」
「死神や魔法を見たからこそ、悪魔も信じる気になったのですよ。……ああ、そうだ。いっそのこと、わたしが悪魔になるという手もありますね。それなら、地獄でも一緒にいられますから」
「悪魔か。あまり気乗りしない話だが……」
「では、シルヴェスター様が天使になるしかありませんね」
マリアンネがふふっと笑った。シルヴェスターの肩に頭を預ける。
「心配しなくても、シルヴェスター様は地獄へなんて行きませんよ。あなたはとてもお優しい方ですもの」
マリアンネが断言した。
「優しくて愛妻家で……わたしの最高の旦那様です」
「それを言うなら、君だって最高の妻だ」
「最高の夫に最高の妻。……つまり、わたしたちは最高の夫婦ということですね」
そう、最高の夫婦だ。
シルヴェスターは目が覚める思いがした。
死神だろうが、時を戻す魔法だろうが、もう何ものも自分たちを引き裂けない。引き裂かせたりしない。
献身だけが全てではないとしたら、この強い想いも立派な愛の形なのだろう。
(どうやら、私はまだまだマリアンネに教わることが多いらしいな)
「これからも一番近くで君を愛せるなんて、私は本当に幸せ者だ」
そう言って、シルヴェスターは最愛の妻の唇に温かな口づけを贈ったのだった。
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