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『たいようのいえ』と書かれた木の表札は、手作りならではのあたたかみのあるものだった。
児童養護施設は、市役所にほど近い山間にひっそりと建っているようなそんな印象を受けた。
「よくいらしてくださいました。どうぞ」
あんずと誠司を待っていてくれたのか、初老の女性がすでに玄関口で立っていた。
施設長の林田ですとの自己紹介の後、
2人は施設長に続いて施設の中へと迎え入れられた。
決して新しくはないが手入れの行き届いた内装だった。所々にある手作りの工作物が、保育園の様な雰囲気を感じさせる。
「あの、なんだかハイツというか団地のような変わった造りなんですね。」
「ええ、最近は大人数でというよりも、少人数での生活を経験できるように移行してきているんですよ。お家で生活するような環境に近づけるために。」
その分、職員の人達の死角も多そうな気がする。智樹君が、抜け出したりでき易い環境なのだろうか?
そうして外に抜け出している所を見かけられたという事はないのだろうか?
「あの子が西田 智樹君です。」
かなり広いホールの様な造りの部屋へと行き着くと、施設長は他の子に悟られないように小さく彼に視線をやった。
子供達が思い思いに遊んでいるホールの壁に腰掛け、本を読んでいる見るからに大人しそうな男の子。軽くパーマのかかったような色素の薄い茶色い髪をしている。
誠司は、あの相談にきた佐倉さんが怯えている理由がなんとなくわかった。
智樹君が手にしている本が、
あきらかに8歳の子が読むのにそぐわないような、分厚い辞書のようなオカルトに関する本だったからだ。
ホールの入り口に立っていたあんずと誠司を、
めざとく見つけた子供達が駆け寄ってくる。
「誰ー?誰かのお友達?」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんは誰?」
5、6人の子供達に口々に話しかけられると、
普段あまり小さな子と接する機会のない2人はものすごく戸惑ってしまう。
そんな2人を見かねてか、施設長が助け舟を出してくれた。
「みんな、今日はね、お姉ちゃんとお兄ちゃんが遊びにきてくれたわよ?」
そこからはもうもみくちゃだった。物珍しい来客に、我先にと子供達は話しかけてくる。
「ドッチボールしよう!」
「本読んで!」
「かくれんぼしよう!」
「縄跳びしよう!」
やっと智樹君に話しかけられたのは、
他の子とゆうに2時間は遊んだだろうかという頃だった。
「本が好きなんだな。」
あんずより一足先に、子供達の輪を抜け出した誠司が声をかける。
「………うん。」
じいっと誠司を見つめた後、智樹君は小さくうなづいた。
「怖い話が好きなのか?夜トイレにいけなくなるぞ」
「大丈夫、怖い話じゃない。人を生き返らせる方法を勉強してるだけ。」
「………」
誰を生き返らせたいか聞くほど、誠司は無神経ではない。
「生き返ったらどうする?」
「一緒に住みたい。」
百花の家で聞いた佐倉さんの話から察するに、智樹君の両親はとてもいい人とは言えない奴らだ。
どんな理由があれ、小さな子を1人残して目の前で死んでしまうような親。
そんな親でも生き返らせて、また一緒に住みたい。
「そうか…。見つかるといいな。」
誠司も、それに似たような事を思っている時期があった。
雨野家に引き取られた後も、
あんなに邪険に扱われて死にそうになっていたのに、父や母とまた一緒に暮らしたいと思っていた。
自分が悪いから、
両親がご飯をくるなかったんだと
喧嘩ばかりするんだと
そう思っていた。
そういえば、自分もオカルトや魔法のような類の本を読んでいた時期があった気がする。
何か不思議な力で全てが上手くいくようになればいいと思っていた。
「…でもね、僕、成功したみたい。」
「?」
「でも、パパは、いなかった。ママだけだったから。それに僕もいた。」
「…ママだけ?」
「この間、僕とママを見たんだ。学校の隣の席の咲ちゃんも見たって言ってたよ。」
佐倉さんの言っていた通りだった。
しかも、それを智樹君本人が見ている?
もう1人の自分に会うと近いうちに死んでしまう。
ドッペルゲンガーと言っただろうか、そんな話を思い出す。
恐怖にも似た嫌な感情が、瞬く間に湧き上がってくる。
「…それ、見たのか?」
「見たよ。僕がママと手を繋いでいる所。」
智樹君は澄んだ瞳で、ただ淡々と答える。
どういう事なのか。
子供特有の夢と現実がごっちゃになっているだけなのか。
でも、なぜか嫌な予感がする。
人間には解決出来ない事とかね
薄暗い部屋で見た百花の顔が散らつく。
光が入る余地もないほどに真っ黒な瞳を思い出す。
本当にそんな事あるわけーーー
「!?」
不意に肩を叩かれる。
「雨野さんでしたよね?ご無沙汰しています。」
「あ、ああ、こんにちは。」
佐倉さんだった。
愛らしいエプロンをしているせいか、西屋敷家で見たときよりも幾分か若く見える。
彼女に促されるままに智樹君に別れを告げ、
ホールの前の廊下へと移動すると、佐倉さんは話を切り出した。
「どうでしたか、智樹君は。」
「少し話せたぐらいなんですけど、あまり活発な様子ではないみたいですね。」
「そうですね…。ここにくる前はすごくやんちゃな子だったみたいなんですけど。」
「…両親と暮らしたいと言っていました。」
「生き返らせたいなんて言ってませんでしたか?」
誠司がうなづくと、困ったような表情で佐倉さんはため息をつく。
「やっぱり。ああやって皆と遊ばずに両親を生き返らせる方法を見つけようとする事で、自分自身を責めているのかもしれません。」
「責めるなんて…智樹君は何も悪い事はしていないのに。」
「子供はどんな親でも無条件で大好きなんです。どんな事をされても。
…純粋だからこそ、意固地になる。全部自分のせいだと思い込むんです。」
少し驚いていた。
西屋敷家で会った時の怯えた様子の彼女とは、印象が違っていた。
話せば話すほど、智樹君の事を気にかけ心配している事がわかる。
「智樹君の事、怖くないんですか?」
「怖い…ですか?」
疑問そうな表情で佐倉さんは繰り返す。
「すいません、以前お会いした時にそう感じたので。佐倉さんが智樹君を怖がっているような。」
「…怖いですよ。あの子自身に何かある事が。
得体の知れない何かにあの子が連れていかれるようなそんな気がして、怖かったんです。
でも、西屋敷さんから絶対に大丈夫、なんとかしますと言われて少し前向きにはなれました。」
意外な答えに、誠司はただただ驚いていたーーー




