最終話 カーテンコールは、まだ先。
秋晴れの空の下、犬山北高校の文化祭『犬北祭』は熱気と熱狂の渦の中にあった。
満員御礼となった体育館メインステージ。立ち見客が後ろの壁際まで埋め尽くす中、観客席の最後列には変装した星野美咲と、特設ステージでの公演を終えた演劇部部長・黒川慎之介の姿があった。
「さあ、見せてもらおうか。君たちの青春のすべてを」
黒川が静かに腕を組む。
開演直前の舞台袖。
部員たちは緊張で固まっていた。息を荒らげる隼人、何度も原稿を確認する悠真、トウシューズの紐を固く結び直す玲奈、操作盤の前で指先を温める蒼、そして胸に手を当てて深く呼吸を繰り返す結衣。
顧問の益田塔子は、部員たちを円陣の中心に集めた。
「みんな、今まで本当に本当によく頑張ったわね。……怖がる必要はないわ。あなたたちが重ねてきた時間、交わしてきた想いは、全部このステージの上に揃ってる。自分を信じて、仲間を信じて……思いっきり楽しんできなさい!」
「「「おおーっ!!!」」」
手を重ね合わせ、歓声をあげる。
灯りが落ち、客席のざわめきが静まり返った。
◇
——カツン、と暗闇に一閃の光が走る。
安藤蒼の緻密なライティングが、ステージを一瞬で「別世界」へと変貌させた。
劇中歌『夜明けのファンファーレ』の静かなイントロとともに、神谷悠真の紡いだ物語が動き出す。
傷つき、夢を諦めかけた主人公たちの葛藤。
白石玲奈の美しくもどこか儚いバレエの跳躍が、過去の挫折と痛みを表現する。
そこに大野隼人のアグレッシブなダンスが交差し、諦めきれない情熱の衝動を爆発させる。
そして、クライマックス。
暗闇の中にぽつんと残された水瀬結衣に、蒼が全神経を注ぎ込んだ「希望の光」が降り注いだ。
塔子の弾く力強く優しいピアノの旋律に乗せて、結衣がマイクを握る。
「——♪〜〜!」
それは、かつて声を失った少女の歌声ではなかった。
悲しみも、弱さも、すべてを包み込んで前へ進む、圧倒的な生命の躍動。結衣の声は体育館の天井を突き抜け、聴く者すべての胸を激しく揺さぶった。
照明、音響、脚本、ダンス、演技、そして音楽。
孤独だったピースが一つに合わさり、ひとつの「奇跡の舞台」となって咲き誇る。
観客席からは啜り泣く声が漏れ、最後の大サビでは全校生徒が息をのんでステージに惹きつけられていた。
結衣の最後のロングトーンが響き渡り、蒼が放ったサクラ色の光が会場全体を包み込む中で——静かに幕が降りた。
一秒。二秒。
静寂の後、雷鳴のような拍手と割れんばかりの歓声が体育館を吹き荒れた。
◇
「凄まじいな……」
黒川が感嘆の息を漏らし、星野美咲は溢れる涙を拭いながら拍手を送り続けていた。
鳴り止まないアンコールと歓声。
再び幕が上がり、出演者たちが一列に並んで深々と頭を下げる。いわゆる『カーテンコール』だ。
結衣も、隼人も、悠真も、玲奈も、蒼も、そして袖から引っ張り出された塔子も、全員が涙でぐしゃぐしゃの笑顔を浮かべていた。観客の温かい拍手が、全身を心地よく満たしていく。
頭を上げた結衣が、眩しいスポットライトの向こう側を見つめながらポツリと呟いた。
「……すごく綺麗。でも、なんだか寂しいな。これで終わっちゃうんだ……」
その言葉に、胸を張った玲奈がクスリと笑った。
「何を言ってるの、結衣ちゃん」
隼人が豪快に結衣の肩を抱き寄せ、悠真が優しい笑顔で頷く。
操作盤から駆けつけてきた蒼も、メガネの奥の目を輝かせていた。
塔子が部員たちの背中に手を当て、柔らかく、でも力強い声で言った。
「そうよ、結衣さん。これで終わりじゃないわ。私たちは今日、やっと自分らしく生きるための『第一歩』を踏み出したばかりなんだから」
塔子は満員の客席を見渡し、最高の笑顔で言葉を紡ぐ。
「諦めかけた夢も、挫折した過去も、これから進む未来も……私たちの物語は、ここからずっと続いていくの。だからね——」
部員たち全員が顔を見合わせ、大きな声で声を揃えた。
「カーテンコールは、まだ先!」
鳴り響く大歓声の中、溢れんばかりの輝く笑顔とともに、彼らの「新しい青春の幕」が、どこまでも高く上がっていくのだった。
完




