第一章 7『この世界の基本能力』
「良い朝だな〜……とは言えねえな」
深い眠りから目を覚まし、窓から差し込む光を感じながら、ミナトがそう呟く。
しかし体のだるさと寝起き特有の目の重さ、そして――
「おかしな夢だったな」
何よりもそれが良い朝と呼べない最大の理由であった。
純白の広がる世界にたった一つ、ポツリと浮かぶ漆黒の影がその夢景色の異様さを物語っていた。
やがて影は男の声で言を言い放つ。
『汝、力を欲すか』
とても曖昧なその質問に、無言で突っ立つミナトはその問いかけに首肯する。そしてその後、影はまたすぐに渋い声で言葉を紡ぐ。
『――迫り来る災厄を、汝がその手で振り払え』
その言葉を皮切りに目を覚まし、今を迎えている。
最後に放たれた使命の言葉は生憎今でも意味がわからない。いや、わかると言えばわかるが、能力の説明もなしにそんなこと言われても、どう振り払えと言うのだという疑問がただ浮かぶ。
あまりに神妙な言い付きだったことから、災厄というものが軽々しいものだとは到底思えない。
しかし、力を手に入れた実感も感覚も何も湧かず、ただあの影が与えたであろう能力はなんなのか、ただ一人考える。
「開け! ステータス画面!」
そう言って自身のステータス画面が表示されるのを待つが、一向に現れる気配は無く、ミナトは内心悲しくなる。
「……開くわけないか」
もちろんそうだろう。ステータス画面が表示されるのならば、意識をしなくても勝手に出るはずだし、何よりこの時間まで出なかったことはおかしい。
一人微かな感傷に浸って自身の能力を知ろうとするミナトの部屋に、扉を叩く音が響く。
「起きたか、ミナト」
その声とともにドアが開き、ロマノフが部屋に入ってくる。
入ってきたロマノフの服装は、昨日と同じ新鋭団の団服で、ネイトへの出張を伺わせた。
「おはよう、で早速なんだが、すまない、ネイトへの駆り出しが早まった。あと一時間もすれば行かなければならないから、出発と一緒に、この邸とはおさらばになる」
「……それはそっちの事情もあるし、俺は大丈夫だ」
「本当にすまない」
やはり、ネイトへの出張が間近に迫っているようで、開口してすぐに謝罪した。
ロマノフにも事情というものがあり、ミナトとて決して反駁はしない。しかしミナトにも悩みはあった。
「……宿場に困るのは当然だ」
ロマノフが言ったのはそれがミナトの悩みそのものであった。ロマノフによって初日は乗り越えることができたが、これからもそうとは限らない。
「ならば、クラウスを訪ねるといい。いや、アーシュ様を訪ねろ」
「……アーシュ」
出てきた以外な人名に、思わずミナトはその名を復唱する。
その名には聞き覚えあるし、その人物も見たことがある。
「なんだ、知っているのか?」
「知ってるも何も、会ったこともある」
「……?」
ミナトのその告白に、ロマノフも眉を歪めて不思議そうな顔をする。あのロマノフでさえもアーシュに敬称を付けて呼ぶというのだから、アーシュの地位の高さがより理解できる。
「一体どこで」
問い掛けに、ミナトはありのままを伝える。
あの商店街道を一人で歩けず大勢の人に疎まれていたところを助けて貰った醜態を晒したこと。
いきなり手を取られ連れ出されて困惑したこと。
アーシュとの会話が始まる前に、クラウスが凄い剣幕で彼女を連れ出していったこと。
「やはりあのお方は心優しい方だな。……だがそれだけ聞くと、ミナト、お前も中々恥態を晒したな」
「……るせぇ、んなことわかってるわ」
そう微笑みながら痛いところを突いてくるロマノフに、ミナトは悪態を吐く。
中々の醜態であったことはミナトも理解しているが、それをいざ言われてしまうとどうしても複雑な胸中になる。
「そろそろ行くよ。遅刻するのも嫌だし、なにせ俺は方向音痴だからな」
「お……おう。頑張れよ」
「ありがとう、アーシュ様やクラウスがいるから大丈夫だとは思うが、また何か困れば呼んでくれ。急いで駆けつける」
「お前が言うと冗談に聞こえねえな……まぁ、頼りにしてる」
先のゴンデルの件でもそうだが、ロマノフなら呼べば本当に駆けつけて来そうでどこかおっかなく感じる。頼り甲斐だけは別格にあるのだが。
ロマノフと共に広大な豪邸を出て、邸の入口の門まで談笑する。
長い長い石道を乗り越え門に着くと、ロマノフが全身に覇気のようなものを纏わせる。
「……うぉ! 異世界だ!」
「その……異世界というのがよくわからないが、フォトンを見るのは初めてか?」
ロマノフが体に纏った白いモヤのようなものを見て、ミナトの厨二心が擽られる。
そしてロマノフはそのモヤのような、覇気のようなものをフォトンと言った。
それは光や光子を意味する言葉であったと記憶しているが、この世界においてそれが本当の意味なのかどうかは測りかねる。
「フォトンって?」
異世界に来て重要なことは何よりも情報収集だ。こういった異世界特有のものはどんどんと理解していかなければならない。
ロマノフは、ミナトへの質問に返答するために、そのフォトンと呼ばれるものを消し、説明を始める。
「フォトンを知らないとは、やっぱりお前は珍しいな。……簡単に言えば、魔法や魂刻を使う時に生じるものだ。これが出ないということは、技を使うことができない」
「なるほど、マナみたいなことなのか?」
あらゆる異世界系で耳にするキーワード、「マナ」、この世界におけるマナの役割はフォトンが果たしているのだろうか。
「マナというのは別にある。フォトンはあくまで個人の力の目安になるものだ。大きければ大きいほど魔法は強いし逆もまた然りだ」
「……じゃあマナは?」
フォトンに次いで、マナへの質問をする。
その概念自体は地球でも、様々な異世界系アニメでも説明されているが、この世界ではどのようなものかを確かめなくては、あらぬ勘違いを起こしてしまう可能性もある。
「説明してやりたい気持ちは山々なんだが、ほんとにそろそろ行かなくてはならない。詳しい話はこの紙を参照にしてクラウスの下で聞いてくれ」
そう言って、ロマノフはミナトに手書きの紙とアーシュの屋敷が印されている地図を手渡した。紙にはロマノフのサインのようなものが書かれており、どこか大人同士のやり取りみたいだ。
「印の着いたところがアーシュ様の屋敷だ。クラウスが出てくる筈だから、その紙を渡してくれ。そうすればきっと中に入る許可を貰える」
「わかった、何から何までありがとな」
「気にしなくていい。困った時はお互い様だ。……それじゃあ、また会う時までどうか無事で」
ロマノフは再びフォトンを身体に纏わせ、体を浮かせて飛んで行った。
「……ロマノフのやつ、空も飛べんのかよ」
一人エンローブ邸に残されたミナトは、そう呟くのだった。
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