その五 教団 2
すーーっと玄関の戸が開き、なんと幽霊が現れた。髪はほつれ、青白い相貌の女の幽霊が。痩せた身を白い長衣に包んでいる。
うわ、ついに僕にまで見えるようになったか。御影が言うのは本当だったんだ。でもこんなのがとり憑いてるなんて、やだな~、と思った矢先。目の前の幽霊はもの問うような顔で、生体反応を示した。
「御影のお友だち?」
幽霊じゃなかった、御影のおかあさんだ。
(ふん。ありがちなギャグだ)
「いいえ。幽霊のお友だちです、御影さんに言わせれば」
そう返そうとしたが、やめておいた。まあ広義の意味でお友だちなんだろう、「クラスメート」だからな。
僕は、これも同級生で御影さんの友だちから聞きました。ダラネーナ教のことを。それでボジャイ様の教えに興味をもって詳しく知りたいと思ったんですと用件を述べるかたちで、相手に通用する嘘をついた。
話変わるけど。ぼくの大叔父さんは、「三十歳より若い者の言うことは信用できねえ」が口癖だった。なぜかといえば、「若い奴らは相手が大人と見ると本音を言わず、嘘つくからな」 。
みずからのおこないに照らせば、これは至言だ。大叔父さんにも若い時があったのだろう。大叔父さんが他の大人と違うのは若かった頃を忘れてないことだ。
さて。
とりあえず受け容れてもらえた。僕が真面目な好男子に見えるせいもあるが(みんながそう言っている)、教団としては入信者が増えるのは大歓迎のはずだ。
奥のほうに通された。
僕は居間兼応接間のような空間で待たされ、やがて支部長たる御影のお父さんと引き合わされた。
あんな娘がいるとは思えない人物だ。表向きは円満で愛想が良く、口先上手。そのうえ損得勘定が巧みで抜け目がない。話からすれば、そうとう狂信的なのではと覚悟してたのに。宗教人というより商店主のようだった。事実、ダラネーナ教に染まる以前は、文具屋を堅実に経営していた。建物が表玄関を入るといきなり礼拝所でその奥が住居というのは、店舗だった頃の名残りだ。
要望したとおり、ボジャイ様の教えについていろいろと説明を受けた。いろいろと。それはもう、得意になって淀みなくしゃべるのを聞かされた。
普通と異なる場にいるという緊張感はあったが、内容については御影の友だちが言ってたとおり、それもボジャイ様をあくまで褒め上げる立場から聞かされる。正直あくびをこらえるのに苦労しながらの一時間だ。
でも説教が一段落ついた頃には、律儀に耳を傾けながら時おり質問をはさんだりでちゃんと聞いて理解した振りをし続けた僕は、相手からかなり信用を獲得していた。とりあえず自分の影響力の圏内に入ったと思ってくれたらしい。
そのあと、お茶菓子を食べながら入信の準備や自分の身の上についての雑談をするうちに、聞きたくてたまらなかった疑問を差し向けてみた。
「変なこと聞くようですが。この信仰を続けてて、怪異な現象を体験するってありますか? 他人にとり憑いた悪霊が見えるようになるとか」
はっはっは、と支部長は笑って受けた。
「あり得ない。ここは当教団の聖殿だよ。怪異なものなんか入れるわけがない。悪魔も幽霊も、入り口に立っただけで退散していくさ。はっはっは。恐れることなんか何もないんだよ」
いや、そういうのが聞きたいんじゃなくて……。あなたがご家族をどの程度わかってるかということなんです。ほんとにご存じないんですか、幽霊の見える娘さんがいることを。娘さんが学校でどんなこと言ってるかも。
ああ、直裁に訊けないもどかしさ。なぜ御影がああなったのか、その答えを得ようと来たようなものなのに。
そのとき。
ガラリと玄関の戸が開き、一呼吸おいて、ピシャッとしまる音がした。
誰かが帰ってきた様子だ。たんたんたん……と廊下に軽快な足音を響かせながら、近づいてくる。
「あら、『ただいま』は?」
御影のお母さんが出迎える声がする。
「ただいま~。お母さ~ん、走ってきてのど渇いちゃった~。冷たいものな~い?」
御影の妹だろうか。子供っぽい、あまえた声で、おやつをねだっている。
いや待て、御影に妹はいなかったぞ。
ついで、母親がこれこれと叱る調子で娘をたしなめる声。
「お行儀よくなさい。学校のお友だち来てますよ」
「ふんふん♪ アッコが?」
「守屋くんという男の子」
母親がそう言うのと、快活な少女が居間兼応接間に姿を見せるのとはほぼ同時である。
あれま。
黒石御影その人だった。
その瞬間の彼女だが、何事が起きたのか理解できない様子でいた。
やがて……御影は視界の中の事実、自分の家にあの守屋護がいる、あるはずのないところにあるはずのない存在を認めたのがわかると、待ち伏せでもくらったみたいに、激しく悲鳴を上げた。
学校ではとんと、こんな反応は示したことない。鼓膜をつんざくという形容がぴったりのけたたましさだった。
ぎゃーーーーっ!
家中の人が集まってきた。
( 続く )




