54 事故チューは漫画の定番ですよね
「シオン!!」
「ああ、アリス。またお菓子を作ってくれたんだよね?有難う」
「ううんっ、シオンが喜ぶならいくらでも作るわよ!」
それから暫く、私ことシオンはお兄様の追求を逃れ、シオンとしてアリスちゃんと密会することに成功していた。
ふわっと花が咲くように笑うアリスちゃんは今日も最高に可愛い。思った以上に強気で勝ち気だけど推しだとそれすらも可愛く思えるんだから不思議ね。
なんの間違いでか私がアリスちゃんのヒーローなんだけど、この笑顔を見れば一時的でもミシェルからヒーローの座を奪い取れてよかったと思えるから我ながら単純思考だな。
アリスちゃんは綺麗にきつね色に焼かれたマフィンをはにかみ笑顔で差し出してくれる。うぅん、とても美味しそう。昨日はチョコレートだったし、最近頻度が増えているなあ…。太らないか心配だ。
「シオン?」
「ああ、ごめんね。なんでもないよ!よしっ、いただきます!」
頬張るとふんわりとバターが口に広がり、表面はさくっとしていて中身はふわっ。…あ、中にジャムが入ってる。美味しい…。
「美味しい…」
「ほんと?まあ、当然ね!」
「アリスは本当にお菓子作りが上手だね。普段食べるお菓子に全く遜色がないよ」
「シオンのために練習したもの!なんでも作れるわよ!シオンは甘い食べ物が好きなんでしょう!」
勝ち気に胸を張るアリスちゃんにふと違和感を感じる。確かに甘い食べ物は好きだけど、好物は米だ。甘いものが好きだと言った記憶は全くなかったりする。大体極度の甘党キャラはミシェルだし…ん、ミシェル?
「僕の大好物はお米だよ。もしかしてミシェル殿下と勘違いしてるのかな?」
いつの間にかミシェルと仲良くなってそれと混同してしまったのかもしれない。しっかりしているのにドジっ子属性があるなんて、流石アリスちゃんだ。
私がそう納得して微笑みかけるとアリスちゃんは驚いたように目を見開く。
「え…?甘党…なんで…いえ、そうね!間違ってしまったみたいね!でも安心して、今度は美味しいお米の料理を練習するから!」
「本当?ありがとう!」
アリスちゃんの米料理なんて美味しいに違いない。楽しみだと微笑んでみせると、ふわりとアリスちゃんも赤い目を細めた。
「アリス、最近ミシェル殿下と仲がいいんだ」
「え?全然仲良くないわよ。そもそもあまり話さないしシオン以外興味もないわ!」
「もっと素直に生きてもいいんだよ?僕は君を、縛りたくないんだ」
意思の強いアリスちゃんの気持ちは嬉しいけど、それでずっと縛っているのも違うと思う。私はアリスちゃんとミシェルの恋路を邪魔すると自動的に悪役になりそうで怖いし。
私が笑顔でそう言ってみせると、アリスちゃんが拗ねたように口を尖らせた。可愛いけどなんで?
「シオン!私は、」
「わっ」
「きゃっ!?」
どさっ。
勢いがよかったせいかアリスちゃんがバランスを崩し、反射神経を生かしてとっさに私が下に入る形で庇う形で倒れ込んだ。ナイス、私の反射神経。推しに危険な目を合わせなかったぞ。
満足して気持ちを落ち着けたところで、何かが唇に触れていることに気づいた。ふにふにして柔らかい。吐息のような暖かな空気が触れている。
「ん…?」
そこで気づいた。
私は今、どうやらアリスちゃんとキスしているらしい。
…は?き、ききききキス?私のファーストキス…というか前世もキスしたことなんかないから完全の初めての経験すぎて頭がついていかない。
目の前にいるアリスちゃんは一瞬呆けたように目を見開き、次第に顔が赤く染まった。凄い至近距離で見るアリスちゃんの顔は…とっても可愛い。いや違う。これは訴えられてしかるべきでは!
ひぃっ、女神の唇に触れるなど大罪だ、これは国外追放されても文句は言えない!でも、
「…我が人生に…悔いなし…ッ」
「し、シオ…ン…ご、ごめん…」
「…ううん、いいよ。こちらこそごめん…その、えっと…」
「私は、いいの。…シオンなら」
「………ッ」
恥ずかしさやら嬉しさやらで頭がフリーズした状態のままぼんやりアリスちゃんを見つめる。
気恥ずかしそうに、でもはにかんだような表情のアリスちゃんは…何故か見覚えがある気がした。…どこでだろう?
翌日、何やら掲示板の前で騒がしいのを感じて近寄ると、何故かささっと人の群れが避けられ道が作られた。…うっ、悪役令嬢の恐怖政治のようだ…。
その事実に落ち込みつつあけられた道を通り掲示板を見ると、見覚えのある美少女のラブシーンのような写真が貼られた記事がある。
「…これは」
即ち私とアリスちゃんのキスシーンである。一体どこから撮られたんだ。写真は見事にガッツリ取られている。シオンが押し倒されてる感じで…危ない絵面…。そして見出しには「ガーベラの君と噂の女子生徒の熱愛発覚」とある。
これは…うん。…事実だけど!私はアリスちゃん大好きだけど!中身女なので!ついでにいうと悪役なんで!全力でそう言いたいものの言えない感じ、歯がゆい…っ!
そしてこのイベントって…やっぱりマンガでミシェルとアリスちゃんの仲が大々的にバレてアリスちゃんへのいじめが加速するきっかけのシーンだああああ!!
「…ねえ、エミリア?」
と、後ろからの声で背筋が凍る。恐る恐る振り向くと、禍々しい邪気を放つアレンとお兄様の御姿。
「え、ええと。今日もかっこいいね!アレン、お兄様」
「ありがとうございます。エミリアも可愛いですよ」
「うん、いつものごとく天使みたいだ」
「えへ、照れるなあ」
「ふふっ」
「ははっ」
「えへへへへ…」
「それで、なんでエミリアはアリスさんとキスをしたのかな?」
「教えてくれますよ…ね?」
それから暫く。私は2人の追求から逃げるように校舎の裏まで逃げてきていた。
思えば友人達はエミリア=シオンという図式を知っているわけだから聞かれるのも当たり前だった。とはいえ非常に面倒くさい…。暗黒なオーラに怯えたのもあり、ここぞとばかりに逃げ出してやった。…しばらくはここに隠れていよう…。どうせ逃げきれないんだけどさあ。
「ミシェル殿下ってばぁっ」
「…ああ」
息を潜めていると、ガサゴソという音と共にミシェルの淡白な声と楽しそうなスノウバークさんの声が聞こえてきた。どうやら近くに2人でやってきたらしい。…というか、ミシェルにスノウバークさんがついてきた、が正しい気もするけど。
「___ですわね!この前の___」
「____まあ、___だからな」
少し声が漏れて聞こえるけどそこまで近くないせいかよく聞こえない。がさごそ。草をかき分けて少し覗いてみると、ミシェルは笑っていた。凄く優しくて私の前でも見せないような感じの、楽しげな表情。
「___なんだ」
「…………一方的じゃなくて、ちゃんと仲良しなんじゃん」
なんとなくやるせない気分になった。
何故か少し胸がちくりと傷んで。…私のキス騒ぎよりも、…スノウバークさんと仲良くしているミシェルに、なんとなく苛立って。
「わたし、やっぱり邪魔者かあ」
もやもやとした感じをぶんぶんっ、と振り払って、2人が去っていったのを見計らい立ち上がる。
…ってあれ?私なんでミシェルとスノウバークさんの仲にもやもやしてるんだろ?…ああ、ミシェルのくせに恋愛なんて生意気、って思ったんだろう。そうに違いない。とっくに出てる気持ちに蓋をして、私は屋上に向かった。
「…エミリア?」
「うげ」
そういえばお兄様とアレンから逃げていたということを見つかってから思い出すことになることは想像していなかったけど。




