エピローグ
「ヴァース。仕度済んだか?」
「あぁ、一応」
「失礼致します」
声を掛けてきたイシュタルに応えると、ガチャリと扉が開かれた。ヴァースと同じく正装したシアとイシュタルがそこに居て、おぉ、と二人から感嘆の声が上がる。
「やっぱお前見栄えするわ。たまにだからかもしれないけど」
「ヴァース様は素が華やかですから衣装負けされる事はありませんね」
「……早く着替えてェ」
着替えたばかりで言うセリフではないが、心底そう思う。今日の式典を思えば尚更だ。
「発案者が何言ってるんだ」
「姉上!」
「オシリス」
コツコツ、と高いヒールを苦も無く履きこなし、後ろにリンデンバウムを控えさせたオシリスがヴァースへと歩み寄って来て艶然と微笑んだ。
「綺麗だぞ、ヴァース。男に言うには少し悔しいか」
「全くだ。男に言うセリフじゃねェ。――お前が貰うべき言葉だろうが」
「ふふ。そう見えるか? ちょっと気合い入れてきたんだ。本当はヒールなんて好きじゃない。でもお前の前では女として綺麗でいたいから」
「それは遠路遥々ご苦労様です。どうぞごゆるりと御寛ぎ下さいませ」
にっこり、と見た事も無い極上の笑みでそうオシリスにホールを示したシアに一瞬オシリスは驚いた顔をしたが、すぐに微笑み返して頷いた。
「あぁ、今は忙しいだろうしな。式典が終わった後にでもゆっくりお前個人を伺わせてもらうよ、ヴァース」
「忙しいと判っているならどうぞお気遣い下さいませ、お客人」
(な……っ、何か、空気が……っ)
微笑んでいるはずなのに、この場が寒いのは気のせいだろうか。
いや多分気のせいではない。イシュタルは一歩引いて何かに巻き込まれないようにしているし、リンデンバウムは口元を押さえ声を殺して笑っている。
何だろう。凄く怖い。
「ヴァ――スッ!」
「うわっ!」
きん、と高い少女の声が響いたかと思ったら、背中に軽くはあるが間違いのない人一人分の体重が乗っかってきた。
「リエン、様っ」
「構うな構うな。わらわとお主の仲ではないか」
「ヴァース様っ?」
「ち――違うっ」
こんな少女に――と引きつったような責めるようなシアの声に慌てて思い切り首を振る。そんな誤解は勘弁してもらいたい。
「ふふ。とんだ理想主義者じゃがわらわは嫌いではないぞ! 有言実行、誠に天晴れ!」
「竜妃の美形好き、話には聞いてはいたがまあ微笑ましいものじゃないか」
「陛下」
少々疲れてはいるようだが、それでも最初に会った時よりも大分穏やかな表情でベクストルは微笑する。
「……む。お主がシルギードの狂王か」
「お初にお目にかかるな、竜妃リエン」
「むぅ……っ。困るではないか。お主も中々わらわ好みのナイスミドルじゃ」
「悪いが子供は範疇外でな。あと五、六年したら考えよう」
「その時はお主がわらわの範疇外じゃ!」
これが一国の主同士の会話かと、誰かに聞かれでもしたら呆れられそうな光景ではあるが。
(――平和でいいだろ)
馬鹿馬鹿しい事の方が、ずっといい。
今日この日――後の式典で交わされるカラム仲立ちの和平の書状が、永きの時を平和にしてくれるよう。
望んだ全てが今、この場にある。
ここまでお付き合い頂いた皆様、有難うございました!
そんな上手くいかねーだろ、な話ではありますが物語は頑張った人が頑張った分だけ報われていいと思っております。酷いのなんか現実だけで十分さ。
読み終わった時にほっとした息をついて頂けていたら嬉しいです。
もしご縁がありましたら次回作も宜しくお願い致します。