頑張れない日があっても、ちゃんと好きだよ (お姉さん系/五月病の夜/少し年上の親しい相手)
……もしもし。
うん。
出たよ。
……ふふ。
そんなに黙ってたら、もしもしの意味なくなっちゃう。
どうしたの。
こんな時間に電話してくるなんて、ちょっと珍しいね。
……うん。
うん。
そっか。
今日は、だめな日だったんだ。
……大丈夫。
ちゃんと伝わってるよ。
言葉が少なくても、声でわかる。
今日は頑張れなかったんじゃなくて、頑張るところまで行く前に、もう心が疲れてたんでしょ。
……そう。
そういう日、あるよ。
ねえ。
今、ベッド?
それともまだ机の前で、だらっとしてる感じ?
……ああ。
机の前なんだ。
じゃあ、もう今日はそこから離れよ。
いいから。
立てる?
……よし。
えらい。
そのままベッドかソファに移動して。
今日はもう、“ちゃんとする場所”にいなくていいから。
……うん。
そう、そのまま。
今夜は、何もしたくないって思った自分を、追い立てなくていい。
五月ってね、そういう夜が来やすいの。
新しいことに少し慣れたころ。
周りから見たら、もう普通にやれてるように見えるころ。
でも心のほうは、ちょっと遅れて疲れが来る。
四月は緊張で立っていられたのに。
五月になると、その反動で急に膝から力が抜けるみたいな。
そういうの、ある。
……うん。
だから今日は、弱いとかだらしないとか、そういう話じゃないよ。
単純に、ちょっと消耗してるだけ。
ねえ。
電気、明るい?
……少し明るい?
じゃあ、もしできるなら、少し落として。
夜は、ちゃんと夜の明るさにしたほうがいい。
頑張れない日の心って、強い光に当たるだけで余計に疲れるから。
……そう。
そのくらい。
ふふ。
今、ちょっとだけ呼吸がゆるんだ。
音でわかるよ。
肩のあたり、少し下がったでしょ。
えらいね。
ちゃんと、休むほうに向かえてる。
……なに?
そんなふうに褒められると変な感じ?
変じゃないよ。
だって、しんどい日にちゃんと助けを求めるのって、思ってるよりずっと難しいことだから。
こうして電話してくれたの、ちゃんとえらい。
それに私は、こういう夜に呼ばれるの、嫌いじゃない。
むしろ少し……うれしいかも。
信じてもらえてる感じがするから。
“今はこの人の声がほしい”って思ってもらえるのって、やっぱり特別だよ。
……うん。
今のは、ちゃんと本音。
ねえ。
少しだけ、目閉じてみて。
返事しなくてもいいよ。
閉じたら、そのまま、私の声だけ聞いてて。
今日はね、頑張れなくてもいい日。
誰にも会いたくないって思ってもいいし。
何も進まなかったって落ち込んでもいい。
でも、そのあとで自分を責めるのだけは、今日はやめよう。
だって、責めたところで、今のしんどさが減るわけじゃないでしょう?
それなら、せめて今夜くらいはやさしくされたほうがいい。
……私に。
……ふふ。
今、少し黙った。
ねえ。
私はね、頑張ってる日のあなたも好きだけど。
こういうふうに、何もしたくないって声で言う日のあなたも、ちゃんと好きだよ。
むしろ、そういう日のほうが、近くにいたくなる。
強い顔してるときって、たぶん私が入る隙間、少ないから。
でも今日は少し違う。
少しだけ、触れられそうな夜って感じがする。
……ああ、もちろん、ほんとに触るわけじゃないよ。
でも、声って不思議でしょ。
ちゃんと手じゃないのに、近づけることがある。
今夜は、そういう感じ。
ねえ。
今日は何もできなかった、って思ってる?
……そっか。
じゃあ、私が言い直してあげる。
今日は“何もできなかった日”じゃなくて、“ここまでで止まったほうがよかった日”。
無理に進まないで、ちゃんと止まった。
だから、今こうしてまだ壊れてない。
……うん。
そういう見方もあるよ。
真面目な人って、すぐ“できたか、できなかったか”で考えちゃうけど。
本当は、“今日はここでやめたほうがいい”ってところで止まれたなら、それも上手な過ごし方なんだよ。
だから今夜は、だめな日じゃない。
ちゃんと、休みに向かえた日。
……ふふ。
少しだけ、息がやわらかくなった。
いい子。
あ。
今、ちょっと照れた?
でも、今夜くらいそういうふうに甘やかされて。
だって、五月病の夜って、たぶん理屈より先に、安心が必要だから。
“がんばれ”じゃなくて、
“今日はもういいよ”って言ってくれる声のほうが、たぶん効く。
それに。
あなたって、たまにちゃんと甘やかされないと、ずっと自分を追い込むでしょう。
私はそれ、少し心配。
……うん。
わかってるならよし。
じゃあ、今夜はちゃんと私の言うこと聞いて。
まず、深呼吸。
吸って。
……そう。
吐いて。
もう一回。
吸って。
吐いて。
上手。
ちゃんとできてる。
ねえ。
今、少し眠い?
……まだ、そこまではいかないか。
じゃあもう少しだけ、話そうか。
五月の夜って、少し肌に残る熱があるよね。
暑いっていうほどじゃないけど、布団の中に入ると、自分の体温がちゃんとわかるくらいの感じ。
ああいう夜って、不安も少しだけ近くなる。
考えなくていいことまで、ぼんやり頭に浮かんだりするし。
でも、そういう夜だからこそ、誰かの声が近いと落ち着く。
耳元で静かに話されるだけで、体のこわばりがほどけていく感じ、あるでしょう?
……ある?
ふふ。
よかった。
じゃあ、もう少しだけ近い声で話すね。
大丈夫。
置いていかないから。
今日、ちゃんと疲れてる。
ちゃんと無理してた。
だから、今日はもう頑張らなくていい。
何も生まなくていいし、何も証明しなくていい。
ただ、休んで。
ただ、甘えて。
ただ、今日はここにいて。
……うん。
それでいい。
私は、そういうあなたも好き。
元気な日だけじゃなくて。
何もしたくなくて、声が少し低くて、返事も遅い夜のあなたも。
ちゃんと好きだよ。
だから、安心していい。
今のままで、嫌いになったりしない。
むしろ、今夜みたいに少し弱いあなたを見せてもらえるの、私は少しだけうれしい。
……あ。
今、黙ったの、たぶん泣くの我慢してるでしょ。
ふふ。
いいよ。
泣いても。
頑張れない日って、泣きたくなることあるもん。
何があったわけじゃなくても。
ただ、いろんなものが少しずつ積もってて、それが夜になってほどけるだけ。
だから、変じゃない。
……うん。
大丈夫。
ちゃんと聞いてる。
ねえ。
このまま少しだけ、黙っててもいいよ。
私は切らないし。
あなたが眠くなるまで、ここにいる。
返事がなくてもいい。
たまに呼吸が聞こえるだけで十分。
そのくらいのつながりが、今夜はたぶんちょうどいいから。
……おつかれさま。
ほんとに。
頑張れない日があっても、ちゃんと好きだよ。
元気じゃない日も。
やる気が出ない日も。
少し弱って、私の声に寄りかかってくる夜も。
だから今夜は、安心してだめになって。
そのかわり、明日また少しだけ戻れたら、それで十分。
……ふふ。
うん。
その小さな返事、ちゃんと聞こえた。
じゃあ、そろそろ眠ろうか。
布団、ちゃんとかぶって。
スマホ、落とさないように持ってね。
おやすみ。
今夜は、何もできなくていい。
私の声の近くで、ゆっくり力を抜いて。
朝になったら、少しだけ軽くなってますように。
……おやすみ。
大丈夫。
今のあなたも、ちゃんと好きだから。




