61 思わぬ癖にひやひやしました
怒涛のデート週間が終わって数日、私は猛烈な恥ずかしさと後悔に襲われていた。そう、何かといえばミシェルとのそのキ…キス…のようなもの、のことである。「友達とのキスはノーカン」と思っていたのは事実とはいえ、ミシェルとのキスもどきはアリスちゃんのキスでも幸福感しか感じなかった私にどうしようもなく居心地悪く感じさせるのだ。落ち着かない。完全にミシェルのせいだ。お子様だから思春期らしくキスに好奇心がわくのもわからなくもない。アリスちゃんともあまり近づけていない今、ミシェルがその好奇心の実験相手に選ぶのも何となく理解はできる。
だけど…だからといってそれを許容できるかと言ったら、大間違いなのだ。帰宅後にどうだった、と聞いてくるお兄様にも答えられず、思い出して思わず顔が赤くなる私にお兄様の追求が激しくなった。お陰で家にいるのも針のむしろで…だからこそ、今私は、街の中にいる。勿論、シオンの姿で。
「おお!坊ちゃんじゃねえか!帰ってきてたのか!」
「コデルさん、お久しぶりです。…ふふ、なんか撫でられるのも久しぶりですね」
「恒例行事だからな!」
がっはっは、と豪快に笑うお肉屋さんに思わず安堵の息を漏らした。落ち着く。やっぱり私の故郷はここなのだ。可愛らしさとは程遠いコデルさんの精悍な顔立ちに今は癒しすら覚えた。私が和んでいると、後ろから天使のような愛らしくも尊さを感じ崇め奉りたくなるような綺麗で明るい声で私の名を呼ばれる。
振り返ってみれば想像通り、私の神推しアリスちゃんその人が本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。夏仕様のアリスちゃんの袖から覗いた白い肌が眩しい。きゅんっ。エミリアのHPは100000回復した!
「アリス」
「こっちに来てたなら言って欲しかったわ!ずっと私待っていたのよ!」
「はは、嬉しいなあ。僕もアリスに会いたかった。夏休みの間、一日千秋の思いだったよ」
本当にそうだ。神推しと会えないどころか一日一日が濃すぎたのだ、一瞬自分がヒロインだと錯覚してしまうくらいには。これがアリスちゃんとのイベントだったら純粋に楽しめただろうに。私には友人とのデートイベントは心臓に悪すぎる。前世の私は実兄くらいしか出掛けるタイミングはなかったというのに。私の経験値が低すぎて、恋愛シミュレーションゲームのような状況を楽しむのは些かハードルが高すぎるのだ。これがアリスちゃんだったら、きっと絵になるシチュエーションだっただろうに。非常に残念である。
それはともかく、こんなに日が差す中アリスちゃんと話していてはアリスちゃんの珠のような綺麗な肌が焼けてしまいかねない。私はアリスちゃんの背に手を添えると、お団子屋さんに誘導した。今日は元からここに来る予定だったのだ。
「いらっしゃいませー…ってシオン…!」
「ああコリン、おはよう」
「ふふん。シオンは私とデートしているのよ!コリンはそこで見ているといいわ!」
「えっ…シ、シオンはアリスとデートして…つ、付き合ってるとか、なのか?」
アリスちゃんの誇らしげなアピールに少し顔を青くするコリン。ドヤ顔のアリスちゃんも可愛いなあ、と思っていた私だが、コリンの発言に焦る。神と付き合っているなんておこがましいにも程がある!確かにイチャイチャしたいと思うことはあれど、本気で最推しと付き合うだなんて考えたことも無いのだ。アリスちゃんという神には私という愛の下僕が尽くそうとしか思えない。
「違うよ…さっきアリスとは偶然会ったんだ。付き合うだなんて有り得ないよ。アリスみたいな可愛い子は僕には勿体ないからね」
「そ、そうか!ならよかった…」
「………シオンのバカ」
否定すると、何故かコリンが安堵の溜息を漏らすと同時にアリスちゃんがむくれたような表情を浮かべている。そんなアリスちゃんもすごく可愛い…じゃなくて、なぜ?
とりあえずアリスちゃんを椅子に誘導し椅子を引いて座らせる。でもアリスちゃんはやっぱり不機嫌そうだ。私が何を言ってもバカと答えて来そうな感じ。助けを求めるべくコリンの方を見るとコリンはコリンで何故か私とアリスちゃんの椅子をじっと見比べている。
「……どうしたの?コリン」
「………この前な、シオンによく似た綺麗なお嬢様に会ったんだ」
綺麗なお嬢様?とそこのワードに引っかかりつつも頷く。…やっぱり疑心は晴れていないのか。まずいなあと思いつつも続きを促すと、コリンは何かを少し考えるように言葉を詰まらせたあと、小さめな声で答えた。
「……彼女もやっぱり、シオンのように自然な動作で共に来ていた兄の座る椅子を引いていたんだ」
「んえっ」
思わず変な声が出た。…正直、全く意識すらしていなかった。多分無意識にやっていたのだろう。体に染みついた習慣は恐ろしい。別人になり切れていなかったようだ。どうやら別にコリンはそれを訝しんでいたわけではなく、似たような人がいたことに感慨深くなっていただけなようだけど、今後のためにその癖は頭に止めておこうと強く誓った。まさか紳士な令嬢目指した弊害がこんなところに現れるとは思っていなかった。
私とコリンが二人で会話をしていると、くいっと袖が引っ張られた。手が伸びた方向を見ると、アリスちゃんがむぅっと頬を膨らませている。…可愛い。
「ごめんごめん、アリスを蔑ろにする気はないよ」
「本当にバカ、鈍感…」
「うぇっ…ど、どうすれば許してくれる…?」
「…そうね、今度のパーティ連れて行ってよ」
「えっ…」
アリスちゃんがあまりにしゅんとむくれているため焦るも、許してもらう条件は正直呑めそうにもない。…パーティとは言わずもがな、例のパーティだろう。漫画ではミシェルにエスコートされていた、あのイベントだ。アリスちゃんと行きたいのはやまやまというか許されることならアリスちゃんをエスコートしたい。それが出来たらどれほどにいいことだろう。…しかし流石にパーティでエミリアを放り出すわけにはいかなかった。
「ごめんねアリス。その日は用があって元からパーティに参加できない予定だったんだ…」
「………」
訝し気な目で見つめてくるアリスちゃんに精いっぱい残念に思っていることを示すと、ようやく納得したように「仕方ないなあ」とお許しの言葉をもらった。多分本当に出れないのだとわかってくれたのだろう。
「なら私はパーティに行かないわ」
「いかないの?」
「平民は元々任意だもの。シオンがいかないのなら意味ないわ」
そういって微笑むアリスちゃんの意志の強い赤い瞳に引き込まれる。本当にヒロインパワーは凄い。推しはどこまでも推しなんだなあと改めて実感した。
いつか許されるなら、アリスちゃんをエスコートしながら、ミシェルや友人たちとも笑って話して…そんなことが出来たらいいなあと思った。
*
二人と別れた後、私はのんびりと街の散策を続けていたのだが、さっきから強い視線を感じる。それも好意的なものというかどちらかというとねちっこく気持ち悪い感じのもの。…実は時々あるのだ。どうやら私の見た目は悪い意味でも目を引くようで、変質者に好かれやすいらしい。
振り返ると下品な笑みを浮かべた男が二人。
「あの、なんですか」
「へへ…坊ちゃん、本当に奇麗な顔をしているね…はぁはぁ」
「ちょっ…近寄らないでください」
「はぁ…本当に奇麗だなあ」
二人が欲望を隠す気もなくあらわにしながら私を徐々に壁に追い詰めてそのまま手を伸ばす。…気持ち悪い。何度経験しても嫌なものは嫌だなあ。そう思った。
3日後更新予定です。




