隅野 国境
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早々に出立の準備を済ませ、義足が地面を叩く音を鳴らしながら、用意された籠の中へと入る。
私のような身分のものが乗るこれは正確に言えば籠ではなく”乗物”と呼ぶらしいが、役割は同じことだ。籠、と呼称した方が間違いがないだろう。特に仮にも現代の知識がある私からすれば、乗物と呼んで差し支えないのは最低でも馬車あたりである。
さて。
「古老たちに動きは?」
「今のところは無いな。つってもあいつらには忍衆が付いてる。今の僕たちじゃ全てを先んじて把握することはできないだろうな」
―――六櫻は、国主である私の命令のはずの、国衆の解体を拒んだ。それはなぜか、答えは簡単だ。六櫻の国境に居を構える国衆は、忍たちであるためである。かつて華樂は、国衆を六櫻を護る忍衆の隠里として選定し、特権を与えたのだ。
そもそも、忍たちは基本的には農民だ。戦事の際には名を変え、姿を変え、忍として戦に参加する。それ以外は商家に潜り込んで情報を盗み続けたりといった、人生そのものを捧げて、地味な活動をし続けることになる。
似た役割を持つものを私も作っているが………普段は人の営みを行っている以上、忍には住まう場所、里が必要なのだ。六櫻の国境にて細々と暮らしている彼らは、忍の役割を与えるに際して非常に効率が良かったのだろう。
そんな、六櫻のれっきとした戦力である国衆。それが解体されれば、六櫻の古老たちにとっては痛手となる。更に言えば国を留守にしがちな華樂に変わり、国衆と交渉をしていたのは古老たちだ。人脈もだし、それ以上に指揮系統の頂点に古老たちがいるわけで。まあ、それを失うことは許容できないだろう。
この戦国の世の中で、便利な懐刀を手放す判断が出来るものは少ない。
「………留守は任せます。適宜、対応しなさい」
「対応が必要なのは僕じゃなくてお前だろ。さっさと帰って来いよ」
「ええ」
………忍衆が古老側に付いているのは、最初から分かっていた。素直に解体されるのであれば黒鵬衆に引き込むという考えもあったが、どうせ彼らは私と敵対する道を選ぶだろうという確信もまた宿っていたのである。
須璃が最初に攻め込み、両足がこの不可思議な金属に変わった際に、六櫻の兵として様々に情報を奪い、操作し、工作するはずの忍衆は一切の働きをしなかったのだから。
その後、須璃を斃した後に霧墨が情報をばら撒くため、何度か忍たちを動かしたようだが、本当に最低限の働きしかしていない上に、私の命令は一切聞かないという有り様。
黒鵬衆を早急に作らざるを得なかったのは、六櫻の忍たちが実質、敵でしかないが故なのである。
「進め!!」
桐吾の掛け声で籠が持ち上げられる。
洲鳥は相変わらず赤松で雑用のため不在だが、白鬼衆から四人ほど連れてきており、二人ずつ後退で私の籠を運ぶことになっている。
余談であるが白鬼衆は成り済ましが出来ないように一団の中で顔を名前を完全に一致させており、それは私も一緒である。白鬼衆に混じって不届き者が私に刃を届かせることが無いようにと、洲鳥や夕影がその辺りを徹底したとかなんとか。
「………姫様乗ってますよね?」
「乗っていますが」
「軽すぎません?ちゃんと飯食ってます?」
「最低限は」
「もっと食いましょうよ、姫様」
………白鬼衆は山賊上がりであるためか、或いは洲鳥や珠の距離感を見ているためか、私に対してなれなれしい口調のやつが多い。
別に恐れられる必要もないので注意したりもしないが。というよりも関心が無いに近い。
「いやはや、実際に姫様はもっと食うべきでしょうな。肉を喰わねば血にならぬものです。それに美食というものは悪いものではない」
馬に乗って、顎に手を当てたままそんなことを言う長身の槍兵は涙助である。最近は軍部の実質的な本部である赤松の本城に詰めていたため合うのは久しぶりだ。
一応私の馬廻衆なのだが、やはり使える人の手が少ない以上色々役割が重複してしまう。人材に解決の目が見えるのは六櫻の古老たちの問題を片付けた後だろうか。それまではあるものを運用するしかない。
「お前が食に興味ある人間だとは思いませんでしたね」
「ははは、そう見えても仕方ありませんな。しかし戦場で泥水を啜る経験をしているからこそ、普段は良いものを食べておかねばと考えるのです」
「………お前の美食は栄養の言葉の言い換えでしょうに」
まあ、この時代の美食となれば塩や味噌、醤油できちんと味付けされたものであり、美味しければそれだけ栄養があると言えなくもない。
なお涙助は華樂に引っ付いて何度も他国と他国の戦争に参加している人間だ。戦闘経験は豊富であり、一騎当千ではなく達人止まりの人間だからこそ何度も死にかけたとかなんとか。それでまだ戦場に身を置こうというのだからこいつも気狂いである。
赤松の国境に近付けば、街道はどんどんと細く、荒れたものへと変わっていく。赤松と隅野は隣国であり付き合いはあったが、最低限のものでしかなく、血が交わったことも一度もないという。
この整備が行き届いていない街道はそれを象徴しているのだろう。それでも最低限の宿場町があるのは、表立って敵対した事実は無かったため。ギリギリ国交は繋がっていたということだ。
籠に乗っていなかったらかなりの時間がかかっていただろうな。私の体力が少ないことに加えてこの道だ、馬に乗り続けるのも難しい。隼波木までは街道が綺麗に整備されていたからこそ、馬での移動が可能だったのである。
流れていく風景を、籠の窓から覗き見る。
街道と同じく整備されていない、荒れた森。この一年ほどで六櫻連合が課した高い関税によって隅野から商人がやってくることは殆どなく、逆に赤松の売り物が隅野に流れていくこともまず無い。きっと、一年の間で一気に荒れ果てたのだろう。
………使わぬものを維持し続けるのは難しい。
国境に辿り着いたのは日が暮れた後だった。国境に新たに設置された関所の周辺だけは、当然ながら整備が行われている。私たちのような重要人物はこの関所で寝泊まりすることも可能なので、宿代わりに関所を使い、朝が来るのを待つ。
ちなみに今まで物々交換が主流だった天唯においても関所は存在している。日本においてはきちんと銭を取っていた関所であるが、天唯成立初期の政策の失敗によって結局貨幣が浸透しなかった天唯に於いては、大抵の場合米を徴収していた。米がなければ商売をするための街に入る事すら出来ないため、商人たちは必ず大量の米を持ち歩き―――それ故に飢えた山賊たちに狙われることも多かったとか。
ただ微睡むだけの浅く薄い眠りから醒め、目を開ければ早朝だった。身体を起こすと見計らったかのように障子が開かれ、桐吾が顔を出した。
「華燐姫。朝ですが、朝食は如何なさいますか?」
「………要らない」
「食べないと元気でないぞ、華燐!米だ、喰え!」
「………ふぁめろ(やめろ)」
桐吾が開いた障子を更に開放して飛び込んでくる珠。口に塩にぎりを突っ込んでくるのを左腕で押しのける。
溜息を吐くと笑いをかみ殺している桐吾に命じた。
「………汁物を」
「用意させましょう」
「軽くて良い。他のものも飯を済ませなさい。そうしたら出発です。今日中に隅野に辿り着きますよ」
赤松に対して隅野も宮辺も国土が小さい。旅程の内、赤松からこの国境までの方が道のりとしては長いのである。
今日の夕刻前には、隅野の首都に辿り着けるだろう。本番はそこからだ。用意された薄味の味噌汁をゆっくりと飲み干しつつ、そんなことを考える。




