五月の光は、読む声までやさしくする (清楚先輩/新緑の図書室/図書室で会う先輩)
……あ。
こんにちは。
今日も来ていたんですね。
ふふ。
いえ、責めているわけではありませんよ。
むしろ、少し嬉しいです。
この時間の図書室、静かでいいでしょう?
授業が終わったばかりの廊下はまだ少し賑やかですけど、ここだけは空気が違うんです。
本棚の間に入ると、外の音が少し遠くなって。
紙の匂いと、窓から入る光だけが残るみたいで。
……はい。
私も好きです。
あ、今日はそこに座るんですか?
では、私は隣に……。
……いえ、向かいではなく、隣でいいですか?
ふふ。
驚かせてしまいましたか。
でも、今日は窓の外を一緒に見たい気分なんです。
ほら。
新緑が、とてもきれいだから。
四月は桜ばかり見ていましたけど、五月になると急に緑が濃くなりますね。
同じ木なのに、まるで別の表情になったみたいです。
やわらかい若葉が光を受けて、少し透けている感じ。
見ているだけで、目の奥まで涼しくなる気がします。
……ええ。
この席から見るのが、一番きれいなんです。
本当は、私だけのお気に入りの席だったんですけど。
最近は、あなたにも教えてしまったので。
……少しだけ、特別な席が増えたような気がします。
……あ。
今のは、少し変な言い方でしたね。
でも、本当にそう思ったんです。
同じ場所でも、一人で座るのと、誰かと座るのでは、記憶の残り方が少し違うでしょう?
この席も、前はただ静かで好きな場所でした。
でも今は、あなたと本の話をした場所でもある。
そう思うと、少しだけ違って見えるんです。
……ふふ。
そんなに真面目に聞かれると、こちらまで少し恥ずかしくなります。
今日は、何を読んでいるんですか?
……ああ。
この前すすめた本。
まだ読んでくれていたんですね。
どうですか?
難しくはありませんか?
……よかった。
ゆっくり読める感じがする、ですか。
それは、とてもいい感想だと思います。
本って、早く読み終えるだけがいいわけではありませんから。
むしろ、時々立ち止まって、窓の外を見たり、言葉を少しだけ反芻したり。
そういう読み方が似合う本もあります。
五月の午後には、特に。
……あの。
もしよかったら、少しだけ読んでもいいですか?
あなたが今読んでいるところ。
……ありがとうございます。
では、少しだけ。
……。
ふふ。
やっぱり、声に出すと違いますね。
黙って読むと胸の奥に沈む言葉が、声にすると空気に溶けていくみたいで。
こうして図書室で小さく読むと、言葉までやわらかくなる気がします。
……え?
私の声が、ですか?
……そう言われると、困ってしまいます。
そんなふうに褒められること、あまりないので。
でも……嬉しいです。
ありがとうございます。
図書室では、大きな声は出せませんけど。
そのぶん、少し近くで話すことになりますよね。
声も自然と落ちて、言葉が遠くまで飛ばずに、隣の人にだけ届くようになる。
私は、それが少し好きなんです。
教室で話す声とは違う。
廊下ですれ違うときの声とも違う。
図書室の声は、少しだけ秘密に近い気がします。
……今の、少し詩的すぎましたか?
ふふ。
でも、あなたは笑わないんですね。
そういうところ、安心します。
四月に初めて本の話をしたときも、そうでした。
私が少し回りくどい言い方をしても、急かさずに聞いてくれた。
だからでしょうか。
あなたとは、言葉を選ぶのが少し楽しいです。
……あ。
窓、少し開いていますね。
風が入ってきました。
ページがめくれそう。
……押さえてくれたんですか。
ありがとうございます。
指、近いですね。
……すみません。
変なことを言いました。
でも、今、本の端を押さえた指が、ほんの少しだけ私の指に触れそうで。
そういう小さな距離って、図書室だと余計にわかってしまうんです。
普段なら気にしないようなことも、静かな場所だと大きく感じる。
紙の擦れる音も、椅子を引く音も、呼吸の間も。
そして、隣にいる人の気配も。
……少しだけ、近すぎますか?
……大丈夫、ですか。
よかった。
では、このままで。
五月の光って、不思議ですね。
まぶしすぎないのに、ちゃんと明るくて。
あたたかいのに、どこか涼しい。
そのせいか、心まで少し素直になります。
四月の私は、少し緊張していました。
あなたと話すときも、ちゃんと先輩らしくしなければ、と思っていたんです。
でも今は……。
少しだけ、そういうのを忘れてしまいます。
先輩としてではなくて。
同じ本を読んでいる人として。
同じ窓の外を見ている人として。
あなたの隣にいる感じがして。
……あ。
今のは、少し言いすぎましたね。
でも、取り消すほどではありません。
だって、本当のことですから。
ねえ。
もしこの本を読み終えたら、また感想を聞かせてください。
どこが好きだったか。
どこで少し立ち止まったか。
どの言葉が、心に残ったか。
その話を、またこの席で聞けたら嬉しいです。
……はい。
約束です。
ふふ。
最近、あなたと約束が増えていきますね。
図書室で会うこと。
本の感想を話すこと。
おすすめを教え合うこと。
どれも小さな約束なのに、積み重なると、少しだけ特別になります。
……あ。
チャイムが鳴る前に、そろそろ戻らないといけませんね。
本当は、もう少しだけここにいたいです。
五月の光も、あなたの読む声も、今日はとてもやさしいから。
……え?
私の読む声も?
……もう。
そういうことを、そんなに静かに言わないでください。
図書室だと、余計に近く聞こえてしまいます。
では、また。
次もこの席で。
五月の光がきれいなうちに、もう少しだけ。
あなたと同じ本の続きを、読めたら嬉しいです。




