視察 その2
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「美味かったな、飯!」
「そうですか。良かったですね」
翌日。春特有の涼しい朝の気配の元、私たちは馬の背に乗り、隼波木への旅路を再開していた。
飼い葉を十分に食んだのだろう、私を乗せる馬の歩みは軽やかだ。そもそも私の体重が少なすぎるのも理由の一つかもしれない。
夕影は大刀を帯びていないとはいえ帯刀はしており、それは桐吾も同じ。珠に関しては相棒の金棒………金砕棒を携えている以上、私よりも遥かに重量があるだろう。
一年ほど前までは私よりも小さかった珠だが、今は頭一つ分身長を離されている。その赤毛も肩甲骨辺りまで伸びていた。それは私と違いよく食べ、よく眠り、よく動くからなのだろう。
子は僅かな時間でもあっという間に成長する。ともすれば羨ましいという感覚すら浮かぶほどに。もう変わり様がない程壊れてしまったものはその性質を変えることはできないのだ。
再び陽が沈み、そして夜が明け、三度繰り返すころには隼波木へと辿り着いた。
石畳の街道に馬の蹄の音が響く。天唯南部の馬は蹄が頑丈で、蹄鉄を着ける必要がない。だが石の路面ともなれば、いずれ必要となってくるだろう。この世界に蹄鉄はあるのだろうか?
まだまだ私が知っている世界は狭い。狭すぎる。
「宝治殿には既に赤松より使者を向かわせております。既に滞在する屋敷が用意されているかと」
「………そうですか。ご苦労」
宝治”殿”か。さしものあの老人も本物の”殿”の”若様”である桐吾にそう言われれば苦笑するであろうことが目に浮かぶ。
このように下った者として私を敬い、同じ城代や名代という身分が同じものに対しても丁寧に接するのがこの少年の使える点であった。それがふりであっても何ら問題はない。
自覚のある事ではあるが、私が他人に対して与える心証は最悪の一言だ。それを勝手に調整してくれる存在は便利の一言に尽きる。
「隼波木に作られた華燐姫のための屋敷、枝垂屋敷。場所を預かっております」
「………櫻の名前から取りましたか」
「六櫻の姫らしい屋敷かと」
「皮肉ですか」
「いや、決してそんなつもりはないのですが………」
当の六櫻本国から毛嫌いされている私が六櫻の姫らしいわけがないでしょうに。
隼波木の街の中に入ればかつてよりも明らかに活気の増した様子が見て取れる。まあ当たり前だろう、事実として隼波木は現在、言うなればバブルの真っ只中にある。
今までとは比べ物にならない規模と効率での製塩が実現したということは、凄まじい量の金が生み出されたということ。塩を求めて訪れる商人の数は跳ね上がる。
そして商人は塩を買うために金を求めるのだ。塩は金になり、金はまた別の物へと形を変え、天唯の隅々にまで浸透する。そんな渦の始まりがこの隼波木なのだ、人も物も溢れ、更なる混沌を産む。
―――隼波木という土地が、前の国主までの怠慢により開拓されていない土地が多かったのもこの活気を生み出した遠因だろう。塩を作る過程で大量に必要となる木材、それを隼波木は容易く提供することが出来るのだから。
山肌の樹々を削る事、それは律にて禁止している。暴れ川となることを防ぐためだ。だが、隼波木はそれ以外の平野にも数多くの森林が手つかずのまま放置されている。
荒れ果てた林野だ。整備を兼ねて木材を切り出し、時には家屋に使い、時には橋をかけ、時には船を作り、時には薪とする。そういった森林資源の豊富さも、かつて隼波木を落した理由の一つであった。
やがて樹々を切り開けば、農地や街を作るための土地が生み出される。
………植木産地の指定はまだ先でいい。今は開拓を進めたほうが金になる。そも、私は千年王国になど興味はないのだから。
「のけ!」
桐吾が声を発し、それを聞いた町民たちが街の隅に避け、頭を下げる。本来高貴な身分の人間が通るときはこうするのが普通なのだ。
六櫻では腐った果実を投げられたな、と。そんなくだらないことを思い出した。
これはただ偉いことを証明するための動作ではなく、暗殺の危険性などを防ぐ意味合いもあるらしい。二階に人を置かないものそのためだそうだ。最近になって霧墨にこういった行為の本来の意図を教授された。
「今死なれたら困る」という理由で最近は毒姫でありつつも畏怖されるべき対象として印象を操作しているようで、須璃や赤松、隼波木ではこの光景も珍しいものではなくなりつつある。
その下げた面にどんな表情を浮かべているか、そこまでは私には見えないのだが。
………そんな町民を尻目に、私たちは枝垂屋敷へと辿り着く。重厚な閂扉が見えるが既に開かれており、中には宝治が待ち構えていた。
「ようこそお越しくださいました。姫様は開門の掛け声など時間の無駄と判断しそうでしたから、先んじて開けさせていただきました」
「構いません。中には?」
「青梅堂の女主人とその護衛が。それ以外は人払いをしております」
「ご苦労。お前も同席しなさい」
「御意に」
さて。私がはるばる隼波木までやってきた理由。それは俗にいう視察のためであった。
それに必要な面子は小夜と宝治だけである。その他の人間は全て邪魔。
宝治はその辺り抜かりなく、先んじて必要最低限の人間だけを屋敷の中に集めていたわけだ。実に優秀な文官である。夕影や桐吾は暗殺のために潜んでいる忍びのものは見極められるだろうが、私が生み出そうとしている間諜としての忍びは見破れない。
何せ彼らは敵意無く、情報という資源を盗み出す存在だ。戦場の動向では無く平時の駆け引きに、戦術眼は通用しない。壁に耳あり障子に目ありというものだ、そういうスパイ共が別の国に既に作られていないともいえない………というより、小夜曰く実在はしている以上、予め対策はしておくべきだろう。
「あの子猫自身が本来はそういう手合いでしたね」
「なにかおっしゃいましたか?」
「いいえ」
馬から降り、玄関に。枝垂屋敷は所謂武家屋敷だ。国主が訪れるということで他の建物より大きく、頑丈ではあるが、それはそれとして他の侍のものと殆ど差異はない。
武家が武官となり、侍としての在り方が変わりつつある現在、他の世襲による武家というものは徐々に衰退していくだろう。下剋上の世も六櫻に於いては変化を迎える。それに伴って武家屋敷も減っていくはずだ。
戦国の世ということで、実力主義―――実力があれば侍になる事も夢ではないこの世界、しかし私の支配領域ではきちんと試験を通過し、軍属とならない限りはただの荒くれものでしかないのだ。
近代で事実上世襲していた名門の軍人家系があったように、親子そろって軍属になる事もあろうが、あくまでもそれは本人が所属を選び尚且つ試験に受かることが前提。血筋だけで侍で居続けられる法律は、既にこの六櫻には無い。
玄関の椅子に腰かければ、古森が布で私の義足を拭く。床を踏んでも問題ない程度に綺麗になったのを確認すると、私は枝垂屋敷の中を進んでいく。
「石畳が増えたおかげで足が汚れにくくなりましたね」
「まだまだです。街道の全てがそう言った道になっている訳ではない。未だ土を踏み固めただけの場所もある」
「一年では流石に全土に、とはいかないでしょう。須璃から切り出した石材を運搬するのも一苦労ですからな」
そんな話を宝治や桐吾と行いつつ、ぐねぐねと入り乱れた通路を歩いて付き合いの部屋へ。襖を開けば、頭を垂れた小夜の姿が見えた。そのやや後ろには日に焼けた肌を持つ少女が、同じ格好をしている。
「らしくないことをしていないで顔を上げなさい」
「ではお言葉に甘えまして♪」
肩までの黒髪に、兎を模した耳飾り。やや紫がかった瞳。
こいつは一年たっても何ら変わらない。意図してやっているのだろう、今や天唯全体を見てもトップクラスの裕福さを誇る、六櫻の御用商人たる青梅堂の主、小夜。
―――私の、友人。
「こちらは久里。私の護衛です」
「………どうも」
「ほう。素手による格闘術の達人と見ました」
「悪くない。珠と良い勝負でしょうね」
久里と紹介された少女に対しては一騎当千たちが反応した。
一瞬で自身の得意な戦い方を看破された久里が思わずといった雰囲気で目を見開き、そこはかとなく小夜の背後へと姿を隠す。
「信用は?」
「出来ますよぅ。私が見つけだしましたから」
「ならば良い。では視察を行うとしましょうか」
ぱす、と音が響き、襖が閉め切られる。
これからのために必要な、博打のための大仕掛け。掛け金は既に支払われている。




