66 やはり破滅は免れられないようです
あれから数週間がたった。スノウバーク家は、どうやら家の格が大幅に下がり、退学になってしまったらしい。申し訳ない気持ちでいたのだが、お兄様はキラキラとした笑顔で「エミリアが言うから加減したんだ」などと言っている。なんとも言えない気持ちだ。もし私が止めていなかったら何をしていたのか末恐ろしい。
もしかして国外追放…?この程度のことで国外追放になるのだとしたら大変だ。私相手ですらそうとなると、おそらく十中八九アリスちゃんの場合は肩が誤ってぶつかっただけでアウト。綱渡りすぎる。
そんなこんなで夏休みは過ぎて新学期。夏の日差しも弱まった頃、それはやってきた。
「おい!この俺様が!!最高に格好いい俺様が迎えに来てやったぞ!!!!!泣いて喜べ!!!!」
キラキラ猪突猛進ナルシストな隣国の王子様こと、当て馬殿下
トラヴィス=レッドメイン様が漫画と同じように留学生としてご来訪なさったのである。
トラヴィス=レッドメイン。通称ラヴィスちゃん。赤い長髪は常にサラサラと靡き、それでいてワイルドさを演出する意思の強い紫がかった瞳や程よく締まった身体。天然でキラキラしたオーラを放つ超俺様ナルシストな隣国の王子様。エミリアとおなじ当て馬とはいえ、トラヴィスは自分が好きすぎて他人を貶める暇もないため、危害を加えることも無い。
それどころか、乗せられやすく煽てられると直ぐに乗せられて手の平で転がされちゃう単純さや真っ直ぐすぎる言葉、子供っぽいところやかなりロマンチストで可愛い物好きなところが母性本能をくすぐり、物語が後半戦へと突入してからの登場キャラにもかかわらず、人気投票では必ず上位に君臨していた。
ラヴィスちゃんは新学期に留学生として転校してくるキャラクターだ。アリスちゃんは面倒みの良さから平民だと言うのに教師に抜擢されて転校したてのラヴィスちゃんの世話役になる。そして試行錯誤しながら仲を深めていくうちに、ラヴィスちゃんに好かれて(懐かれて)猛アタックをしかけられることが物語の大筋だ。
つまりは物語の始まりは、先生に案内役に頼まれることからなんだけれども。
「えっと…わたしが、レッドメイン殿下を、ですか?」
「ええ。お願いできますか?」
話は巻き戻り、新学期一日目。何故かそのお鉢は私へと回ってきていた。おかしい。私はヒロインでもなんでもない、何処にでもいる紳士な悪役令嬢だ。アリスちゃんはどうした?
「あの、私より適任はいくらでもいると思うので…」
「いないわッッッッッッ」
食い気味な担任の先生。怖い。私が少し引いていることに気づいたのか、先生はこほんと咳払いしてとにかく、と続けた。
「貴女以上の適任はいないのよ。社交的で誰にでも分け隔てなく優しい貴女の評判はよく聞くわ」
「ええ…」
誰の評判だそれ…少なくとも私ではないはず。友達すらまともに出来ない悪役令嬢だ。ばっちりなのは身分だけだろう。誰かと勘違いしているのかもしれない。
とはいえ、ここまで切望されている様子だと断りづらい。それなら…と答えようとして、ふと気づく。
これ、アリスちゃんの邪魔をすることになってしまうのでは?これがきっかけで国外追放になる流れは正直思いつかないけれども、どうなるか想像もつかないのが運命たるものだ。せめて後で、アリスちゃんに交代してもいいんですよーという意思だけでも伝えておこう。
「えっと、それであれば…。もし適役が他にいれば交代しても構いませんので、その時はよろしくお願いします。」
「他に適役は見つからないと思うけど、ひきうけてもらえてよかったです」
にっこりと微笑む先生にあいまいに微笑み返す。アリスちゃんをお忘れですよ、先生。
教室に戻り、次の授業の準備をしている天使の元に歩みよる。アリスちゃん今日も可愛いね。暑いからか真っ白な髪をポニーテールに束ねている。涼しげで見ているだけで癒されるなあ。
「アリスさん」
「…!!なによ!!」
敵意むき出しなアリスちゃん。やっぱり私のことが嫌いなようだ。なにもしたことはないけど、やっぱり隠しきれない悪役オーラがバレているのかもしれない。
「話があるのです。あの、」
話出そうとして、さっきまで喧騒の中だったはずが教室が静まり返っていることに気づく。ほかの生徒たちが何一つ言葉を話す様子もない。どこかピリッとした雰囲気。え、なんで…?
ひとまずこんなに静かすぎる空間では話しづらい。アリスちゃんを外に誘い出すことにした。
「ちょっとついてきていただけますか?」
「ついに本性を表したのね…!いいわ、迎え撃ってあげる!」
あれ、呼び出すって確かにすごく悪役っぽい。ど、どうしよう。ミシェルたちに見られでもしたら一発アウトでは…?引くにも引けず勘違いした様子のアリスちゃんを引き連れて外に出る。
「あの、アリスさん」
「なにかしら?シオンなら譲る気はないわよ!」
「あ、いえ、それはいいのですが」
「な、なによ」
シオンを譲ってもらうってなんだろう。譲られるも何も私自身だからどうしようもない。私がさっぱりと断ると、アリスちゃんはたじろいでいる。少し動揺しているようだ。
「先生が是非、これから来訪なさるレッドメイン殿下の世話役をアリスさんにお願いしたいとおっしゃっていたので」
「嫌よ」
「そうですか。それではお願いしま、…え?」
うんうん。やっぱりアリスちゃんが適役だよ。アリスちゃんが引き受けてくれたことを先生に報告しに行こうとしたところで、アリスちゃんが嫌よと発言したことに気づく。…え、なんで?
私がぽかんとしていたことに気づいたのか、アリスちゃんは当然のように言った。
「シオンに見られて勘違いされたら嫌だもの。嫉妬を煽ってみるのも悪くないけど、シオンは自己評価が低い人だから身を引きかねないわ」
「そ…そうですか…」
自己評価が低いも何も、アリスちゃんの本当の王子様が別人なんだって。そう言いたいんだけど、私のことを考えてくれるのは少しだけ嬉しい。推しに愛されている錯覚をしそうになってしまう。
「シオンは本当に愛されていますね」
「…え?」
思わず口をついてでた言葉にアリスちゃんは驚いたように目をぱちくりさせた。…まずい。もしかして更にシオンを奪おうとする悪役だと警戒させてしまうかもしれない。大きな瞳を見開いたアリスちゃんは、じぃっと私を見つめる。ドキドキする。じっと顔が近づく。至近距離。もっとドキドキする。推しが可愛い。
「うそ、」
息すら感じるような至近距離でアリスちゃんは一言つぶやくと、かぁっと耳まで真っ赤になり逃げるように走り去って言った。
…え、なんで?もしかして私、とうとうアリスちゃんを怒らせてしまった?どうしよう、いくら紳士に接したとしてもやっぱりアリスちゃんをいじめたという不名誉すぎる破滅は免れられないかもしれないわ…。
アリスちゃんが走り去った廊下を見ながら、私は1人涙を漏らした。くすん。




