『死兵の行軍』
『黒の魔境』に面するウォーデスの町の門前には、人集りができていた。
住民や冒険者、町を護る兵士など、集まった人々の表情は皆、どこか険しく、場を異様な静けさが支配している。
そこへ、魔術師から拡声の魔法を掛けられた、冒険者組合支部長のヴァーノルドの声が響く。
「薄々感付いている者も居るようじゃが……本日、『黒の魔境』でスタンピードの兆候が確認された」
その一言で、集まった人々が一斉にどよめく。
――スタンピード
それは魔力の豊富な森や海域に隣接する村や町で確認される現象だ。
雲霞のごとく魔物が押し寄せ、進路上の建造物を根こそぎ破壊し尽くし、逃げ遅れた人間を貪り食らう。
その発生原因は大きく分けて二つ。
一つは魔物の大量発生。
マナが豊富な魔境や秘境といった場所では多数の魔物が一度に大量発生する場合があり、獲物を刈り尽くした魔物が周囲の村や町の人間に狙いを付けることがある。
もう一つが魔物たちを統べる存在の出現。
小鬼君主や豚鬼皇帝といった上位種の魔物が、配下の魔物を指揮することによってスタンピードを誘発させる。
特に、後者が原因となるスタンピードは被害が拡大する傾向にある。
魔物たちを統べるのは、最低でも等級が幻影級の上位。
幻影級の魔物には、高位の魔法を扱うことのできるものが多く、知性も高いことも相まって、討伐は並大抵のことではない。
ウォーデスの町で発生したスタンピードは、直近のもので五年前。
蟲型の魔物が集団になって押し寄せたそれは、規模こそ小さかったものの、冒険者と町の住人の双方に多大な犠牲を出した。
石壁を越えた魔物の群れが幾つもの家屋を蹂躙し、スタンピードが集結するまでに町が半壊するほどの被害を受けたことは、住人たちの記憶にも新しい。
しかし、今回のものは規模が違う。
森に生息する魔物がほぼ消失するという事態は、過去のスタンピードでも類を見ない現象だ。
大津波の直前に引き波が生じるかのごとく、魔物たちが姿を眩ませたのだ。
この事から、今回のスタンピードの規模がどれだけ巨大であるかが窺えた。
「狼狽えるな!!」
魔法によって増幅されたヴァーノルドの喝により、恐怖に呑まれかけていた人々が我に返る。
ヴァーノルドは続ける。
「過去何度も、儂らはスタンピードの危機を乗り越えてきた!!」
「そうだ!」
「やってやる!」
「俺たちが町を護るんだ!!」
ヴァーノルドの発破に、集まった多くの住民や冒険者たちが応える。
そこには、当初の陰りはない。
誰もが自分たちの居場所を護るという意思のもと、災いへ立ち向かう決意に溢れていた。
「その意気じゃ! 各々、持てる力の全てを出し切り、この苦難に打ち勝って見せるぞ!!」
「「「応!!!」」」
ヴァーノルドの指揮の下、迅速に対スタンピードの防御陣営が整えられていく。
戦いに参加するのは約200名の冒険者に兵士が100名強、そこに有志の住民約1000名を加えた約1300名。
戦闘に参加することのできない高齢者や怪我によって引退した元冒険者も、後方支援や補給部隊としてサポートを行う。
彼らを合わせると、防衛陣は総勢1500名――人口2500強のウォーデスの町における、実に約六割が決起したことになる。
不幸中の幸いだったのは、"大討伐"によって各地の冒険者が集まっていたことだろう。
彼らは依頼の遂行にあたり、多数の魔物との戦闘が回避できない場合を想定した戦いの知識を持っている。
さらに、一般人とは隔絶した戦闘能力を持つ高位の冒険者であれば、低位の魔物を殲滅することは容易い。
それ以外、階級の低い者であっても魔物との戦闘経験があるため、町の住人と比較して数倍の戦力に数えることができた。
門には町中の物資が集められていく。
剣や槍、防具といった武具が積み上げられる。
魔法薬や薬などの医療品に留まらず、可能な限りの布を集め、煮沸して包帯やガーゼの代用とできる準備がされた。
古い家具と魔石は燃料に、各地の井戸から汲み上げられた水は、樽や桶に容れられ、即座に使用可能な状態で保管。
魔法使い達によって門の周囲には即席の堀が作られ、魔物たちの進行を僅か遅らせるべく、幾つもの柵が作られる。
スタンピードに籠城戦は得策ではない。
王都や大都市など、物理的・魔法的な手段を用いて堅牢に造られた壁に護られ、かつ潤沢な弩が備えられているならば、その戦法も有効だ。
しかし、ウォーデスの町の石壁は、とてもではないが魔物の軍勢を押しとどめるだけの耐久力を持たない。
高さ五メートルになる石壁は幾つもの直方体の石材を積み上げることで形成されており、その規模は小さな城郭都市といっても過言ではない。
それでも、戦災級上位相等の魔物の攻撃に数度耐えられるといった強度でしかないのだ。
よって、森と門の間に位置する500メートルにも満たない開けた場所が、主な戦いの舞台となる。
物資の運搬と並行して陣形も整えられる。
まず戦闘要員である約1300名から、後方との連絡や護衛、負傷した前衛の交代要員として約300名を割く。
さらに、残った約1000名を10分割し、後方部隊を中心に据えた山形に近い陣形に編制する。
魚鱗の陣に似たその陣形は、先頭集団を高位の冒険者たちで固め、討ち漏らした魔物を続く者たちが倒していくというものだ。
心臓の鼓動がやけに速く、大きく感じる。
隣に立つ者の漏らす息が鮮明に聞こえる。
抑えきれない恐怖が震えとなり、鞘の中に収まる剣がカタカタと音を立てる。
握った手の内側を汗でじっとり濡らす者。
額に玉のようになった雫を乱暴に拭う者。
何度も装備の点検を行い、心を静めようとする者。
苛立ちからか、しきりに足踏みをする者。
――誰かが、確実に死ぬ
その誰かには、もちろん全ての人間が含まれる。
ヴァーノルドは幼い者を中心に、その家族らをウォーデスの町から逃がした。
もちろん、それは時間稼ぎにしかならない事は理解している。
魔物の進軍スピードと場所の速度では、圧倒的に前者が上回る。
気休めにもならない悪足掻きだ。
それでも、ウォーデスが落ちれば親しい者に、愛する者に危険が及ぶと、家族を逃がした上で町に残り、単身スタンピードに立ち向かう者もいた。
逆に危険から少しでも遠くへ逃れようと、スタンピードの危険性を聞いた直後、潔く町から出る者もいた。
だが、逃げた者たちを責めることはできない。
両者の根底にあるのは、どちらも死への恐怖だ。
皆等しく、迫り来る魔物の恐怖に打ち震え、死にたくないと願う。
それでも、大切なもの、失いたくないものの為に奮い立ったのが、この場に立つ者たちだ。
微かに地響きが聞こえる。
耳を澄まさなければ聞こえない音は幻聴などではないことを誰もが理解している。
遠見の魔法を使って索敵を行っていた魔法使いが魔物の軍勢を捉えた。
冒険者や兵士、町の住人たちの間に緊張が走る。
次いで盗賊職を専門とする冒険者たちも魔物の姿を認めた。
その数、推定一万以上。
森という見通しの悪い場所で、かつ、魔物たちも競うように向かってくるため、正確な数を割り出すことはできない。
分かることは、尋常では無い数の魔物がウォーデスの町に向かってきていること。
地揺れのような音に混じり、魔物の雄叫びが聞こえてくる。
各々が装備した武器を構え、魔術師たちは魔法の詠唱を始める。
「来るぞ!!」
「弓と魔法は十分に引きつけろ!」
「儂の合図で一斉に放て!!」
魔物の群れが姿を現す。
小鬼や豚鬼、大鬼といった亜人系の魔物を主体としたスタンピードだ。
亜人系の魔物は通常、同種の間でしか群れを作らないため、必然的に魔物たちを統べる存在が現われたことを意味していた。
ヴァーノルドはアランをはじめとした高位冒険者へと視線で合図を送る。
この類のスタンピードは、大群を纏め上げている魔物を討伐することによって、残った魔物が逃げる場合が多い。
現在、それらしい魔物は見当たらないが、魔物の数を減らすことによって姿を見せるだろう。
それまでは何としてでも、ウォーデスの町を死守せねばならない。
「今じゃ、撃て!!!」
ヴァーノルドの掛け声で、矢と魔法が一斉に放たれた。
『炎矢』『岩弾』『氷槍』などの魔法が、魔物の群れに雨のように降り注ぐ。
多数の魔物が倒れ、遅れて飛来した矢にも貫かれるが魔物の進行は止まらない。
「総員、突撃ィ!!!」
「「「応ッッッ!!!」」」
弾幕を潜り抜けた魔物の群れとウォーデスに集まった者たちがぶつかり合う。
スタンピードには二種類ある。
一つが飢えた魔物の氾濫。
もう一つが高位の魔物による町への侵略。
そのどちらにも共通する点があった。
――恐怖を持たないこと
前者は半数以上の魔物が討伐されるまで、後者は群れを指揮する魔物が討伐されるまで人間を襲い続ける。
例え腕が千切れようが、脚をもがれようが、目が抉れ、耳が落ち、肉が裂け、骨が砕けようとも、命尽きるその瞬間まで戦い続ける。
さながら、救いを求める亡者の如く。
その様子から、スタンピードは別名『死兵の行軍』と呼ばれていた
~異世界の人口~
各国の人口の平均は500万前後。王都や大都市といえども総人口は10万~20万人、多くて50万人程度。
それ以外の都市では一万人を切ることがほとんどで、多くは人口が3000人程度の町が点在する形。村ともなれば人口が数十人という所も少なくない。
魔法や身体能力の高い種族が存在する異世界だが、その実、暮らしぶりは過酷の一言に尽きる。
人々は常に魔物の脅威に晒されながらも、少しずつ土地を開拓してきた。現在でも農地を増やそうと思えば魔物の襲撃を考慮しなければならず、下手をすると高位の魔物に町ごと滅ぼされる。
それでも、人々の間で戦争はなくならない。
魔物という人類共通の敵が存在する中でも国同士の睨み合いは続き、滅ぼし、滅ぼされを繰り返してきた。




