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「はぁあぁあぁ、疲れた〜。」
ぐっと背伸びをしたあんずに、眩しい程の西日があたる。
「もう!ぜんっぜん智樹君と話せなかったんだけど。」
不機嫌そうに見える誠司よりも、人当たりの良さそうなあんずに子供達が集中してしまったせいか、あんずは疲れ切っていた。
「どうだった?誠司はあの子と話せてたでしょ?」
「まぁ…普通の子だったと思う。」
じいっと、あんずからの視線が刺さる。
「…なんでそんなに自信なさげに言うのよ。誠司らしくもない。」
俺って普段からそんなに自信満々に見えるのかと、誠司は少しショックだったが
それよりもーーー
「もう1人の自分に会うと死んでしまう。ドッペルゲンガー。」
「………この間の夏の心霊特集でやってたやつだっけ?何よいきなり?」
誠司はざっと智樹君から聞いた話を伝えると、
あんずの表情が強張っていくのが分かった。
「あんまりそういう事は信じないタチなんだけどさ、なんかこう嫌な予感っていうか。」
そう、例えるなら段々と周りから、
「近づいてきてるんじゃないの…それ」
「やめろよ、そんなビビらせるような事言うの。こう見えて案外苦手なんだからよ、心霊系は。」
小さい頃に見た心霊系の本で、夜トイレに行けなくなったのは苦い思い出だった。
「だって、誠司がそれらしい事ばっかり言うからでしょ!」
「それらしい事って、俺は聞いた事を聞いたまま言ってるだけだ。それよりも何か飲もうぜ、喉乾いた。」
少し先の住宅脇に二つ連なった自販機を、指差す。
この辺りは比較的新しく建てられた大きな一軒家が多いせいか、閑静なという言葉がぴったりなほど静かだった。
「やーん、この自販機!あのお高いアイスミルクティーがある!今日はリッチにこれにしようかな〜。」
今、CMで話題の高級ロイヤルミルクティー1缶350円に騒ぎ出すあたり、
貧乏人丸出しなのは言わないでおく事にした。
さっと夜の冷気をはらんだ風が吹く。
もうすぐ夏本番なのが、熱気を含んだアスファルトの香りでわかる。
高台にある比較的大きな家が建ち並んでいるこの区画は、道路も整備されていた。
100mは続くであろう真っ直ぐな道をみると、
自転車でもかっ飛ばしたくなる。
今度、自転車で散歩にでも来ようかななんて思っていた矢先。
西日でオレンジ色に染まる街並みに、
それを見た。
真っ直ぐに整備された道路の先に、
小さな影と大きな影が手を繋いでいる。
親子連れとおぼしき後ろ姿。
瞬間、走り出していた。
あんずの制止も振り切って。
「ちょっと!いきなり何よ!」
あれはそうなのか?小柄な女性と、
あの子供特有の柔らかい茶色い髪の男の子。
「待ってー!待ってってばー!」
どれぐらい追いかけていただろうか。
こんなに走ったにも関わらず、追いつく事は出来なかった。
やっぱりあれだけ距離があると追いつけないものなのか?
いや、向こうはただ歩いていただけなのに追いつけないものなのか?
立ち止まった所は、見慣れた古い市役所。
あの施設の近くまで戻ってきていたようだった。
もう日が暮れてきたせいか、所々でぱちりぱちりと街灯が灯りだす。
まさか、本当に人間じゃないから………?
「消えた?」
そんな馬鹿な。そんな非現実的な事があるか。
「ちょ、ちょっとぉー、一体なんなのよ。」
ぜひぜひ息を切らしながら、あんずが追いついてくる。
「今、智樹君と女の人らしき2人を見かけたんだ!だから、追いかけたんだけど…」
「見失った…?」
頷くしかできなかった。
周りで目撃される智樹君と、母親らしき女性。
でもそれは智樹君ではない。
それどころか智樹君自身もそれを見ている。
「嘘でしょ?やっぱり智樹君のドッペルゲンガー?」
「わからない。顔は見えなかった、後ろ姿しか。」
ただあの特徴的な、色素の薄い茶色いパーマがかった髪は智樹君のそれだと思うがーーー
「完全に本人の目の前に現れるとどうなるの?メリーさんの怪談みたいに死んじゃうとかなの?」
あんずが口にしたのは、電話に出るたびにどんどんと近づいてくる化け物の怪談話。
「…施設に向かったのかも!智樹君の所に」
あんずの不安そうな顔が街灯に照らされる。
嫌な予感がする。なんとも言えない嫌な予感が、
「もう一度、施設に戻ってみよう。」
そうして俺達はもう一度走り出していた。
この言いようのない不安を早く消し去りたくて。
そうだ、そんなおかしな話があるわけない。
そんな得体の知れない事なんてーーー




