65 閑話 妹
今日も妹は怪我をして帰ってきた。妹は不機嫌そうに頬を少し膨らませて目をふせている。多分またこってりと担任の教師に怒られてきたのだろう。
「また喧嘩してきたの?」
「うるさいわね。…別に、喧嘩じゃないわよ」
そうはいうものの、実際に母親はまた中学校に呼び出されていたし喧嘩として扱われているのは間違いない。母親は気にしていなかったが、妹の評判が落ちているのは、彼女の言動や素行が問題なんだろう。成績はある程度優秀でも、喧嘩ばかりなのだ。
それに兄心としては、常に喧嘩で怪我をしている彼女の姿を見るのは心配だ。
「ほら、ここに座って。手当するから」
「いらないわよ」
ツンっとしつつも促されるまま座るあたり、本当に素直じゃない。僕が手当をしているのを妹はじっと見ていた。…目つき悪いぞ、妹。僕じゃなかったら睨まれていると勘違いしてしまうだろう。
「今日は何があったの?」
「……複数人で1人の女子を取り囲んでいたのよ。…まあいいわ、勝ったもの」
「それで、助けた女の子は?」
「……知らない」
そういうと一段とトーンが暗くなる。…分かりやすい。逃げられたんだな。正義感が強いのはいいが、全体的に空回りが多い。やっていることは正義の味方だと言うのに、中学生の女番長扱いされているのは、つくづく妹らしい。
「もうちょっと女の子らしくなってみればー?ほら、言葉遣い和らげてみるとか」
「なんでそんなことしなくちゃいけないのよ」
「じゃあもっと笑いなよ~ほれほれ」
そういって手当を終えた流れで妹の頬をむにむにと摘んで遊ぶと、妹は半眼になって睨みつけてきた。案の定嫌がっている。そのくせに拒絶しないんだな。妹。
「とにかくさ、もうちょっと穏便に進めるよう努力しようよ、ね?」
「___が弱すぎるのよ。そんなんじゃわたしがいない時に襲われたら一髪ね」
妹は僕をお兄ちゃんとは呼ばない。僕を本当に兄扱いしているのかすら少し怪しい。…そのくせに僕のことは守る気満々なんだな。自分のいない時に、というふうに言葉がスラスラと出てくるのだから、いくら憎まれ口ばかりで問題児だとしても憎めない所以だろう。
「僕はほら、非戦闘要員だからさあ」
「頼りないわね」
「頼りにしてるよ」
「……ふんっ」
なんとなくぽんぽんと頭を撫でてやると、妹はぷいっと顔を逸らして立ち上がった。…どうやら照れているらしい。
…ああ、そうだ。
「そういえば、これプレゼント!」
「何よこれ。…少女漫画?」
「うんうん。最近話題になってるって友達が言ってたからさあ」
「また女友達?本当にチャラいわね…」
妹がかなり引いた表情をしている。妹は自分をやたらとチャラ男だと思っているらしい。実際にはそんなことないんだけどなあ。女友達は多いけど付き合ったことないし。…いや、それがチャラいと言われる所以なのか?
「まあまあ。とにかく読んで、少しでも乙女の心を学んでみたらどう?」
「いらないわよ!!!」
妹は怒ってそのままくるりとターンして自室へと戻って行った。暫くして、バタンと扉が勢いよく閉まる音。これはしばらく機嫌悪いかな。
しかし、いらないといいながらもちゃんと部屋に持ち帰ったのだから可愛いやつだ。妹は人からプレゼントされたものは無下にはできない。多分ちゃんと読んでくれるだろうなと思いながら、ひとまず何で妹の御機嫌を取ろうかとぼんやり考えた。…とりあえずコンビニに行こうかな。
今日はやたらとコソコソとしていると思ったら、妹は例の漫画の2巻を買ってきたらしい。…ハマったのか、妹。
妹は僕にはバレたくなかったようで真っ赤になりながら「なんとなくよ!!」と言ってまた勢いよく扉を閉めて自室に戻って言った。多分これからゆっくり買いたての続刊を読む気なのだろう。…愛いやつめ。僕も今度読んでみよう。
とはいえ、最近妹の喧嘩の頻度が増えていっているのが気になるな。前はちょっとしたいじめっ子の同級生相手ばかりだったが、今となっては高校生にまで喧嘩をふっかけている。それを倒す彼女の強さは本当に頭がおかしいレベルだと思うが、心配してしまう。正義感の強さはいいことだが、やり過ぎはよくない。もう少し宥めておこう。機嫌が治ったら。
妹をご機嫌取りを兼ねて買い物に連れてきた。いつも同じような服ばかり着ているからと、かわいい服をチョイスして勧めたにもかかわらず、バッサリと嫌だと言われた。絶対似合うのに。解せない。でもなんだかんだいって楽しんでくれていたようで最終的に1着だけ自分の勧めた服を着てくれた。案の定似合っていたので彼女の元の服を奪う形で着せて帰ることにした。落ち着かないようでそわそわとしている。
「早く返しなさいよ…!」
「やーだ」
「わたしのご機嫌取りの日なんじゃなかったの?」
「うーんちょっと記憶にないかな」
彼女はイラッとしたようで僕の足を思い切り踏んできた。痛い。物凄く痛い。僕、涙目。妹はぷいと機嫌悪く顔を逸らせた。僕の持っている服を力づくで奪わないところを見るに、ただ恥ずかしいだけなんだろうなと思う。微笑ましいぞ、妹。
「…オイ」
そんな妹との帰り道、薄暗くなったころ、複数人の男が僕たちを囲んできた。妹の様子を見るに、前に成敗した男たちだったらしい。…背格好的に確実に高校生だ。…妹…。
「なによ。まだ懲りないのかしら?生憎だけどわたしは忙しいのよ」
どこか物々しい雰囲気を放つ男たちに対しても物怖じしないで言い放つ妹。強さに裏付けされた自信の表れだろう。
しかし男たちの様子がおかしい。妹が戦いに備えているにも関わらず男はニヤニヤとした笑いを浮かべている。…嫌な予感がした。
「…逃げるよ!」
妹の手を掴んで逃げようとするも、やはりというかなんというか、妹は拒んだ。負けず嫌いな妹のことだ、相手の様子がおかしいのはわかっていても敵前逃亡はプライドが許さないのだろう。
男はにやにやとした笑みを浮かべながら、ポケットから何かを取りだした。
黒光りのするもの。
拳銃だった。
「…は?」
「さんざん舐めた口利きやがって。俺はなァ、こーんなのをくれるやつと繋がってるんだぜ?」
男はそう言うと、焦点を妹に合わせ始めた。
まずい、まずい。まずい。
パンっとかわいた音がなる。
僕は気づけば、妹の前に躍り出ていた。
激痛は一瞬で、グラグラと世界が揺れる。
だんだんとふわふわした感覚に包まれて、暗転から一転して、眩い光に目が眩む。
「____ちゃんっ、お兄ちゃんッ!!!!」
妹の声が聞こえる。妹の声でお兄ちゃんと呼ばれるのは新鮮で、なんだか悪くない気分だ。
「……もっと穏便に生きろよ、______紫苑」
もう、僕は守ってあげることは出来ないんだから。




