69 この安心感なんでしょうね
「そういえば」
放課後、学校のテラスにて。ミシェルは対面で紅茶の入ったティーカップを揺らしながら、思い出したように声を上げた。
ここ数日生徒会のメンバーは学園祭の準備で忙しそうだったというのに、どうやら今日は本当に外聞を取り繕うデーだったらしい。チャイムと同時にやってきて、「今日締切の仕事は全部終わらせてきた。どこかのカフェにでも行こう」と誘いにやってきたのだった。ちなみに私がわざわざありがとうとお礼を言うと、ぶっきらぼうに「別に。自分の外聞のためだ。…あとはあれだ、親友と過ごす時間も欲しかったしな…」などと何やらぶつぶつ呟いていた。
「本当に裏方でよかったんだよな?」
「うん、説得してくれてありがとう」
学園祭では、前世の学校と同じようにクラスや各団体ごとの出し物によって成り立つらしい。出店も出るらしく、とても楽しみにしている。これは学園祭定番、焼きそばやお好み焼きといったまだこの世界で出会えていないチープなお味も楽しめるかもしれない。…想像したらお腹すいてきた。注文していたティラミスを小さくすくって口に入れる。お上品な味わいだ。美味しいけどお好み焼きを考えてたらなんだか物足りない。
話を戻そう。我がクラスはどうやらメイド執事喫茶を行うらしい。ちなみに漫画と同じ展開だ。良家のご子息がメイドや執事をやるって抵抗ないのかな?と思うのだけど、多分物語の強制力的ななにかなのだろう。アリスちゃんはもちろん、ミシェルも執事へと変身するらしい。それでいいのか第2王子。
私はというと、漫画では無駄につんつんした高飛車メイドだった気がするけど、丁重にお断りしておいた。メイド服は可愛いし久々のコスプレチャンスにとっても迷ったけれども。なんせ学園祭はやること多いからね。
「ミシェルは執事頑張ってね。まあ、絶対かっこいいから、可愛いスイーツもただの引き立て役になっちゃうかもしれないけどね」
「…そ、そうか」
ミシェルは機嫌悪そうな低い声でぶっきらぼうに答えると目を逸らした。耳元が赤いから照れているのかもしれない。愛いやつめ。完成されきった美形を眺めながら、内心をぽつりと漏らす。
「そもそもキラキラした美形が揃ってる中わたしが出るのは恥ずかしいんだよね…見劣りするし」
「そうか?まあ確かに見劣りする部分もあるが可愛いたたたたたたたっ…」
「喧嘩売ってるのかな」
「売ってないし聞く前に暴力振ってきただろ…怪力女…」
無意識なのか胸元のあたりをじっと見つめたままぬけぬけと抜かすミシェルの足を踏みつぶす。ちょっと涙目で睨んでくるミシェルを知らないふりで涼しい顔をして見せた。なにが見劣りするだ。確かに悲しいほどに真っ平らだがそれは私だけじゃないだろう!お前の運命の人アリスちゃんだって割と控えめだ!まあ私よりはまだありそうだけど!
恨みがましいミシェルの視線を避けるように紅茶を飲むと、それより、と話題を戻す。
「ここのクラスはラヴィスちゃ…トラヴィス殿下もアリスさんもいるから、忙しそうだよね」
「ラヴィス……なあ、エミリア」
「なに?」
私が首を傾げると、ミシェルは踏みつけた時よりも不機嫌そうな表情でダブルチョコレートケーキを口に頬張ったあと念を押すように言った。
「トラヴィスとはあまり仲良くなりすぎないでほしい」
「え?トラヴィス殿下はいい人だよ」
ラヴィスちゃんは間違いなくいいやつだ。ナルシストではあるものの裏表も少なく、基本的に穏やか?というか、おおらかというか。企みごととかできないタイプ。むしろのせられやすい。腹黒のアレンやお兄様の方が何かありそうな感じしない?
私の言葉に納得の行かなさそうな、複雑な表情で視線を彷徨わせた。
「…それは、わかっている。…わかっているが、だが…」
「だが?」
「悪い。なんでもない。私情だ」
「私情?」
覗き込むと、私の視線から逃げるようにあからさまに顔を逸らした。様子がおかしいので誤魔化しは許さないとばかりに見つめ続ける。ずっと黙り込んでいたミシェルだが、最後に観念したように胸の辺りに手を当てながらぼそりと掠れた声を出した。
「最近、お前たちを見るとこのあたりが、痛い気がするんだ」
「えっそれって…」
「原因は分からないんだがエミリアは分かるか?」
「うん。…………胃もたれでしょ」
「なるほど……」
食べていたダブルチョコレートケーキをミシェルから取り上げながら教えると、ミシェルも納得したのかカッと目を見開いた。最近ミシェル、見かけるたびに甘い物食べてるもんね。最近機嫌が良くなかったようで、元気づけようとファンの女子たちが気合を入れて最高級のお菓子を渡しにいっているのも耳にしたことがある。どうみても甘いものの食べ過ぎの胃もたれだろう。名残惜しげなミシェルを尻目にチョコレートケーキを美味しくいただく。後でデイヴに常備してもらっているよく効く胃薬をプレゼントしよう。
腑に落ちた様子のミシェルと雑談に花を咲かせていると、ふ、と目の前が真っ暗になる。そして耳元で「だーれだ」と揶揄うようなささやき声。…不覚だ。安心感もあり、殺気も感じなかったから気配に気づかなかった。私はゆっくりと塞がれた手を払いながら振り返る。相手はわかっていた。
「メルくん」
「せーいかーい!キミと会えないこの5日間、まるで120時間も流れてしまったように長く感じたよ…」
「通常運転で安心したよ」
楽しげに笑いながら、払われた手をひらひらと振ってみせるメルくん。彼も生徒会役員だったはずだけど、仕事は終わったのかな?
「うんうん、ボクは1番に終わらせたんだー。仕事早いでしょ〜?褒めてくれてもいいんだよ?」
「メルくんっていつ仕事してるの?…というか口にでてた!?」
「…でてないぞ」
心の中の疑問に回答されて驚くと、ミシェルは冷静に首を振る。どうやら彼は読心術に長けているらしい。これが女たらしの底力ということか。
少し引いて距離をとると、大して傷ついていなさそうな表情で「ひどーい」と笑った。
「最近殿下がエミリアちゃんにピッタリだからさあ〜。ただの1貴族には割り込みづらいんだよねえ」
「ミシェルも王子だよ」
「あはは、ミシェル殿下はいいんだよ〜」
「何がいいんだ」
「あ、殿下、これこの間お友達に貰ったスフレなんだけど食べるー?」
少しむっとしたようなミシェルにすかさず持っていたお菓子を差し入れるメルくん。流石同じ生徒会なだけあってミシェルの扱いを心得ている。メルくんはスフレを食べているミシェルを気にせずに私に何かと話を振った。…ところでミシェル、胃もたれ大丈夫?
3人でのんびりとした時間を過ごしているとなんか日常に帰ってきたなーって気持ちになるなあ。別にラヴィスちゃんがダメってわけじゃないけど流石にずっと一緒にいると胸焼けしてしまう気がする。キラキラしいオーラの格が違う。
「それにしても、最近は本当にずっと殿下と一緒にいるよね。なに?婚約?」
「してない」
「なんでミシェルが答えるの、確かにしてないけど」
そもそも今はまだミシェルと婚約しているのだから有り得ない。とはいえ妙にキッパリしたミシェルの物言いが面白くてクスッと笑ってしまう。
そんなやり取りを交わしていると、パタパタと走る音が聞こえてくる。廊下は走っちゃいけないんですよ〜と思いながら音のする方を振り返る。近づいた人物は、私たちの机の前で立ち止まった。
「エミリア!……レッドメイン殿下から、エミリアに結婚の申請が来たんだけど…」
「は?」
血相を変えた兄の言葉に、思わず素が出てしまったのも仕方の無いことだと思う。




