If ささやかな幸福
ルイスがリアナを追わない方を選んだ世界線。
ホラー(でいいのか?)注意。
ザクッ、ザクッ、ザクッ………。
しんと静まり返った辺境の小さな村。その片隅で、土を掘る音がやけに大きく響いている。
土を掘っているのはルイス一人。穴は大きく深く、常人なら既に疲れきって座り込んでいる仕事量だが、勇者特性でルイスに大した疲れは無い。
「……ふぅ」
予定の大きさに達したのを確認し、ルイスは漸く手を止め一息ついた。
そして振り返る。
そこには、かつて世話になった村人達と、かつて共に旅をし戦った仲間達の死体が整然と並んでいる。
全員、ルイスが殺した。
ルイスは、この星に住まう"ヒト"を殺し尽くした。
ルイスは今や、この星に生きる最後の"ヒト"だった。
魔王に連れられ、神域にて己の真実とリアナのその後を知ったルイスは、この世界に残り、ヒトを殲滅させる道を選んだ。
リアナを追い掛けたい気持ちもあった。けれど、リアナは楽しく生きていると云う。そんな所に自分が顔を出しても、彼女の幸せを阻害する結果になる気しかしない。
だから、彼女の事は諦める事にした。どうせ振られてるし、と自嘲しながら。
そして地上に戻ったルイスは、虐殺を再開した。
最早明確な理由など無い。
ただ殺したい。
だから殺す。
それだけ。
魔王がそれを止めるか否かだけが気になった。魔王ならばルイスを止められる。
ああ、でも、その事で魔王に殺されるなら。魂ごと滅してくれるなら、それもアリかも知れない。
なんて思ったりもしたが、魔王はルイスを止めなかった。
「そうなるのも、仕方ないか……」
残念そうにしながらも、魔王は手を出さず、ルイスをただ見守った。
どこか気の良い魔王。
命を尊ぶ素振りを見せながら、虐殺を止めない魔王。
彼(?)がどういう価値観をもって動いているのか、ルイスには分からない。
ただ、人類には一旦地上から消えて貰った方が治療が捗るというのはルイスにも分かった。
神域に行って分かった事がある。
あの当時の人類は、分割された歪な魂を詰め込まれていた。
この世界の魂は数の上限があったのだ。
多少の増減なら対応出来たのだろうが、想定を大きく上回るヒト種の繁栄に魂が足りなくなった。その状況に、神は魂を細切れにする事で対応した。
それは例えば、建築で柱の本数を減らし、何事も無ければ維持出来るが、嵐や地震で簡単に倒壊する家を作るようなやり方だった。
もっとなまなましく言えば、一つ目、三本指、肺も片方だけといった人間を二人作り、余った材料を組み合わせてもう一人作るような。
ヒトが繁栄すればするほど、ヒトの魂は襤褸切れのようになっていったのだ。
当たり前だが、生存可能である事と健康とは全くの別物だ。
具体的にどんな不具合が起きていたのか、ルイスは知らない。
けれど、ルイスが周囲に感じていた不快感には、この事も影響していそうだ。ルイスは勇者特性で"健康"で、周りは魂的な意味で欠損者ばかりだった。無意識に違和感を感じていたと思われる。
リアナや魔王に安心感を覚えていたのも。あの二人だけが、ルイスと同じ"健康"だった。欠損が通常の世界で、この三人だけが異物仲間だった。
あの穏やかな魔王が殺人に積極的だったのも、その状況を改善する為と考えれば説明がつく。
ヒトの数が減少に転じれば、魂を分割する必要は無くなる。魂を元に戻せるようにもなるだろう。
元に戻すのにどんな手順があるのか不明だが、肉体を持った状態では出来ないのは想像がつく。
――だったら、一旦全ての魂を肉体から開放した方が早くないか?
そうルイスが考えるのは当然ではなかろうか。
魔王が残念そうにしつつも反対しなかったのは、やっぱり同じ答えに行き着いていたからだろう。
なら、さっさと殲滅してしまえばいいものを。出来なかったのかも知れないが、ルイスがやる分には問題無かったのだろうか? まぁ、何も言って来ないならなんとかなったのだろう。
細かい疑問は残るが、ルイスにそこを追求する気は無い。きっとあの魔王が上手くやってくれる。
そう、今は魔王が神の代理人として権能を揮っている。
ルイスが神をボコボコにした副産物だ。あれで数百年くらいまともに活動出来ない状態になったそうで、その間のこの世界の管理を「ここまで関わったなら最後まで面倒見るよ」と、魔王は溜め息混じりに引き受けてくれた。
これは心底嬉しい。あんなクソの管理下にあるのは嫌だと思っていた所だ。代理人が魔王なのも有り難い。ボコって良かった。
埋葬を終え、花を摘んで来たルイスは墓の前で祈る。
世話になった村の神官、実質村長だったリアナの母親、自分を鍛えてくれた猟師、よく共に働いた孤児仲間、仲間に入れて遊んでくれた雑貨屋の息子……。
リアナには及ばないものの、ルイスにとって思い入れのある人達。元々は彼等は殺さないつもりだったが、魂の実態を知れば殺す方が相手の為になると殺した。
好意の分、苦しまないよう即死させたが、恐怖は感じさせたかも知れない。まぁ、いつか魔王の統治下で、完全な魂を取り戻した状態で人生を始められるのだ、それでチャラにして欲しい。
聖女や魔術師、神官騎士に盾騎士に斥候……。
彼等とは最期に揉めてしまった。仲間としても情はあるし、穏やかに別れたかったのに。
……仕方ないと言えば仕方ないのか。魂の状態を伝えても、死ぬのはやっぱり嫌だと抵抗されてしまった。
ルイスとしては、今まで良くしてくれたお返しのつもりだったから、受け取って貰えなかったのはちょっと悲しい。
それでも、来世では幸せに、と自然に祈れたあたり、自分で思うより彼等を好いていたようだ。
今になって思う。
リアナだけじゃなかった。
こんなにも、幸せを願える人が居る。
そう思える人と出会えた。
人の幸せを思える人生を送れた。
辛い事も多かった。努力は踏み躙られ、信頼は裏切られ、大切なものを失い、絶望し。
酷い人生だったが、酷いだけではなかったのだ。
「さようなら。皆と出会えて、良かった」
有り難う。
心からそう言う。
井戸で水を浴びて汚れを落とし、着換えてから村長邸へと向かう。
奥に向かう途中、床の隅に埃を見つけた。そうだ、これからは掃除も自分がやらなくては。
頑張ろう。
「リアナ」
ルイスの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。
愛しい幼馴染みの部屋。そこには部屋の正式な主がベッドに横たわっている。
リアナの遺体は埋葬しない。聖女から術式を学び、ルイス一人でも遺体を維持出来るようになったのだ。
ルイスはベッドの傍らに跪き、リアナの手を取り、自らの頬に当てた。
「リアナ、皆の埋葬を済ませて来たよ。これで、俺とリアナの二人きりだ」
うっとりとリアナの手に頬擦りする。
白いとか華奢とか、凡そ女の子向けの言葉が似合わない、日焼けし、タコのある働き者の手。
「やっと……やっと夢が叶った。ただ、リアナと二人で穏やかに暮らしていきたかっただけなのに、随分苦労したよ」
ここに居るリアナは抜け殻。
それは分かっている。それでも。
「もう、邪魔をする奴なんか居ない。二人でゆっくり過ごそう。ね、リアナ」
毎日、掃除や洗濯、料理をして。
畑を耕して、時に狩りもして。
眠るリアナに、今日は何をしたかとか報告したりして。
それを繰り返すだけの、代わり映えの無い日々。
ただそれだけの、満ち足りた日々を。
ルイスは今、確かに幸福だった。