60 ミシェルのターンです
ミシェルとのデートの時間指定は何故か夜だった。もう日も暮れて暗くなり始めたあたり。私は冷え込むと悪いからとカーディガンをコゼットに着せられながらお兄様の話を聞き流していた。
「エミリア…本当に行くのか?夜なんて危ないだろう…!」
「といっても指定が夜なんだし。それにミシェルもいるから大丈夫だよ」
「だからこそ心配なんだよ…いい?エミリア。何かあったら即座に大声をあげて逃げること!」
「大丈夫、これでもわたし強いし!不審者くらい倒せる!」
お兄様を安心させるべく胸を張って答えるとお兄様は微妙な表情で頷いた。それでもお兄様は心配なようで、ずっとああでもないこうでもないと色々言い続けている。心配性なお兄様だ。妹にすらこれなら恋人ができた時色々言いすぎて鬱陶しがられないか少し心配だ。
「やっぱり心配だから僕がついて」
「その必要は無い」
「あ、ミシェル」
後ろからの声に振り返ると、ミシェルが迎えに来たようだった。壁にもたれかかりながらよぉ、と手を上げる。未だに少し気まずいところがあるからその辺は少し心配だけれども、ミシェルは他のみんなとはまた違った安心感がある。まあ親友だしね。
「護衛が大きな声をあげればすぐ飛んでくる場所に控えているからな。一応王族と公爵令嬢が出かけるのだから当たり前だろう」
「そういえばそうだね。ほら、安心だよ、不審者も近付けないよ!」
「いや、僕が心配しているのはその王族…ああいや、なんでもないよ。それじゃあエミリアいってらっしゃい。早く帰ってくるんだよ」
「はーい」
お兄様に見送られながら家を出る。何も行き先を言わずにミシェルがいこうとするのでアイコンタクトでミシェルに尋ねる。ミシェルは私の視線に気づいたのか怪訝な表情でじっと見つめ返してくるミシェル。じぃ。
「変な顔だな」
「は!?」
言うに事欠いて変な顔とは失礼だ。これでも親戚筋には『エミリアちゃんは可愛いわねえ』と絶賛されているんだぞ。ただの身内へのお世辞だって?それに触れちゃいけないな。アイコンタクトを諦めて「夜にどこへ行くの」と聞くとミシェルはにっと笑った。
「お前が教えてくれた場所だ」
辿り着いてみれば、そこは以前私が案内した丘の上。なんでこんなところに、とききながら周りを見回したところで、ミシェルの言いたいことに気づいた。
「わぁ、綺麗…!!」
空を見上げると、満天の星だった。どこからか虫の鳴き声も聞こえ、幻想的な空気を醸し出している。きらきらと輝く星はひとつひとつと瞬いていて、その全てが壮大に見えた。
…ミシェルってわりとロマンチスト?そう言おうとしてちらりとミシェルの方を見る。口元が緩んでいて、視線もどこか柔らかい。なんとなくいつもと違う表情に少し調子が狂った。黙り込んだ私にも気づかない様子で、ミシェルは空を見ながら弾んだ声をあげた。
「…前に抜け出した時に、この空を見た。…その時に、エミリアにも見せたいと思っていたんだ」
「………ありがと」
あまりにナチュラルに言われたので、少し照れる。普段はあれほどにお子様なミシェルがこんなことを言うなんて、少し成長したのではないだろうか。ふーむ、可愛いアリスちゃんの旦那として認めてあげなくもないかもしれない。多少見直した。
そう思ってお礼を言うと、何故か急にミシェルは焦ったように私の方を見た。
「あ、いや、別にエミリアが特別だというわけじゃないぞ!ただ、そうだ。お前が最初にこの場所を教えたくせに知らないのは可哀想だと思ったから!そうだ仕方なく教えてやったんだ!」
「…はいはい」
つくづく残念な男だミシェル・セレドニア…。言わなくてもわかっていることで雰囲気をぶち壊すとは…やっぱりアリスちゃんはお子様ミシェルにはあげられないな。
…あ、でも、そもそも今のミシェルにはアリスちゃん以上に有力候補いたっけ。なんとなくそのことを思い出すと気が沈んだ。…なんでこんなに気が沈むんだろうと思ったけど、あれだけ嫌がらせをされればあたりまえか。私とて鋼鉄ではないのだ。
私が急にテンションが沈んでしまったことに気づいたのか、ミシェルは怪訝な表情でこちらを見る。
「なあ、俺はおまえになにかしたのか?」
「え?」
「……急に俺のエスコートを断ったり、今だって急に元気なくなっただろ。…俺が悪いならいつものようにズバズバいえよ。お前の数少ない長所だろ」
…現在進行形で喧嘩売られてる?なんとなくむかついたのでほっぺを引っ張っておいた。ちっ。こいつ、男のくせにすべすべむにむにしてやがる…!
「お、おい、やめふぉよ」
「…ぷ。間抜け面」
無言でやり返された。しばらく頬を弄ばれた後に解放される。狸親父にもつねられたことがないのに!と睨みつけると鼻で笑われた。キレそう。
「とにかく、だ。…お前に嫌われたくないんだよ。…俺にとっては大事な親友…だし」
「…う」
だったらデリカシーを身につけよう、と軽口を叩こうとして、ミシェルの手が小さく震えていることに気づいて口ごもった。…どうやらミシェルは本気でショックを受けていたらしい。
さすがに真剣に悩んでいる相手に軽口では返せない。仕方ないから観念して素直に話すことに決めた。
「…アマンダ様が」
「アマンダ?」
私が口に出すと、ミシェルは聞き返してきた。呼び捨てで呼んでいるんだ。そっか。何故かさらにちくりと傷んだ。さっさと話して家に帰ろう。そう思って小さく深呼吸したあと一息で話した。
「…ミシェルとアマンダ様は仲良しみたいだし、邪魔になった婚約者(笑)は大人しく退場しようかと思って」
言い切ったところでくるりとターンし、家に帰ろうとしたところで、ミシェルに腕を捕まれ阻まれた。…なんだ、言い訳でもするつもりか?気にしないでいいのに。元々政略婚約みたいなものだし、そもそもいつか婚約破棄されることは私が悪役令嬢な時点でわかり切っていたことだ。ただ相手が違っただけで。私は別に気にしていない。
ゆっくりと振り返ると、ミシェルは真剣な瞳で私を見つめているので少したじろぐ。…な、なんだよ…。
「なあ」
「……なに」
「アマンダって誰だ」
「は?」
こいつなに言ってるんだと思いました。
聞くところによると、ミシェルは興味のない女の子は全て同一人物に見えるようで、「おい」とか「お前」で伝わるのがいいことに名前を最初から覚える気がないらしい。なんたる最低男。そのためアマンダ様の熱烈アピールすらも同一人物だと気づいてすらいなかったとか。…何故バラ花で最初アリスちゃんを全く覚えていなかった挙句序盤の方は全く相手にすらされず名前すら呼ばれる描写がないのだろうとは思っていたけど、まさかこんな設定があったとは…正直知りたくなかった。
「いつからそうなの?最近?」
「いや、最初からだ。お前と出会った時から既にそうだ」
「ええっ」
「俺が覚えているのはエミリアと…あーあと、クレアか。お前がいつも言っているせいで嫌でも覚えた」
確かに言われてみればミシェルがクレアちゃんやアリスちゃんの名前を呼んでいるところをほとんど見たことがない気がする。…でも私のことは最初から覚えられていた気がする。気の所為か?私がそう尋ねると、ミシェルは至極まじめな表情で言ったのだ。
「お前の間抜け面はわかりやすいから一発で覚えたぞ」
「キレそう」
「カルシウム取れよ」
いつものこととはいえなんと失礼なやつだ。私が苛立ちを堪えていると、ミシェルは何故か安心したように微笑んでいた。なんでだよ。
「俺に怒っているわけじゃないんだな、よかった」
「いや現在進行形で失礼さに怒っているんだけど」
「それだったら今まで通り俺にエスコートで問題ないな」
「大問題だよ」
まだアマンダ様のこと解決してないし。鳩が豆鉄砲を打たれたような表情でこちらを見てくるミシェル。いやなんでむしろこれで全て解決!だと思っているんだ。まだ状況は何も変わってないからね?まだミシェルが最低だったということしか暴露されてないから。
「それでもアマンダ様はミシェルに好まれていると思ったままだし」
「なら興味ないとはっきり言えばいいか?」
「えっ…えっと」
「それでもお前に不利益があるのか?…もしかして虐められているとかいうのか?」
「あー…んー…」
「…………虐められているのか」
ミシェルが驚いたようにかっと目を見開いた。なんか馬鹿にされた気がする。誤魔化すのはやめて誰のせいだ、と答えると悪い、としょんぼりした返事が返ってきた。ミシェルのこういう反応は正直戸惑う。頬をもう一度つねるだけでこれ以上の追求は諦めることにした。
黙って星空を見上げていると、ミシェルがそういえばと声を上げた。
「お前、シオンの姿で誰かとキスしていたよな。…確かアメリア…アニス?なんかそんなやつ」
「アリスちゃんだよ!!」
アしか実質覚えていないじゃないか!未来のお嫁さんになんてことを!私がそうつっこんでたいそう立腹していると、ミシェルの方も何故かすこしムスッとしている。なんだ。
「………本当にキスしたのか」
「えっ、そうだけどさ…あれなんか事故だし大体友達とのキスなんてノーカンでしょ」
「ノーカン…ノーカンか…」
ミシェルは腑に落ちないような表情でうんうん唸っている。どうやら納得いっていないらしい。でも暫くするとなにか整理がついたようで、沈黙の後に真面目な顔でこちらに向き直った。
「お前、さっき友達とのキスはノーカンって言っただろ」
「うん」
「試してみるか?」
「は?ミシェ」
何言ってるの、と言おうとした瞬間、ミシェルの端正な顔が近づいた。美形はアップでも全く見苦しくないようだ。男のくせに睫毛が物凄く長い。そんなふうに観察していると、唇に柔らかいものがついた。
こうして何故か私達は、小鳥が啄むような軽いキスをした。
3日後更新予定です。




