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「紹介するよ、こちら西屋敷 百花さん。」
ついにやってきた日曜日。
約束の少し前にインターホンがなると、彼女はそこに立っていた。
「初めまして、西屋敷 百花です。」
あの写真でみた通りの、可憐な美人だった。まさに、花のあるといった形容詞をつけたいぐらいの。
「雨野 あんずです。」
「雨野 誠司です。」
愛想笑いすら浮かべずに、2人は形式的な自己紹介をする。
「あんずちゃんとせーじ君ね!よろしくね。」
流石兄貴の彼女というべきか。
いや、断固として認めたわけではないが………
天然ボケなのかおっとりとしすぎているのか、早速、人の名前を間違えている。
「…俺の名前はせ・い・じだっての。」
そんな俺の呟きが聴こえたのか、隣りであんずが噴き出したので軽くケリをいれておいた。
下調べし尽くした2人が言うのもなんだか、西屋敷 百花はかねがね思った通りの人物だった。
満ち足りた環境で育った穏やかな女性。
今まで他人の悪意になんて触れることもなく生きてきたようなーーー
彼女が両親の仏壇に手を合わせてくれた後、蓮からの提案で早々に夕食をとることになった。
「お兄ちゃん、私と誠司で準備できるからお兄ちゃんは百花さんと座っててね。」
「ありがとう。じゃあ任せるよ。」
わざといつもより大きな音を立てて、夕食の準備を始める。
もちろん、あんずと誠司の会話が聞かれないようにするためだ。
「ただの世間しらずな箱入り娘って感じかな。」
「お前には言われたくないだろうけどな。というか、だ。」
蓮が事前に作っておいた具沢山のクリームシチューに火を入れながら、誠司は疑問を投げかける。
「こんな庶民のおもてなし料理でいいのか?お嬢様相手に。」
「別にお嬢様だって毎日ご馳走ってわけじゃないでしょ、たぶん。」
………なにせメニューがメニューだけに。
クリームシチューにボウルいっぱいのサラダ、
朝から焼いたパンに、一口大のハンバーグに大きなエビフライ。
完全にお子様が食べるようなチョィス。
「ま、まぁねー、お皿ぐらいは大人っぽいお客様用のを出そうかな」
「あら、私も何か手伝いましょうか?」
何の気配もなく背後に忍びよられていた事に、あんずも誠司も驚いた。飛び上がるほどに。
「あ、ああ、百花さんは座っててくださいね。」
「私も何かお手伝いさせて欲しいと思ったんだけれど、お邪魔だったかしら?」
落ち着いた可愛らしい声で、問いかけられる。外見にぴったりの優しい声。
あいにく、あんずはこの手のねむたくなるような声は大嫌いなのだ。
「大丈夫ですよ。私も誠司もいますし。それに百花さんには重たい物は運べないんじゃないですか?家事とかした事なさそうですし。」
下調べの段階で、
西屋敷家にはお手伝いさんが勤務しているという情報を得た上でのあんずの発言に、
誠司は感心していた。
これが笑顔で殴り合うという女同士の嫌味か、と。自分と言い合う時の様な面と向かって悪態をつく方法ではないやり方に、女の怖さを垣間見た気がした。
「あらあら、わかっちゃうものなのね。そうなの、私、あんまり家事が得意じゃなくて。」
対して百花は、にこにこと何を取り繕うわけでもない。
「なら、結婚なんてちょっと厳しいですよね〜。毎日の事ですしね、家事って。百花さんぐらいの年齢の方でそうだと、ねぇ?」
おおー、畳み掛けるような嫌味のジャブ。
その姿、昼ドラで大立ち回りする姑の如し!
「本当ね。もうこうなったらあんずちゃんをお嫁さんにもらっちゃおうかしら。」
なんとノーダメージ!全く効いていない!これぞ暖簾に腕押し、ぬかに釘。
「お前、陰湿だな。友達なくすぞ。」
取り皿をもたせて、なんとか百花をキッチンから追い出した後にこっそりとあんずを小突く。
「う、うるさいな!私だって色々考えてるんだって。」
ぐぬぬと、今にも歯ぎしりしそうなあんずをよそに、なんともいえない夕食が始まった。
「わぁ、美味しそう」
子供の様に嬉しそうに笑う百花に、誠司はあっけにとられた。
「百花さんって、意外とガキっぽいんですね。」
「あ、あら、ごめんなさいね。はしたなかったわよね。」
「百花はこう見えて結構おてんばなんだよ。いまだにカブトムシとか見ると捕まえようとすっとんでいくし。」
「れ、蓮さん!それは言わないでください。」
「本当に。百花さんって子供っぽいですもんね。」
あんずは冷たい声色で、百花の胸部の辺りをちらりと一瞥する。
「そうだな、あんずの方が大人っぽいかもなぁ。」
「そうね。あんずちゃんの方がお姉さんに見えるわね。」
あんずの嫌味も、蓮のおっとりと西屋敷 百花の天然の前には何の効果もなかったようだ。