皆の英雄?
「よっ、この有名人! 」
退院した翌日、通学路を歩いているとシゲがそう後ろから声を掛けてきた。僕は振り向きつつシゲに応える。
「おはよ、シゲ。何それ、有名人て? 」
「はぁ? またまたとぼけて! 」
僕は本当にシゲの言っていることが理解出来なかった。だけどシゲの様子を見ていると僕をからかおうとしている様子ではない。何だろ、有名人て?
「お前、マジで知らないの? 今朝の新聞呼んでないのかよ?! 」
「今朝は寝坊しちゃったから読む暇がなくってさ。で何だよ、有名人て? 」
「今朝の新聞に載ってたぜ! 『マイヤー家の御曹子、ユージーン君がゴブリンを一蹴! 』ってな! 」
「はぁ?! 」
学校に着くと僕はクラスメイトから嫌という程の賞賛を受けた。皆口々に僕のことを「凄い! 」とか「勇気あるな! 」と褒めてくれる。どうやら昨日の出来事がかなり大袈裟に記事になっているらしい。僕はクラスメイトの一人がわざわざ家から持ってきてくれた今朝の新聞の記事の切り抜きを見せてもらった。その内容はこうだ。
「一昨日の夕方六時過ぎにペニーレイン通り近くの狭い路地にゴブリンが二匹現れた。偶然そこを通りがかったユージーン・マイヤー君がそのゴブリン達に襲われかけた女性を助けようと彼らに立ち向かった。彼が強烈な後ろ回し蹴りを見舞うとそのゴブリン達は退散したのである! この少年の勇気に我々は惜しみない賛辞を呈したい! 」
はぁ? だいぶ話が大きくなってるよ! 僕は恥ずかしくなり顔を赤くしながら囃し立てる皆に慌てて説明した。
「凄いじゃないか! ユージーン! 」
「い、いや! 違うんだ! 実際はこんな格好良くなかった! この記事はちょっと良く書きすぎなんだ! 」
「じゃあゴブリンと戦ったってのは嘘なのか? 」
「い、いや! それは本当だよ。正確には後ろ回し蹴りじゃなくて足刀なんだけどさ。」
「やっぱり戦ったのは本当じゃないか! すげー! 」
「でも蹴りを一発入れただけでその後は走って逃げたんだ! 退散したのはゴブリンじゃなくて僕の方なんだよ! 」
「一発蹴りを決めるだけでも子供にゃ出来ないぜ! やっぱすげー! 」
結局クラスの皆は何を言おうとも聞く耳持たず僕のことを褒め称えることを止めなかった。僕はそのうち真実を説明するのが面倒臭くなってきてもう皆に言いたいように言わせておいた。だがそうすると僕への賞賛はますますエスカレートしていくばかりでおまけに担任のヤンナギ先生までが新聞を読んだらしく教室に来るなり皆の前でこう言った。
「皆、新聞を読んだか? 皆、我らが英雄のユージーンに拍手! 」
万雷の拍手喝采を浴びる中僕は照れまくっていた。だが気分は悪いものじゃない。真実は違うけどまぁいいか! そう思っていると僕はコイチだけが僕の方を見向きもせず拍手もしていないことに気が付いた。今まで散々馬鹿にしてきた僕が一躍クラスの人気者になって面白くないのであろう。「ざまぁみやがれ! 」という気持ちもあったが「真実はちょっと違うんだけれど……」という気持ちの方が強かった僕はコイチからそっと視線を外した。
その日は授業が終わると僕は急いで家に帰りヤコーさんのいる工場へ顔を出していた。ヤコーさんは忙しいにも拘らず僕の姿を見つけるとニッコリと笑って手を振ってくれた。
「坊っちゃま、一昨日は大変でしたな! ですがゴブリンに素手で挑み蹴りを喰らわすなどということは普通の人間には出来ませぬ! 坊っちゃまはやはりユージーン家の血を引く人並外れた能力をお持ちの立派な方でしたのじゃ! このヤコーの目利きが正しかったことを世の中に証明することが出来て大変嬉しく思いまする! 」
そう言って目に涙を溜めているヤコーさんはやはり例の新聞の記事を鵜呑みにしているようだった。喜んでくれているヤコーさんには言いにくかったが僕はその記事がかなり大袈裟であることを伝えた。
「……ていう訳なんだ。蹴りを入れたのは事実だけどその後は必死で逃げただけなんだよ! 」
「いや、でも女性を助ける為に戦ったというのは事実ではないのですかな? 何も後ろめたいことはありませんですぞ! 多少の誇大表現はいいではないですか! 胸を張りなされ! 」
ヤコーさんも学校の皆と同じような反応だった。僕はそこで本題を切り出した。
「ヤコーさん、そこでちょっとお願いがあるんだけど。」
「何ですかな? 私の出来ることなら何でも仰って下さい。」
「さっきのゴブリンの話にも絡むんだけど……護身用に短刀が欲しいんだ! 」
「護身用の短刀?! 」
「万が一の時に自分の身は自分で守らないと駄目だって思ったんだ。一昨日は運が良かっただけだもの。」
僕がそう言うとヤコーさんは腕を組んで目を閉じ考え込んでしまった。おそらく子供に凶器を持たすことに抵抗を感じているのだろう。でも僕は今後似たようなことが起きた時にルカ先生を守りたい、それだけの思いだった。僕はヤコーさんに続けて言った。
「お願いだよ! ヤコーさん! 」
僕がそう言うとヤコーさんは急にカッと目を見開いてから言った。
「人は絶対に傷付けてはなりませんぞ! 」
ヤコーさんのその声はいつもの優しい調子ではなく緊張感の漲った迫力のあるものだった。僕は一瞬怯んだけどヤコーさんの目を見つめ返しながらハッキリと答えた。
「勿論! 怪物に追い詰められた時だけしか使わないよ! 」
僕がそう言うとヤコーさんは僕の顔をじっと見ていた。そして暫くするといつもの笑顔に戻って優しくこう言った。
「分かりました。では私が使っている短刀を差し上げましょう! 」
それを聞いて僕は頭を横に振った。
「いや、自分で作りたいんだ! 今週の金曜日に試験があるからそれが終わった土曜日の朝から作り始めたいんだ! 」
「自分で短刀を作りたい、という訳ですかな? 」
「うん! 」
そう言うとヤコーさんはまた黙ってしまった。ヤコーさんはまた腕を組み目を閉じている。でも暫くするとまた目を見開いてこう言った。
「……分かりました。やってみなされ。」
「ありがとう! ヤコーさん! 」
それを聞いて僕は飛び上がらんばかりに喜んだ! 小さい頃から今まで何回もヤコーさんが刀を作るのを横で見ていた僕は凄く格好いい刀を作れる自信があったのだ。それにこれでもし今度ゴブリンに襲われてもルカ先生をもっとスマートに助けてあげられるかもしれない。僕はヤコーさんにお礼を言うとこれから自分が作る短刀のデザインをいろいろ想像しながら家に戻った。




