商業都市リーネス
商業都市リーネス
人口約20万を擁する大都市であるリーネスは、商人や護衛の冒険者の流入を併せた昼間人口が30万にも上る、グランツ王国内に留まらず周辺国家でも有数の商の地である。
近傍を流れるティアフェル運河は上流の4カ国に下流の7カ国を加え、海路を使えばさらに10カ国と繋がり、各地からは様々な物や人が集まる。
また、運河からは貝や魚といった豊かな水産資源がもたらされるとともに、豊富な水を利用した農作物の生産によって食糧と畜産の一大産地にも数えられている。
この好立地により、リーネスには多くの商会が軒を連ね、人々の間では『商人の聖地』との呼び声高い。
その日の夕暮れ時。
リーネスに続く街道にシオンたち一行の姿はあった。
集団の中央にいるシオンは、ウォーデスの町での外套を深く被った出で立ちではなく、白銀に輝く長い髪を惜しげもなく晒している。
それもこれも、先のスタンピードで王国や冒険者組合に彼女の存在と実力が知れ渡ったため、開き直って周囲に埋没することを止めたからだ。
ともすれば妙な輩に付け狙われそうであるが、彼女に付き従う護衛を前にして、実際に行動を起こすような愚か者は皆無だった。
その一つは、純白の鎧を纏った魔導人形であるノアール。
高位の騎士を彷彿とさせる出で立ちは形だけのものではなく、一度剣を抜いたらば例え相手が禍災級の魔物であろうとも軽々と討伐するだけの戦闘能力を持つ。
そしてもう一頭、深紅の体毛を靡かせる赤狼、シリウスである。
彼女はシオンに従属する魔物であり、その等級は最高位の燼滅級にも迫る。
そしてもう一人、新たにシオンたちの旅路に加わった人物があった。
集団の先頭を往く、艶のある黒髪をした10代前半に見える少女。
彼女は両手に携えた肉串を口一杯に頬張りながら、足取り軽く陽気に歩を進めている。
その銘を夜夜。
深紅の瞳に陶磁器のような肌。
そして額から覗く小さな白い角。
一見するとヒト種のようにも思える姿だが、彼女の正体は準魔王級の魔物である夜叉の魔石と角、そしてシオンの血液と莫大な魔力を練り込むことで創り上げられた妖刀だ。
その本体は漆黒の刀に近い形状をしており、現在の少女の姿は魔力を実体化させた仮のものである。
「主、もう一組」
夜夜は綺麗になった木串を道端へと投げ捨てるとともに、シオンに新たな肉串を要求する。
「もう一本」と言わないところに、彼女のがめつさが表われているのだろう。
小さな放物線を描いていた木串は、その弧が頂点に達した瞬間に灰色の焔に包まれ、地面に触れる頃には跡形もなく消え去った。
「ダメ」
「え~、ケチ」
「私だって食べたいの。それにもう20本目だよ?」
「ぶーぶー」
「……代わりにコレあげるから」
夜夜からの要求を一刀両断したシオンだが、すぐにぼやく彼女に絆されて虚空から取り出したリンゴに似た赤い果実を投げ渡す。
すると夜夜は不満げな表情から一転、花の咲くような笑みを浮かべ、投げ渡された果実を両手で掴み、美味そうに齧り付く。
そうして追加の果実が五つほど夜夜の腹に消え、すっかり辺りも薄暗くなった頃、シオンたちはようやく商業都市リーネスの関所に到着した。
簡易的な手続きを終え、4人は町へと足を踏み入れる。
リーネスの町の夜は長い。
日暮れ直後ということもあって、その賑わいは一入だ。
魔力を燃料とする街灯が等間隔に並び立つ表通りは昼間のように明るく、そこを行き交う人々の波は、まさに人種の坩堝と呼ぶべき有様だった。
人族をとっても肌の色や髪の色、身長や顔つきなどから多数の人種が確認できる。
それが他種族となるとより顕著になる。
狼や兎、鳥や霊長類などの獣の特徴を持った様々な獣人族。
縦に伸びた瞳孔と全身を覆う鱗、そして長い尻尾が特徴的な蜥蜴人族。
脂肪と筋肉に身を包んだ体長三メートルを優に超える巨体をもつ巨人族。
軽く見ただけでも多種多様な種族が入り乱れていることが分かる。
雑踏の中を往くシオン。
彼女の右腕には白金の冒険者証が輝いている。
それは白金級冒険者――数多の冒険者の中でも一握りしか到達し得ない、熟練の冒険者であることを示す証。
これはシオンがウォーデスの町を出る際、組合長のヴァーノルドから渡されたものだった。
過去類を見ない大規模な魔物の大海嘯を退けたシオンは、国の英雄であると同時に争いの火種と成り得る危険性を秘めていた。
白金級冒険者ともなれば、貴族とまでは行かずとも多くの場面で優遇が受けられる。
それは都市の出入りの際に行われる手続きの省略や、果ては公的な身分の保障など多岐に渡る。
この冒険者証は、シオンをこれから直面するであろう厄介事から少しでも防ごうと、ヴァーノルドが用意したものであった。
尤も、その効果が如何ほどの意味を持つか、後にヴァーノルドは頭を抱えることになったのだが。
「えっ、ここも満室?」
ある宿の受付にて、シオンは本日で四度目になる驚きの声を上げた。
しかしその声も、宿の食堂で酒盛りをする男たちの音頭によってすぐさま掻き消される。
宿を探すシオンたちだったが、訪れる宿は悉くが満席だった。
二、三件ならまだしも、この宿は七件目に訪れた宿であり、当初宿泊しようと考えていた冒険者組合の宿泊施設を併せると、その数実に八件目。
なぜここまで宿に空きがないのか。
それもその筈、この時期王都では闘技大会や国が胴元となる国営オークションといった催しが予定されていた。
その為の資材や物資に加え、闘技大会参加者が購入するであろう武具やオークションに出品される商品などが王都に運び込まれる。
もちろん、商業都市として名高いリーネスもその例に漏れず、国内外問わず物が集まり、王都へ向かう中間地点としての役割を果たしていた。
物が集まれば、そこには必然的に人も集まる。
運搬、管理、護衛、販売など、流通は商品が購入されるまでに多くの人が関わる。
現在のリーネスには商人だけでなく、品を運ぶ運送業者や彼らを護衛する冒険者など、様々な職種の人間が集まっていた。
「――申し訳ありません」
「それじゃあ、ココ以外も?」
「恐らく、どの宿も空きがないかと」
宿の受付から事情を聞いたシオンは肩を落とした。
異世界に転生して一月余り。
シオンは随分とこちらでの生活に慣れてはいたが、それでもやはり周辺地域の情勢や行事などには疎い部分がある。
ヴァーノルドもまさかシオンが直接王都に向かわず、途中リーネスに寄るなどとは考えていない。
王都ではシオンを迎える準備が整えられていたが、流石にリーネスまでには情報が行き届いていなかったため、宿の手配もされていない。
ウォーデスの町を発って数日。
久々に野宿ではなく、きちんとした寝床にありつけると考えていただけにシオンは頭を悩ませる。
その様子を気の毒だと感じた受付係が彼女に声を掛ける。
「でしたら、教会に向かわれてはいかがですか?」
「教会?」
「はい、町中の教会は埋まっているでしょうが、郊外にある精霊教会ならば或いは」
受付係からの情報に礼を言い、シオンは宿を後にする。
宿を探す間に日は暮れてしまっているが、今から門に向かえば白金冒険者ということもあってギリギリ通行許可を受けられる時間だ。
シオンが宿を出る際、同じく食堂の席を立つ者。
とある商会の一室にて、部下から受け取った書類を眺める者。
歓楽街で酒と女に溺れる者。
そして、祭壇で祈りを捧げる者――
数多の思惑が交錯する商業都市リーネス。
今、一人の少女の到来を期に、物語は動き始めた。




