ログイン・ヒーロー①
夢を見る、それは些細な事だ。
この場合は睡眠時に意図せずに見る夢の方が正しいだろう。
その中で起きた事、見た事、経験した事は所詮夢の中の事で現実とは無縁なものだ。
出会ったはずのない人と親しくする夢、未来を暗示するような今とは異なる成長した自分を見せられる夢、数日前体験した事を振り返るかのような夢、そして……見たいと望まなくとも突如としてくる悪夢など挙げればキリがない。
夢の中で起きる事は大抵不可解な点が多い。人によっては夢で見た内容を話した所で《非現実的》だとか《絵空事》だとかの言葉でまとめて信じようとしない。その一方で見た夢に幸福を感じていつか起きるかもしれないと信じる人もいる。
夢という曖昧で不確かなものは不可解さを抱かせながらも人に様々な感情を抱かせる。
ただ、もし……夢という曖昧なものだからこそ許される世界の中にあるその不可解さに人が現実的に直面したらどうなるのか?
それらに現実的に直面した時に人は人として正常でいられるのだろうか?
ただ、もし……
もし、それらに直面しても自らが信じたものを抱き立ち向かう者がいたとしたら……
これは夢のようであり現実であり、培われた常識と日常が覆される世界で起こる不可解の淀みが紡ぐ不条理に抗い突き進もうとする勇気ある者たちの物語である……
4月は世間的に新たな始まりの月だ。
入学式を終えたばかりの新入生というのは新たな場所で始まる学生生活に対する期待に心躍らせる人も一定数いる事だろう。
とはいえ、それは入学式が終わった数日間なら許されるだろう事であり、入学式が終わって新入生として歓迎されてしばらくすれば単なる学生として学業に勤しみ青春を謳歌する一生徒として扱われるだけである。
新たな環境で学業や部活に勤しむ者がいれば今という瞬間に感じられるものを大切にしようと過ごす者もいる。そう、例えば彼らのように……
どこかにある町、名前は夢月町……
夕陽が地上を緋色に彩る刻、少しずつ花びらが散り始めている桜並木のある街を今年から高校生活が始まった3人の少年が歩いていた。
1年生という事もあって制服をしっかりと着用しているように見えたが、上着の前を留めネクタイまで締めているのは2人だけであとの2人は若さ故かのか制服を着崩し独自の着こなしをしていた。
1人はネクタイをかなり緩く締めて上着の前を完全に開けており、もう1人に関しては上着の下にはどういう訳か学校の制服とは無縁だろうパーカーを着用していた。
傍から見ると少し素行の悪い男子生徒2人が真面目な生徒1人を連れ歩いているような状態なのだが、3人の間にとくに険悪なムードと捉えられるようなものは感じられず、それどころか3人の少年はかなり親しい間柄だろうという事が分かる会話をしているようだった。
「なぁ、都市伝説てあるじゃん?」
会話の前後、話の関連性は分からないものの話し始めの一言からして唐突な話題だろうと邪推出来るような話を始めようとしたのは制服の下にパーカーを着用している緋色の髪の少年だった。
彼のその発言に他の2人は急にどうしたんだと言いたそうな顔で彼を見つめ、暫くすると制服をしっかりと着用している黒髪の少年が冷静に聞き返そうとした。
「トモキ、都市伝説というのは未確認生物などを指すものの事か?」
「うーん、それも内容によってはあてはまっけどさ……ほらアレだよ、ダイキ。嘘かホントか分かんないような噂みたいなのだよ」
「うぅん?それならば未確認生物も含まれるのでは無いのか?」
「はぁ……いやいや、それだとUMAだのエイリアンだとかオカルト話に絞られんじゃん。なぁ、マナト」
「いや、オレに振るなよ……知らないし」
パーカーを制服の下に着用している緋色の髪の少年……勇心トモキは自分に対してわざわざ聞き返した黒髪の少年・守上ダイキに話したい事の旨が伝わっていないとしてため息をつくと自分が話したい事が何なのか察してるだろうとしてネクタイを緩く締め上着の前を開ける少年に話題を振る。
勇心トモキに『マナト』と呼ばれ話題を振られた長い前髪で右眼を隠す青髪の少年・菱倉マナトはどこか面倒くさそうに冷たく返し、興味も関心も向けようとせずにただ言葉を冷たく返した菱倉マナトは呆れたような目で彼を見ると小さくため息をつく事でその話を無理矢理終わらせようとした。
が、菱倉マナトが冷たい態度で返そうが意に介さない勇心トモキはまるで普段の事かくらいの軽い反応を見せると彼を無視して守上ダイキへ自分が話したい事について簡単に説明した。
「あのな、ダイキ。オレが話したいのは超常現象だとか未確認生物とかのオカルトじゃなくて真偽の分からない奇妙な噂の事なんよ。神隠しとかさ、あるじゃん?」
「そういうものなのか……すまん、オレはそういうのに疎くて違いが分からない。詳しく教えてくれないか?」
「トモキの話に真面目に付き合う必要無いってダイキ」
「いや、友達の話を無下にするのは心が痛む。だからそれは出来ないな」
「……クソ真面目が。ていうか、ヒロのやつ遅くないか?」
「ん?そいや遅いな。まぁ、ヒロの事だから慌てて向かって……
「ごめん、遅くなった!!」
勇心トモキの話に対して真面目に聞こうとする守上ダイキとは対照的に興味も何も向けない菱倉マナトは彼の真面目さに嫌気がさす中で『ヒロ』という人物の名を出し、勇心トモキもその名前の人物に触れると慌てて向かってるだろうとどこか適当な言葉を返そうとした。
が、それを遮るように3人の後ろから謝罪の言葉と共に1人の少年が走って来るなり慌てて彼らに合流しようとした。
茶色の髪、琥珀のような綺麗な色の瞳、両耳にはピアスを付けていながらも制服を着崩したりせず真面目に着用するその少年は走ってここに来たはずだろうに息を切らす様子も無く当たり前のように勇心トモキたちの輪の中に入り、彼が合流すると菱倉マナトは少しばかり冷たい言葉で彼に問う。
「遅すぎ。どこで何してたんだよ?」
「え?あぁ、日直の仕事終わって帰ろうとしたら先生に捕まってさ……ここ最近の事だけど、トモキとマナトの服装の乱れを直すよう伝言しろって色々言われてたら遅くなった」
「えぇ、またぁ?ヒロのピアスは許されてんのにマナトの服装は指摘してくるとかおかしいっしょ?」
「おい、何でオマエは関係無いみたいな反応してんだよトモキ?オマエもオレと同族だろうが」
「冗談、冗談。てか、そんな言われる程乱れてるか?」
「いや、何か上級生の中で快く思わない人がいるらしい。先生が言うには少し素行が悪い人らしくて厄介な事に巻き込まれる前に直しておいた方が賢明だってさ」
「ふーん、上級生のご機嫌取りなんてやりたくねぇなぁ。あっ、それよかヒロ!!都市伝説の話してたんだけど気にならないか?」
「あからさまに話題変えたな……まぁ、一応聞くけど何の話?」
遅れて来た少年……姫導ヒロは自身が来るまでに行われていただろう話について話題を戻そうとする勇心トモキからその内容を聞こうと興味を向け、彼が興味を向けると勇心トモキはどこか嬉しそうに自分が先程から話したくて仕方なかった事を語り始めた。
「最近この辺りで起きてるらしいんだけど、鐘の音が聞こえた後に人が消えんだってさ」
「鐘の音?」
「うん。近くに鐘がある訳でも無い場所で突然音が聞こえてきて、それを聞いた人はどこかに攫われる……て」
「それ、都市伝説ってより怪談とかじゃないのか?」
「え!?これ都市伝説だよな!?」
「ヒロの言う通り、それは都市伝説とは言わねぇよ」
「すまん、トモキ。その手の話の区別が付けられないオレは力になれん……」
「えぇ……マジか。せっかく面白い話見つけたと思って今話題の都市伝説ってヒロたちを驚かせたかったのになぁ」
「ていうかそれって失踪事件の方がしっくり来ないか?その、一緒に帰ってる途中で鐘の音が聞こえて気がついたら姿が消えてた、とか」
「ヒロ、わざわざトモキのくだらない話に付き合わなくていい」
「か〜、マナトはノリ悪いなぁ。ヒロを見習えって」
「バカバカしい。大体この辺に鐘なんて無いからそんな音聞こえて来るわけ……」
勇心トモキが都市伝説として話そうとしたものはどちらかと言えば怪談近いのではと触れつつ失踪事件の可能性を姫導ヒロが挙げて話に続けるも菱倉マナトは勇心トモキの話に付き合う必要は無いと彼に冷たく告げる。
菱倉マナトの発言にノリが悪いと反論する勇心トモキだが、彼に対して菱倉マナトは話に出てきた《鐘の音》に触れる上で周辺に鐘は無いためそんな音が聞こえる訳がないとハッキリ言おうとした。
その時だった。
菱倉マナトの言葉をかき消すようにどこからか鐘の音が響き渡り、響き渡る鐘の音は徐々に大きくなっていき、その音を確かに耳にした勇心トモキ、守上ダイキ、菱倉マナトは呑気に話をする事も出来ず焦りを見せ始める。
「こ、これって、まさかだよな!?」
「お、落ち着くんだ!!トモキが変なことを……
「トモキ、悪ふざけはやめろ!!」
「違う違う!!オレじゃない!!」
「でも、音は聞こえてる……」
勇心トモキたちが焦りを見せる中でどういう訳か落ち着いている姫導ヒロはどこから聞こえて来ているのかを特定しようと周囲を見渡すがそんな事をした所で音の出処が分かる訳もなく、こうしている間にも鐘の音は響き渡っていた。
どこから、誰が、何のために……まるで狙ったかのように鳴り始めた鐘の音に4人の少年が惑わされる中、異変は突然彼らを襲う。
瞬きをしたかどうか、本当にその一瞬の事だった。
鐘の音が突然鳴り止むと先程まで歩いていた桜並木のある街を歩いていたはずの彼らは次の瞬間には不気味な場所に立たされていたのだ。
「は!?」
「何だこれは!?」
勇心トモキと守上ダイキが声を出して驚く。無理も無い、今彼らが目にしている光景は異様という他無い光景なのだから。
街を緋色に照らしていたはずの夕陽は気味の悪い紫色に染まり、空の色はどういう訳なのか緑色に変色していた。
何よりもおかしいのが彼らの立つその場所だ。先程まで街中にいたはずなのに彼らの立つそこにあるものは老朽化した建物と荒廃した大地が形作るものに変わり果てていた。
一体何が起きたのか、そんな事を4人の少年がその答えを見つけられる訳もなく周囲を見渡し状況を確認しようとしていた。その最中だった。
「いやぁぁぁあ!!」
突然、悲鳴が聞こえた。
女の悲鳴、それだけで彼らは自分たち以外にも同じ状況に陥っている人がいるとすぐに理解出来た。
そして次の瞬間、少し離れた所にある老朽化した建物の横から2人の少女が何かから逃げるようにどこかへ走り行こうとするのが視認出来た。
1人は長い黒髪、もう1人は長い金髪、2人の少女は制服姿であり、その制服は姫導ヒロたちのものと同じだった。この情報から同じ学校の生徒だという情報は安易に獲得出来る、がそれ以上に大きな情報が老朽化した建物の1つを破壊しながら彼らの視界に現れる。
まるで建物を解体するために爆破したかのような勢いで壊れる建物、その建物が壊れるその中を悠然と歩いて何かが現れる。
何か、そんな風にしか彼らには言い表せなかった。
何故なら建物を壊しながら現れた何かは少し大柄な男を想起させる体躯を持つ頭部と肉体の数割が機械化した怪物のようなものだったからだ。
《怪物》、もしかすればそう呼ぶのが相応しいのかもしれない。その怪物が建物を破壊しながら現れると建物が壊れた際の衝撃で2人の少女は躓き倒れてしまい、2人の少女が倒れると怪物はその2人の方を見るなりゆっくりと迫ろうとした。
「お、おい……アレはヤバいんじゃないのか!?」
「で、でもあんなヤベェのどうしろってんだ!?」
「お、落ち着け!!これはその……白昼夢だろ!?」
目の前で起きている事、目の前に広がる景色、それらがあまりにも現実から乖離している事から現実逃避に近い感覚を抱く勇心トモキたちは取り乱してしまう。だが、この状況……3人が取り乱す中で姫導ヒロだけは違った。
まるで今何が起きているのか、今どういう状況にあるのか、そして今いるこの場が何を意味するのかを理解したかのように妙に落ち着き、そして彼は勇心トモキたちが気付かぬうちに少しずつ怪物の方へ進み始めていた。
まるで何かに導かれるように、まるで何かが彼を後押しするかのように……
「助け……なきゃ……」
「ヒロ?何、やって……」
助けなきゃ、言葉を詰まらせながらもそう発言した姫導ヒロが怪物の方へ進んでいる事に気づいた勇心トモキが不思議に思って彼に声を掛けたその瞬間、彼は勇心トモキが声を掛けたと同時に突然走り始め、走り始めた彼は勢いよく怪物に迫っていく。
「ヒロ!?」
「助けなきゃ……!!」
どうして彼は怪物に立ち向かうような真似をしたのか、おそらく勇心トモキたちはそこが不可解に思っている事だろう。だが、この時の彼の事を勇心トモキたちは知らない……
いや、知る由もないのだろう……
この時の姫導ヒロという人間を突き動かすものが何なのか、それを当人が言葉に言い表せる訳がなく、湧き上がってきた衝動が突き動かしているだけなのだという事を……




