62 忘れていることもあるようです
「エミリアちゃ…!!!」
どこかで声が聞こえた気がする。まあ、この目の前のこの気持ち悪い男たちから逃れるための幻聴だろう。男が私の身体に少し触れたのを認識すると、そのままその手を掴み、投げ飛ばす。動揺する片方ををその勢いのままでもう一度殴り飛ばし反撃しようとするもう片方を背負い投げすると、両方気絶してしまったらしい。…思った以上に弱かった。もう少しくらいてこずらせてくれてもいいものを。
私が名残惜しく二人を邪魔にならないように道の端っこに重ねていると、また視線を感じた。粘着質というよりかは、呆れの視線だ。振り返ると、蜂蜜色の髪がふわふわと揺れている。メルくんだった。
「あれ、いたの?」
「いたの?じゃないよねえ…一応助けに行こうとしたんだけど」
「大丈夫、倒せる」
「本当にね」
胸を張ってみせるとさらに呆れたような視線が強くなった。む、なんだその表情は。強いのは別に悪いことじゃないし、いいでしょう。頼もしいと思ってほしいなあ。そう言うと、さらに微妙な顔を浮かべるメルくん。どうやら最初私が反撃しないのをみてちゃんと私が令嬢らしく弱いところもあったんだなと思って助けに行こうとしていたらしい。なんとも不名誉だ。私は強く生きるが家訓だぞ。ただの令嬢に甘んじていたら欲しいものも手に入らないじゃないか。
「何で最初反撃しなかったの?」
「触られてからじゃないと正当防衛にならないじゃん」
「うわ、そのためにわざわざ待ってたわけ!?」
呆れを通り越して引いたような視線。解せない。正当防衛かそうでないかで相当違いが出るんだぞ。正当防衛なら若干やりすぎても過剰防衛になるしね。
私の熱弁を呆気に取られて聞いていたメルくんが話をそらすように「そういえばさ」と切り出した。若干正当防衛の大切さが伝わったか怪しい。
「アレンくんに聞いたけど、今度のパーティーのエスコート相手募集中なんだって?」
「募集した記憶はないんだけど」
「ボクが優しくエスコートしてあげるよ!」
「人の話を聞こうか?」
いつもの如くチャラチャラした態度で私の手をきゅっと握るメルくんに半眼を向ける。私は募集しているといった記憶もないし、このデートイベントだって勝手に皆が言い出したことだ。私は選ぶとすら言った記憶もない。
「大体、わたしはミシェルかお兄様以外と行く気は無いよ」
「えっ!?も、もしかしてふたりが…」
「違うよ。常識的に考えてよ、婚約者がいるのに婚約者や身内以外にエスコートされるなんて外聞が悪いでしょ。お母様に迷惑かけちゃうし」
「エミリアちゃん意外と真面目だね!?」
目を見開いて驚くメルくん。私をなんだと思っているんだ。メルくんの私への評価に疑心を抱いた。
「あーでも確かに、原作のエミリアもそうだったもんねえ」
「え?そうだっけ?」
「うん。メレディスが婚約者にも兄にもエスコートしてもらえないエミリアに『ボクがエスコートしてあげるよ』っていったら『貴方は常識も欠けているのですわね?』って一蹴されたシーンがあったはずだよ」
「えー、覚えてない…」
記憶力に自信がある方ではないけれど、今まで漫画の展開やシーンは事細かに思い出せていた。だからこそ聞いたことの無い展開に戸惑っている自分がいる。しかしたしかにエミリアがいいそうなセリフではあるし、メルくんの方も事細かに覚えている様子だから嘘ではないのだろう。
「意外だね、今までだいたい覚えているっぽかったのにねえ」
「メルくんと違ってわたし自身がファンだったんだし、ショックだよ…」
妹の影響で読んでいたメルくんが覚えていて私が忘れているのはなんかショックだ。もう一度記憶を遡ってみたものの、やっぱり思い当たることはなかった。
「まあまあ、別にたいしたシーンでもないし推しのアリスちゃんも出ない場所なんだから忘れていても仕方ないでしょ」
「うーん、それはまあ、確かに…」
私が納得いかずに呻いていると、何故かメルくんはくすくすと笑っている。む、なんだよ。
「キミさ、やっぱりボクの妹に似てるね」
「妹って…エミリアみたいな子っていう?」
「そう、ボクに素直になってくれないしわがままな妹」
私ってそんなに我儘に見えるかなあと腑に落ちない気持ちを察したのか、メルくんは楽しそうにぽんと頭に手を置くと、そのまま撫ではじめた。
「前々から思ってたんだよね。今だってそう。そんなに欲張らなくてもさ、記憶1個忘れているくらいで何か変わる訳でもないんだよ?」
「…むう」
宥められているような調子を不服には思えど、撫でられる感覚は悪くない気がした。この安心感、前世で兄として経験を積んでいるせいなのだろうか。お兄様も勿論兄だけど、メルくんは思わずお兄ちゃんと呼びたくなってしまう雰囲気があるのだ。
私が大人しく撫でられるとメルくんは満足そうにふぅとため息をついた。そしてタレ目気味な瞳を細めると、じっと私を見る。
「空も赤くなってきたねえ。セシルっちもそろそろ心配するんじゃない?」
「うん、そうだね。そろそろ…」
「うん、デートしよっか♪」
「嫌だよ」
「えっ、これから暗くなるのに!?これからが本番だよ!」
「メルくんがいうとなんかやらしいよ却下」
冗談とはいえメルくんの普段のチャラチャラした態度を見ていると警戒してしまうのは当然だ。大体いい加減帰らないとお兄様にバレてしまう。お説教コースは勘弁だ。
私が渋い顔をしているのを見るとメルくんは安心してっと自分の胸を拳で叩いた。何かと視線を投げかけると堂々とした表情で言い切った。
「下心なんてちょっとしかないよ!!」
「あるんじゃん!」
「ちょっと…いや半分?くらい?」
「なんか怖いよ!」
「とにかく半分をちょっと超えたくらいしかないから安心して!」
「過半数じゃん!安心できる要素が見つからないよ!」
当然冗談だったようであははーと笑いながら、私の家の近くまで自然な流れで送ってくれた。どうせなら寄っていく?と聞くと「セシルっちに殺されちゃうからやめとくよ〜」と言いながらひらひらと手を振って去っていった。…確かに否定はしない。
*
「エミリアちゃん」
「…なんです?その笑顔やめてくれないかしら?その軽い態度貴族としてどうかと思いますの」
「まあまあ。今度のパーティ、婚約者にも大好きなお兄様にも振られたんだよね?」
「………特に気にしていませんわ」
「そんな可哀想で可哀想で仕方ないエミリアちゃん、素直になれない不器用で残念なエミリアちゃん」
「っ、メレディス、馬鹿にするのもいい加減にしてよ…!」
「そんな可哀想なキミを仕方ないからボクが優しくエスコートしてあげるよ」
「は?」
「よかったねー、本当はアリスちゃんみたいな可愛い女の子を誘おうかと思っていたんだけどね?可哀想なエミリアちゃんを誘ってあげるよ!」
「結構です」
「…やだなー、冗談だって。エミリアちゃんも十分可愛いよ!遠慮しないでも」
「遠慮ではありません。貴方は常識もかけているのですわね?」
「え、でもこのままじゃ一人で参加するハメになるよ?」
「私は公爵令嬢です。婚約者や実兄がいるというのに他の男性にエスコートされる訳にはいきません。不貞の噂がたつよりは一人で参加した方が幾分もマシです」
「…そっか」
「そういうことですので。…気持ちは、嬉しくなくはなかったです。一応お礼はいっておきます。では、御機嫌よう」
「はいはい、御機嫌よう〜」
「………あーあ、振られちゃったなあ」




