五月の空が高い日は、秘密が似合う (ミステリアス系/夕方の屋上/少し不思議な相手)
朗読使用者への簡単な設定説明
この台本は、女性VTuberが「どこか掴みどころのない、少しミステリアスな同級生」として読むシチュエーションボイスです。
舞台は五月の夕方、学校の屋上。相手は偶然屋上に来たようにも見えますが、彼女は最初から来ることを予想していたような口ぶりをします。
恋愛感情ははっきり言い切らず、風、空、沈黙、視線で距離を近づける雰囲気です。
声は静かに、少し含みを持たせて。言葉と言葉の間に余白を作ると、ミステリアスさが出ます。
……来たんだ。
ふふ。
そんなに驚かなくてもいいのに。
鍵、開いてたでしょう?
ここ、放課後になると、たまに開いてるの。
先生たちも全部は見ていないし、風が強い日は、誰かが換気のつもりで開けたまま忘れていくこともある。
……うん。
私は、よく知ってる。
屋上、好きだから。
……こっちに来る?
端までは行かなくていいよ。
怖いなら、そこでもいい。
でも、今日の空は、少しだけ近くで見たほうがいいと思う。
ほら。
五月の空って、高いでしょう。
春の空より青がはっきりしていて、でも夏ほど強くない。
雲の輪郭もやわらかいし、夕方になると、光が少し薄くなる。
……こういう空の日は、秘密が似合う気がする。
……なに、その顔。
変なことを言うな、って思った?
でも、本当だよ。
昼間の明るい教室で話すには少し重たいことも、夕方の屋上だと、なぜか言えてしまうことがある。
風が言葉を薄めてくれるからかな。
それとも、高い場所にいると、下に置いてきたものが少し遠く見えるからかな。
……君は、何を置いてきたの?
……ふふ。
答えなくていいよ。
今すぐ聞き出したいわけじゃないから。
ただ、少し疲れた顔をしてた。
廊下で見かけたとき。
誰かに話しかけられたら普通に返せるけど、ひとりになった瞬間、ふっと黙りそうな顔。
……当たってる?
うん。
そういう顔、わりとわかるんだ。
人は、自分で思っているより、沈黙の直前に本音が出るから。
……こっち、座る?
床、少し冷たいけど。
五月だから、そんなに嫌な冷たさじゃない。
むしろ、歩いて火照った足にはちょうどいいかも。
……うん。
そこ。
屋上の床って、不思議だよね。
教室の床より少しざらついてて、座ると制服の布越しにも、ちゃんと外の場所なんだってわかる。
風も近いし。
髪もすぐ乱れるし。
……あ。
君の髪、また風で跳ねた。
少し、直していい?
……ありがとう。
……ん。
直った。
たぶん。
……たぶん、ね。
私、こういうのあまり上手じゃないから。
でも、少し触れただけで、さっきより近くなった気がする。
人の距離って、変だね。
何時間話しても遠いままのこともあるのに、指先がほんの少し髪に触れただけで、急に近くなることもある。
……今の、困った?
ごめん。
でも、君は逃げなかった。
……そういうところ、少し危ないよ。
誰かが近づいたとき、ちゃんと逃げられる人のほうが安全なのに。
君はたぶん、相手が本気で踏み込んでこない限り、少し待ってしまうタイプでしょう。
……違う?
……ううん。
たぶん、そんなに外れてないと思う。
まあ、私も似たようなものかもしれないけど。
自分から屋上に来ておいて、誰かに見つかるのを少しだけ待っている。
ひとりになりたいのに、完全にひとりだと少し寂しい。
だから、誰かが来てもいい場所に隠れる。
……ふふ。
面倒くさいね、人って。
でも、嫌いじゃない。
……君も、嫌いじゃない?
……そっか。
それなら、少し安心した。
ねえ。
屋上って、秘密基地みたいだと思わない?
みんなが下の教室で、部活で、廊下で、それぞれの日常を続けている間に。
ここだけ、少し違う時間が流れてる。
下からは見えない。
でも空には近い。
声を出せば風にほどけるし、黙っていれば、夕方の色に混ざれる。
……私は、そういう場所が好き。
何かをはっきりさせなくていい場所。
名前をつける前の気持ちを、そのまま置いておける場所。
……たとえば。
君が今日、どうしてここに来たのか。
それを“疲れていたから”って言ってもいいし、“たまたま”って言ってもいい。
でも、本当はそのどちらでも足りないかもしれない。
私と会いたかったから……なんて言ったら、さすがに言いすぎ?
……ふふ。
黙った。
そういう反応、嫌いじゃないよ。
答えないことで、逆に何か伝わることもあるから。
……ねえ。
君は、秘密って好き?
私は好き。
でも、全部の秘密が好きなわけじゃない。
誰かを傷つけるための秘密とか。
嘘を隠すための秘密は、あまり好きじゃない。
でも、まだ言葉にできない気持ちを、少しだけ胸にしまっておくような秘密は好き。
言ったら壊れそうだから、今はまだ言わない。
でも、なかったことにはしない。
そういう秘密。
……今、君の中にもある?
……うん。
答えなくていい。
あるかもしれない、くらいで十分。
私にもあるから。
……聞きたい?
……ふふ。
すぐに聞かないんだね。
そういうところ、やっぱり君らしい。
じゃあ、私も今は言わない。
でも、少しだけ見せる。
……今日、君が来てくれて、うれしかった。
それだけ。
秘密ってほどじゃない?
そうかもしれない。
でも、教室では言えなかったから。
廊下でも、たぶん言えなかった。
屋上だから言えた。
だから、これは屋上の秘密。
……ねえ。
誰にも言わないでね。
私が、君が来てくれてうれしかったこと。
……ふふ。
そんな真面目に頷かれると、本当に秘密みたいになる。
あ。
空、少し色が変わってきた。
夕方って、ほんの数分で変わるよね。
さっきまで青かったところが、少しずつ薄くなって。
校舎の影が伸びて。
風の温度も、少しだけ変わる。
もう少ししたら、ここも肌寒くなるかな。
……でも、まだ帰りたくないね。
あ。
今のは私の本音。
君は?
……うん。
そう。
じゃあ、もう少しだけいようか。
言いたいことがあるなら言ってもいいし。
何も言いたくないなら、このまま空を見ててもいい。
こういう場所では、沈黙もちゃんと会話になるから。
……ただ、ひとつだけ。
次にここへ来るときは、偶然じゃなくていいよ。
私がいるかもしれないって思って来てもいいし。
私に会えるかもしれないって、少しだけ期待してもいい。
……その代わり、私もたぶん、少しだけ待ってる。
屋上で。
五月の空が高い日に。
秘密が似合いそうな夕方に。
……ねえ。
今日のことも、秘密にする?
それとも、心の中でだけ覚えておく?
……うん。
私もそうする。
誰にも言わないけど、忘れない。
五月の屋上で、君と並んで座ったこと。
風で乱れた髪を、少しだけ直したこと。
言わないままの気持ちが、言葉より近くにあったこと。
……ふふ。
やっぱり、今日の空には秘密が似合うね。




