エントリー・ハート⑤
騎坂アキトが走って行ってしまった。
この場を任された姫導ヒロだったが、突然の鐘の音を反応して走り出して行った彼の事がどうしても気掛かりだった。
いや、単なる気掛かりだけじゃない。
今の姫導ヒロの中には自分の置かれた状況に加えて昨日の一件で発現した力、それに関わりのある光の痣なる存在の事、そして……
ワンダーワールドとワンダーモンスター、この事について情報を持つ彼が自分たちをこの場に留めさせる事で自らを犠牲にして守ろうとしているのではないかという心配があったのだ。
これはを含めて一般的には気掛かりというものなのだろうが、姫導ヒロはこの状況をもしかしたらどうにか出来るかもしれない力を持っているが故に抱く感情が並列しているせいで単なる気掛かりで済ませられなかった。
そんな彼の心中を察したらしい勇心トモキは少し長い溜め息をつくと姫導ヒロの背中を突然叩いてしまう。
「痛っ!?」
突然背中を叩かれ声が出て慕う姫導ヒロ。まさかの勇心トモキの行動に彼は戸惑ってしまうが、そんな彼に向けて勇心トモキは真剣な表情を見せながら彼に向けた言葉を紡ぎ始め、その中で彼は姫導ヒロへ自らの思いを伝えていく。
「ヒロの事だから騎坂の事が気になってるか何かあるかもって心配になってんだろ?」
「トモキ……うん、そうだよ」
「だよな……上手く言えないけど、騎坂を助けたいならオレはヒロを行かせる方がいいって考えてる」
「待てよトモキ。ヒロが危険な目に……
「今の状況が既に危険なのは皆分かってる事だろマナト。オレも……ヒロを行かせなくて済むならそうしたい。だけど、訳の分からんねぇワンダーワールドなんて所に飛ばされて、訳の分かんねぇ怪物に怯えるように隠れなきゃならない今の状況から現実に戻れるなら……全員で早く現実に戻って元の生活に戻る方がいい気がするんだ」
「けど、そのためにオレたちはヒロが傷つくのを黙認しろって言うのか!?」
「分かってる!!けど……騎坂を助けられるのは、今ここにいるオレたちの中でヒロだけなんだぞ……?」
騎坂アキトが心配な姫導ヒロの気持ちを察し彼のもとへ向かうよう伝える勇心トモキ。
無茶な真似をさせて怪我をさせたくない、その思いと危険な行動を取らせたくない一心で姫導ヒロと約束を交わした菱倉マナトがそれを許すはずがなかったが、今置かれている自分たちの状況が最悪な事とこの状況をどうにかするには姫導ヒロに頼る他ない事、そして何よりも現実に戻りたいという強い思いを吐露する勇心トモキ。
もはやどうにかするには姫導ヒロしかいない……騎坂アキトを助けられるのは彼しかいないんだと菱倉マナトに言い聞かせるように勇心トモキは言葉を向ける。
言葉を返したくても返せない菱倉マナトは黙ってしまう。
そんな中、姫乃ユリナは姫導ヒロに歩み寄ると肩を少し震わせながらゆっくりと息を吐き、そして彼の事を見つめると今抱く思いを彼へ伝えていく。
「姫導くん……騎坂くんを助けに行くなら、必ず2人とも帰ってきてね」
「姫乃さん……うん、そのつもりだよ」
「約束だよ。だから……負けないでね」
「うん、負けない……勝つよ」
姫乃ユリナの今の状況に対しての不安を感じ取らされる言葉に対して優しく返す姫導ヒロ。彼女の言葉、それに対して姫導ヒロが『勝つ』と約束の一言を伝えたその瞬間、彼の右手の甲に王冠の形の光の痣が現れ、彼の腰に昨日出現したバックルと白いカードケースが再び出現し装着される。
直後、姫乃ユリナの体が微かに赤い光を帯びると姫導ヒロのカードケースが赤い光を少しの間だけ灯し、少し灯された光が消えると姫導ヒロは菱倉マナトの方を向いて彼へ謝罪する。
「ごめん、約束守らなくて……」
「……いいよ、ヒロ。もしかしたら、って最初からこうなる予感はしてたから」
「……ごめん」
「謝るなら、アイツを連れてちゃんと戻ってこい。それまでは、オレたちが姫乃さんたちを守るから」
「うん、任せる!!」
「姫導くん!!」
「うん……姫乃さん、行ってくる!!」
菱倉マナトへの謝罪と入れ替わるように彼と新たな約束を交わした姫導ヒロ。
彼の無事と外に待ち構える何かに打ち勝って欲しいという願いを込めているだろう姫乃ユリナの呼び掛けに優しい微笑みで応えた姫導ヒロは騎坂アキトの後を追うべく駆け出していく。
「待っててくれ……騎坂!!」
******
姫導ヒロたちが避難した建物の外……
その建物は目標と定めているだろう怪物……《アーミーズ》の名を与えられたワンダーモンスター4体が迫っていた。
何かを探すように周囲を見渡しながら徐々に彼らのいる建物へと迫っており、その歩幅は気のせいか迫るにつれて少しずつ大きくなっているようにも思えた。
明らかに彼らを探してるだろう動きと捉えられるアーミーズの行動、これを知る由のない騎坂アキトは建物から走り出てくると姫導ヒロたちがいるその建物をアーミーズから守ろうと構えて立ちはだかる。
「んだよ、ぞろぞろと……オレが目当てなんだろ?」
問い掛けてもアーミーズはどの個体も言葉を発さないために会話が成り立たない。
が、言葉を発さずともアーミーズは騎坂アキトの存在を認識しているのか彼を凝視するように体を向けていた。
ただそれだけだ。騎坂アキトが構えて立ちはだかるこの状況に対して相手の様子を観察しているのか警戒してるのかは分からないがアーミーズは1体として動こうとしない。
まるで、彼への攻撃を禁じられているかのように……
そんなアーミーズのそばを1つの闇が通り過ぎ、その闇はアーミーズの前に出ると騎坂アキトと対面する位置に達した所で動きを止めてしまう。
動きを止めた闇、その闇は人の形を形成させると闇としての在り方を変異させるかのようにその全容を鉄仮面の男・シェルへと変化を遂げてしまう。
シェルが現れるとアーミーズは全員膝をつき、その光景がおかしかったのか騎坂アキトは鼻で笑うとシェルに視線を向けながら煽るような言葉を並べていく。
「やっぱオマエがいたな……シェル。この前は余計な邪魔が入ってオマエを倒せなかったけど、今回はオマエを遠慮なく倒せる」
「無理な話だ。ボクの強さはキミとは比較など出来ないもの、ボクがその気になればキミなど容易く葬れる……ボクの配下のこのアーミーズの力、キミが理解出来ていない訳無いはずなのに……何故未だに邪魔をする?」
「さぁな。少なくともオレはオマエの疑問に答える義務を持ち合わせてねぇから答えられねぇな。それに……答えた所でオマエみたいなやつに理解出来るとは思えねぇし、時間の無駄だろ?」
「えぇ、時間の無駄ですよ。キミのようなバグがここを歩き回るのは気分が悪い。今日でその存在に終止符を打つよ」
「オレはオレのやりたいように生きる……オマエが邪魔するなら、そいつらとまとめて潰してやるよ」
シェルの言葉に対して強気に返す騎坂アキト。シェルの内にある殺る気が満ちに満ちて溢れている事が言葉から伝わり来る中で騎坂アキトは敵対者たるシェルとアーミーズを全て倒す意気込みを語るとポケットからキューブ状の何かを取り出し構える。
サイコロより2回りくらい大きいサイズ感のキューブ状のそれは6つのうちの5つの面にはスペードのマークが描かれており、残る1つの面にはスペードのマークが押しボタンのように少し隆起する形で施されていた。恐らく、ボタンのようではなくボタンなのだろう……
騎坂アキトはキューブ状の何かを右手の人差し指と中指で握るように持つとスペードのマークのボタンを押せるように親指を添える。
息を吐き集中する騎坂アキト、息を吐き終えた彼はキューブ状のそれに施されたスペードのマークのボタンを親指で強く押し込もうとした。
が、その時……
「騎坂!!」
騎坂アキトが行動を起こそうとするのを妨げるように姫導ヒロが駆けつけ、駆けつけた彼が隣に並び立つと騎坂アキトは何故来たのか訳がわからず戸惑いの視線を向けてしまう。
「オマエ、どうして……」
視線を向ける騎坂アキトだったが、視線を向けると共に彼は姫導ヒロの腰にバックルとカードケースが装着されている事と右手の甲に王冠の形の光の痣が現れている事に気づく。
これらに気づいた騎坂アキトは何故彼が来たのか、その理由をすぐに理解するとやれやれと呆れた反応と共に何やら嬉しそうな表情を見せながら彼に問う。
「オレの頼み断ってまで来たんだ……足引っ張るなよ?」
「大丈夫、来たからには役に立つさ」
「なら、期待させてもらうぞ姫導!!」
「あぁ、もちろん!!」
来たからには役に立つ、そう言葉を返した姫導ヒロのやる気に期待を向ける騎坂アキトはキューブ状の何かを強く握りながらスペードのマークのボタンを強く押し込み、姫導ヒロが右手でカードケースに手をかざすと赤い光のカードが彼の右手のもとへ現れ、彼はそれを掴み取るとバックルへかざさせる。
そして……
「ワンダーアップ!!」
「スペード……ワンダーオン!!」
姫導ヒロが叫ぶとバックルにかざされた光のカードは赤い煌めきを解き放ちながら彼を包み込むとその全身を変化させていく。
黒のアンダースーツに身を包ませるとハートのエンブレムが刻まれた赤い外装を肩部、胸部、腕部、脚部のそれぞれに纏わせ、そして首に白いマフラーを巻き風になびかせヒーローのような姿へ変化させると姫導ヒロの瞳は赤くなり、髪の一部を赤く染めさせる。
姫導ヒロの変化の隣で騎坂アキトがボタンを押し込んだキューブ状の何かはキューブ状の紫色の光のなって彼を囲み、騎坂アキトがその中で首を鳴らすなりキューブ状の紫色の光を右手で強く殴る。
騎坂アキトの右手が殴りつけられるとキューブ状の紫色の光は容易く砕け散ってしまう……が、砕け散ったそれは騎坂アキトの周囲を舞いながら幾つかに分かれるように収束を行うと騎坂アキトの肩、腕、胸、脚を覆う紫色の外装となって装備され、彼が右手に持っていたキューブ状の何かは光を解き放つとスペードのマークを彷彿とさせる刀身の剣へと変化を遂げて彼に掴まれる。
異なる形で装いを変えた姫導ヒロと騎坂アキト。
お互いに相手の変化した姿を見ると何か言うでもなく静かに頷き、そして……
「行こう、騎坂!!」
「あぁ、ついてこいよ姫導!!」
「バグごときが……面倒を増やしてくれる……!!」




