幽霊の悪戯
「はぁ〜、なんでこんなに上手くいかないのかな? 」
僕は思わずそう一人言を言っていた。目の前には不恰好な鉄の塊が転がっている。朝から作業を続けて五時間、その鉄の塊は本当はもう少し刀っぽい形をしている筈だったのに。僕は深い溜息をついた。
「あ〜ぁ……。」
僕は今までヤコーさんが真っ赤に燃える鉄の塊をハンマーで叩いてうっとりするような美しさを持つ刀を作るのを何度も見てきた。ヤコーさんはいとも簡単に焼けた鉄を綺麗な刀に変えてしまう。よくその様子を横で見ていたのでいつの間にか僕はとんでもない勘違いをしちゃっていたのだ、自分もあれぐらい出来ると! でもよくよく考えてみれば見てるだけでヤコーさんの技術を僕が盗める訳はない。ヤコーさんはあの魔法のような技術を何年も修行することで習得したのだ。僕は朝から五時間汗だくになって真っ赤な鉄を叩き続けてようやくそのことに気が付いた。
「もう……止めようかな。」
僕は顔の汗を腕で拭いながらまたそう一人言を言って手を止めた。熱した鉄の塊をハンマーで打ち直方体に整えてからその直方体の真ん中に切れ目を入れて折り曲げまた熱してからハンマーで打ち直方体を作る。この繰り返しが強い刀を作る為の基本作業だがこれがきつかった。ハンマーを叩くことと鉄を熱する為の炉の熱さで体力はどんどん失われていく。ヤコーさんぐらい筋肉モリモリじゃないとこの仕事は出来ないのだ! 僕が短刀を作りたいって言った時に「大変だからやめておけ! 」って一言言ってくれりゃいいのになぁ〜、不親切だよ! 全く!
「坊ちゃん、進み具合はどうですかな? 」
僕が一人でぶつくさと文句を言っていると不意にヤコーさんが工場の中に入ってきた。やばい! 聞かれたら怒られちゃう! 僕は慌てて笑顔を作ってヤコーさんに応えた。
「い、今ね、折り返し鍛錬の途中だよ。」
僕がそう言うとヤコーさんは僕がハンマーで叩いている不恰好な鉄の塊をチラッと見た。
「やってみると……なかなか大変だね。」
僕はポツリとそう言った。その言葉の中には「もう僕の手には負えないから助けてよ! 」というSOSを含めたつもりだったがヤコーさんは何も言わなかった。そして暫くすると
「何事も最初は苦労するものですからな……では頑張って下され。」
それだけ言うとヤコーさんは工場を出ていってしまい僕はまた工場にポツンと一人取り残された。なんだよ! 困ってるのは見て分かるだろ! 助けろよ! 僕はそう叫びたかった。暫く僕は放心状態のようになってボケっと天井を見上げていた。するとふと天井にルカ先生の顔が浮かんだ気がした。
「駄目だ! こんなところで投げ出していては! 」
僕は一人でそう叫ぶと汗だくの白い繋ぎの作業服のポケットに入れていた一枚の紙を取り出した。そこには昨日勉強が終わった後僕がイメージして描いた短刀の絵があった。もともと絵を書くのは得意なこともあったせいかその短刀は斬れ味鋭くその紙を持った僕の指さえも切断してしまいそうな程リアルに描かれていた。そんな絵が描けるぐらい僕が今日作る短刀のイメージは完成していた。
「もうちょっと頑張るか! 」
僕はまたそう一人言を言ってから炉の火を強くして鉄塊を熱し始めた。この短刀で僕はルカ先生を護るのだ。僕はその心の奥底にあった志しを思い出しまた汗だくになってハンマーを握り締めた。
「よし、そうだ。時間は掛かってもいい、丁寧にやれば必ず納得のいく短刀が出来る筈だ! 」
僕はそう思い一心不乱にハンマーを振るい続けた。形の整った強く美しい鉄の短刀が出来ることだけを祈りながらリズムよくハンマーを打つ。するとすこしずつではあるが僕の打った鉄が綺麗な直方体の形になり始めた。この調子だ。
「よし! 」
それから僕はまた数時間鉄を打ち続けた。単純作業のようだが僕が打つ毎に鉄はどんどん表情を変える。気の抜けた叩き方をすれば鉄も気が抜けたようになってしまうのだ。慎重に丁寧に僕はハンマーを振るった、全神経を目の前の鉄塊に集中させながら。
それから何時間作業を続けただろう? 時間の感覚を無くしている僕を疲労が襲ってきたようだった。焼けている鉄の色が急に赤から青になったように見えたのだ。ありゃりゃ、こりゃ疲れ過ぎて目がおかしくなってきたか。そう思った僕は瞼に力を入れるようにして目を凝らしてみた。
「えっ!? 」
違う! それは疲労のせいなんかじゃない! 間違いなく目の前の鉄の色が赤から青に変わっているのだ! 何か変わった成分がその鉄に含まれてでもいたのだろうか? その青色はやたらと綺麗で僕は暫くその澄んだ青い炎を見つめていた。するとその青い炎の中に十字架が浮かび上がり更にその十字架の中から急にドラゴンの長い首と頭が姿を現した!
「うわぁ! 食べないで! 」
ドラゴンがいきなり大きな口を開けて僕の眼前に迫ってきたのだ! 僕は驚きと恐怖のあまりそう大声を上げた。
「坊っちゃま、しっかりして下さい! 大丈夫ですか? 」
僕はヤコーさんに身体を揺すられて目を覚ました。気が付くと僕は工場の中で鉄をハンマーで打ちながら疲労の為に寝てしまったらしい。白い繋ぎを真っ黒にして僕は工場の汚れた床に寝転がっていた。
「僕、どうやら疲れて寝ちゃってたらしいや。今何時? 短刀を作る時間まだあるかな? 」
僕がそう言うとヤコーさんは僕の頭を優しく撫でた。よく見るとヤコーさんの目はすこし潤んでいる。何かあったのかな?
「坊っちゃま、よくここまで手助け無しで頑張りましたな! おそらく疲れ過ぎて自分が刀を作り上げたということすら覚えておられないのでしょう! このヤコー、坊っちゃまのその鉄のような意思に感服致しました! 」
そう言うとヤコーさんは声を上げてオゥオゥと泣き出した。僕が刀を作り上げただって? 何を言ってるんだろう?
「ヤコーさん、どうしたのさ? 確かに途中からはいい感じになってたけど完成はまだしてないよ! でもそういえば……」
僕はそこでようやくさっきのドラゴンの幻のことを思い出した。おそらくあれは夢だったんだろう。あの時寝ちゃったんであれば鉄はまだ直方体で刀の形にはなっていない筈だ。僕はヤコーさんが直方体が綺麗に出来たことを褒めてくれているのだと思いお礼を言った。
「ヤコーさん、ありがとう! でもヤコーさんは凄いや! ヤコーさんみたいには僕は出来なかったよ。」
「いえ、謙遜なさる必要はございませんぞ! 坊っちゃまのお作りになった刀は大変見事です! このヤコーめが作ったものに勝るとも劣らずですぞ! しかもそれをたった一日で作り上げるなんて! 素晴らしいの一言に尽きまする! このヤコー、坊っちゃまの為を思い敢えてお手伝いはしませんでしたがする必要もありませんでしたな! 」
ヤコーさんが涙ながらに僕のことを褒めるのが僕にはちょっと大袈裟過ぎて嫌だった。そんなたいしたことはしていないのにそこまで褒められると嫌味っぽく聞こえちゃうよ、全く。僕はちょっとムスッとしながら上体を起こした。すると僕の視線に飛び込んできたのは足下に転がっている格好の良い短刀だった。
「えっ! 」
僕は思わずそう叫んでいた。それは僕が昨夜イメージして描いた短刀とそっくりのものだったのだ! ただ一つ違っていたのはその短刀の刃の部分に十字架の模様が入っていることだけだった。
「……なんで短刀が出来上がっているんだ? 」
さっぱり訳が分からない。ここまで仕上げた記憶などないのだ! ひょっとしてヤコーさんが僕の為にこっそりと作ってくれたのかな? そう思ったがオイオイ泣いているヤコーさんはそんなことをする人ではない。ひょっとして幽霊の仕業か? そう思うと僕は恐怖で全身が凍りついた。




