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53 1人劇場とか痛いですね

「10年以上婚約者でありながらミシェル殿下に恋愛感情も持たれていないのだから、シルヴェスター家よりも高位になった今、私の方が遥かにミシェル殿下に相応しいわ!」

「……」

「言葉も出ないって顔ですわね。ふんっ、覚悟しておきなさい。いくわよ」


私が何も答えずにアマンダ様を見上げていると、勝ち誇ったように高笑いをしながら去っていった。…凄い、本家悪役エミリアよりも悪役っぽい。

そんなことを考えながら、すっかり濡れてしまった制服を見やる。残念ながら女の制服を2枚持っているわけもなく。


「…シオンになるか、否か」


あと1時間残っているしなあと思案していると、後ろからぽん、と肩に手を置かれた。振り向くとにこにこと微笑んだ美少年がいつもよりもどこか黒いオーラを放っている。

…本当この子常に笑っているよなあ。まあ笑顔の具合で機嫌の善し悪しくらいはわかるけど何を考えているのかはわからない。真っ黒アレンだ。


「アレン」

「エミリア、その格好はどうしたのですか?」

「あー、えっと…水浴びに」

「…なぜ服ごと?」

「暑いから?」


そこまで言ったところでぱさっと質のいいタオルを頭にかけられた。用意周到な女子力に驚きつつ、タオルを借りて水をある程度拭き取る。初夏とはいえ今日はそこまで暑い訳でもないから助かった。


「ありがとう、アレン」

「…エミリア、僕に隠し事はしてないですか?」

「…してないよ」

「…そうですか。教えてくれるのを待つことにしましょうか。頼ってくださいね?エミリア」


全く信じていない様子に肩を落としつつ、タオルは返さなくていいとの言葉にありがたく頂戴することを決める。今度お礼になにかプレゼントをしようか…ミシェルならお菓子をあげればいいがアレンに貸しを作るのは実に面倒くさい。

この前教科書忘れて借りに行った時なんか「では、このお礼のものを全て食べさせてください」と笑顔で言い出し、大量のお菓子をわざわざ口元へ運ぶなぞの羞恥プレイをさせられてしまった。もうやりたくない。


「とりあえず、次の1時間は保健室にいて服の着替えがないか聞いてくださいね?間違ってもそのまま授業受けないように」

「えっ……………うん」

「…全く、風邪ひいたらどうするんですか」

「大丈夫、私風邪引かないし。病弱じゃないもん」


心配しなくていいのに、と呟いているとぽん、と頭に手を乗せられた。アレンの大きな瞳が悲しげに揺れる。


「僕、心配なんです。エミリアが体調崩したらと思うと、…。だから、…わかって」

「!!………うん」


そのまま抱き寄せられ苦しげに囁くアレンにドギマギしながらやっとのことで頷くと、アレンは満足したようににこりと微笑み授業へと向かっていった。

…正直男の子に抱きしめられるとか慣れないからやめてほしい。今まで何考えていたかぶっとんでしまったよ。

まあそこまで言われたら仕方あるまいと授業に向かって歩いていた足をUターンさせる。その分分からないところはミシェルやクレアちゃんに聞けばいいか。

とはいえ、保健室にわざわざ行くのもなあ、と思うと、自然と足は屋上に向かっていた。屋上は思ったよりも涼しかったけど、少しは日当たりもよく、制服が手っ取り早く乾く気がする。


「授業サボりって前世でもやったことないや」

「あれ?こんなところに可愛い女の子がくるなんて!授業に出たくない悪い子かな?それとも…ボクに愛されたいのかな?」

「あ、メルくん」


上から声がかかり見上げると、軽い笑顔を浮かべたメルくんが私を見下ろしていた。私が声を上げると「なんだエミリアちゃんかあ〜」と感情の読めない不躾な言葉が聞こえる。なんだとはなんだ。可愛い子ちゃんじゃなくて悪かったな。


「可愛い女の子じゃなくてごめんね?」

「じょーだんじょーだん!エミリアちゃんも可愛いよ?」

「それはどうもありがとう」


嫌味たらしく答えたら心のこもっていない褒め言葉をかけられたのでお礼を返すと何故か再び笑われた。解せない。


「それで、どうしたの?エミリアちゃんは授業をサボるようには見えなかったけど」

「あーうん、えっと」

「もしかしてっ、やっぱりボクに会いに?いやー照れるなぁ」

「………」


私の何か言いたげな視線に肩を竦める様子に私も苦笑いを浮かべる。

てっきり元のメレディスに乗っ取ってキャラ付けしているのかと思っていたけど、素を知っている私にも軽いところを見ると本人からしてチャラい性格をしているのかもしれない。


「びしょ濡れになったから乾かしにきた」

「なんで?…もしかしてエミリアちゃん、バケツの水でもかけられた?」

「…ご名答」

「くはっ……ぶふっ………いだだだだだ!ご、ごめんて!」

「何を言ってるかわかるんだからな」


突然爆笑し出したメルくんの腕を捻り上げながらもメルくんの考えていることを想像して私は嘆息した。

そう、だってこのイベントは、ヒロインであるアリスちゃんにエミリアがいじめるシーンに酷似しているのだ。


「お疲れ様、悪役令嬢兼ヒーロー兼ヒロインちゃん」

「どの役も全力で返上したい」


私の適役は名もないモブだと思うんだけど。具体的にはアリスちゃんに「ミシェル殿下ならあちらに…あれ、アリスさん?」っていう役とか。ミシェルにちやほやする系モブはなんかやだ。

ついでにいうとアリスちゃんのヒーローにはなりたかったんだけどいずれ物語補正でミシェルにかっさらわれてしまう予感しかしない。そんなの虚しすぎる。

だからそれなら、むしろアリスちゃんの所有物(無機物)になりたかった!はっそうだ。


「靴になってアリスちゃんに踏まれる毎日…」

「前から思ってたけどエミリアちゃんって極度の変態だよね?」

「欲望に忠実って言ってよ」


それにしても、思えば悪役令嬢兼ヒーロー兼ヒロインってやばいね?傍から見たら一人三役みたい。


悪役令嬢(エミリア)「この身の程知らず!貴方なんかエミリアにふさわしくないわ!」

ヒロイン(エミリア)「そ、そんな…わ、わたし。…うぅ、エミリアくん…」

ヒーロー(エミリア)「おい、そこの悪役令嬢(エミリア)!ヒロイン(エミリア)に手を出すんじゃない!俺の大切なひとだ!」

ヒロイン(エミリア)「エミリアくん…(とぅんく)」


痛い。痛すぎる…。まるで悪夢のような1人劇場でざっくざっくと黒歴史を製造して頭を抱えていると、メルくんが脇で大爆笑していた。これ以上にない爆笑だ。


「…なに?」

「1人劇場…ぶふっ…最高…」

「はっ」


そこでやっと自分が全て口に出して1人劇場をしていたという失態中の失態を犯したことに気づく。…恥ずかしいどころの話ではない。穴があったら入りたい。むしろ潜り込んでそのまま埋まりたい。


「…ちっ…記憶を消すしかない」

「ちょっ…いやいや、熱演するエミリアちゃん可愛かったぜ?な?」

「死人に口なし…」

「物騒!物騒だから!ボク非戦闘員だから!エミリアちゃんの攻撃に耐えうる体してないから!」


羞恥のあまり頬に集まった熱を振り払うようにメルくんに襲いかかるとメルくんが慌てた様子で逃げる。ちっ。すばしっこいやつめ。勿論半分冗談だけど。半分。

しばらく追いかけっこもどきをしたあと、どちらかともなく笑いが漏れる。お陰様で濡れたことなどすっかり忘れるほどには悪くない気分だった。


「ねえ、エミリアちゃん」

「どした?」

「もし、エミリアちゃんが本当のモブだったらよかったのにな」

「あー、それはそう思うねぇ」

「そしたら、きっと簡単にボクのものに出来たのにな」

「?」


メルくんがどこか甘く目を細めて私に顔を近づけてくる。多分普段からチャラいが故の言動なんだと思うけど、私としては慣れていない距離感だから顔に熱が集まった。


「メルくん、近い」

「……ねえ、今から全ての立場捨ててさ、断罪前に逃げちゃおうよ」

「え?」

「好きな人いないんでしょ?なら、ボクに」

「おい、メレディス=スタンスフィールド。貴様、何処で油を売っているかと思えば、僕の義妹(いもうと)に何をしている?」


熱の篭ったメルくんの視線に耐えきれず、目を背けていると、地獄の底の魔物のようなおどろおどろしい声がかかってきた。

振り向くと少しだけ眉尻を下げたロゼと一周まわった恐ろしい笑みを浮かべたお兄様の姿。…幸い今はメルくんに怒りが向かっている。今のうちに逃げよう。


「ろ、ロゼ。偶然だねえ」

「…ああ。メレディスを探しに来た。…エミリアには最近会えていなかったから、…嬉しく思う」


きゅんっ。無表情な人の笑顔は萌が倍増するよね。最高に可愛い。後ろで繰り広げられる争いなど気にしない。私は無関係ですよ〜っと。


「…エミリア。あとで、…わかってるよね?」

「…はい、お兄様」


…どうやら私も逃げきれないらしい。落胆しつつもとりあえずその時まで現実逃避のごとくロゼに隠れることに決めた。

…ちょっと、メルくん私にお兄様押し付けないでよ。頼むから。

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