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誰かの為のエスペランサ  作者: ヒラのりんご飴
プロローグ 孤児院編
8/35

最悪の日

ラウス


その姿を目にした瞬間、フィルは思わず目を疑った。街で親切にしてくれた人だった。それだけで信用したわけでは無いが…少なくともこんな、こんな邪悪な雰囲気を纏った人ではなかったはずだ。


夕暮れ時の日に照らされた男の姿は、昼間見た温厚な表情とは打って変わり、冷たい殺気を漂わせていた。


(なんでここにこの人が、…いや分かる…理由は分からないけど…孤児院を燃やしたのも、レイラ達をどこかへやったのもこいつだ)


焦燥と怒りで額に汗が滲むのが分かる。なるべく冷静に状況を把握しようにも状況が状況、でも一つ分かってることがあるとするのならば…レイラ達を助ける…それだけ。


今一度自分の使命を再認識したフィルにラウスは両手を広げ、優しげな声で語りかけた。


「混乱してるんですね、説明不足ですいません。事情がありましてね。あとラウスはただの偽名なんで忘れてもらって構わないですよ」


「事情?」


フィルの声は低く、警戒心に満ちていた。ラウス?の正体が掴めない以上、発する言葉から情報を見つけ抜き出すしかない。


「はい、実はフィル君に頼みたいことがありまして…」


(俺に…頼みたいこと?なんだよそれ…俺がいたからみんなが狙われたのか?)


呼吸が浅くなり、狼狽の色を隠すことができないフィル。


「あら?どうかしましたか?汗が凄いですよ」


「っ!」


(待て、焦るな俺!後悔より先にするべきことがあるはずだ。もう失ってたまるか!レイラ達…レイラ達の安否を確認して、無事を確保する。それが今、最優先ですること。後悔なんかしてる暇はない)


そう思ったフィルは反は一歩前に踏み出し、剣の柄に手をかける。


「待て、レイラ達を何処にやったんだ?ここを燃やしたのはあんたなんだろ?話はそれからだ」


男は肩をすくめ、まるで些細なことを話すかのように告げる。


「あぁ、レイラ君達はですね。もう…」


「は?」


その言葉が耳に入った瞬間、自分の中の何かがキレた。

理性より先に体が動く。鞘から剣を引き抜き抜くと同時に、重心を前に姿勢を低く、右足で地を蹴り前方へ加速。


アスター流 「白閃びゃくせん


憎悪に満ちた渾身の力で剣を振って斬りかかる。

白の軌跡を描く様に横一閃。かつてないほどの怒りで放たれた高速の剣は―


「な…」


困惑するフィルの目が見開かれる。見えた男の表情は、実に余裕綽々といった顔をしていた。


それもそのはず、男がそっと出した右手にいとも簡単に止められたのだ。


「おぉ、"記憶"より早いですね、分かってはいましたが…12歳でこのレベルの剣技を放てる人は中々いないですよ。さすがです」


そう言って、右手に収まったフィルの剣を男は軽々と折った。


(素手で!?なんて力…なら創造で作る!鉄の剣を!)


白閃が素手で止められた、折れた剣はもう使えない。だからこそこいつだって同じことを考えてるはずだ。


手の中に魔力が集まる。


だけど剣は作れなかった、突然きた腹部への激痛と共に吹き飛ばされたからだ。


「それは流石に…この間合いではきついでしょう」


言葉と同時に、自分が蹴られたことに気づいた。


「がぁっ!」


優に十数m。宙に吹き飛ばされ、地面に倒れこんだ。幸いだったのは、魔法の身体強化のお陰で意識が途切れ無かったこと。這いつくばりながらも顔を上げるとラウスが迫ってくるのが見えた。


(つ、強い…!この前のダグ爺の全力並の速さだ…でも立てる!まだ戦える!)


絶対に負けてはならない…そんな必死の思いで体を起こし、立ち上がる。激しい痛みが走ったが、そんなものはどうでもいい。それは立たない理由にはならない。


両足で地を踏み、魔法を使う。心臓が早鐘を打っているのが感じらるが、妙に力んではいなかった。


固有魔法 「創造クリエイト」 鉄の剣


「まだ終わってない。絶対にここで倒す」


ラウスが再び近づいてくる。強大な力と速さを持つ格上だが、正面から立ち向かうことにした。


フィル覚悟を秘めた瞳で、フィルは男に迫りながら剣を構えた。


「創造…効率はあまり良くないんでしょうが、強い固有魔法ですよね。でもこれが最後の手加減ですよ?もう時間がない」


使う技は決まっている、放てて一発。ラウスに向けて新たに作り出した鉄の剣を強く握りしめ、向かい合う。


白き粒子がフィルを覆い、闘気が体内を駆け巡る。


脚に力を込め、地面を踏み込む。爆発的な速度で距離を一気に詰めたフィルが技を放つ。


豊扇華ほうせんかきょく


周囲の空気が歪み、剣の先端から銀色の八本の閃光が放たれる。そしてその閃光は一点に収束していく。


「ここだ!」


フィルが剣を振り下す。白き流星が如く、高速の剣。


「ほぉ、これは…」


自分を倒す為に向かってくる剣に対しラウスは喜びとも言える表情を見せた。


(この技に全てを!)


ダグラスでさえ認めた、今のフィルが使える最強の一撃。きっと当たりさえすれば致命傷とは言わずとも手傷は負せられるだろう。


(これで、こいつだけは!)


そう―当たれば


「危ないですね」


声が背後から聞こえた瞬間、フィルの体が凍りつく。背筋が寒くなる。


(な、いつの間に!?)


技を放っているフィルが振り向けるはずもなく、振り向こうとした時には既に遅かった。

首筋に鈍い衝撃を感じ、意識が霞み始める。フィルの手から剣が落ち、ドサっという音を立てて地面に転がる。


「事前に見てなかったら危なかったかもですね。素直に尊敬しますよ…」


男の声が遠のいていく。視界が徐々に暗くなる、そんな中…最後に耳に残ったのは


「さて、お願いに関してはライ君に伝えましょうか…」


(ライ…逃げろ…)


地面に崩れ落ちる直前、フィルの頭をよぎったのは、レイラたちの笑顔にライの安否…


そして、自分の無力さへの悔しさだった。出したくもない涙が頬を伝う。




...暗くなるの意識の底で、フィルは全てを失った感覚に支配されていた。


(なんにも...できなかった)


瞼の裏に浮かぶのは、あの圧倒的な敗北の光景。


自分の渾身の一撃が、まるで赤子の振り回す手のように、いとも簡単に止められる。その瞬間の記憶が、何度も何度も脳裏を焼き付いて離れない。


(何年も...何年も剣を振って...みんなを守る為に…)


喉から声にならない叫びが漏れる。でも、その声すら虚しく闇に溶けていく。


(俺は...何の為に生まれてきたんだ…何も守れてない)


今まで積み重ねてきた家族も自信も、まるで砂のように崩れ落ちていく。ダグラスに認められた剣技も、自分の固有魔法も、何一つとして通じなかった。


紫の空の下での出来事は、まるで悪夢のようだった。でも、これは夢なんかじゃない。現実だ。自分がどうしようもなく弱くて無力で…誰も守ることができない無能な存在、残酷な現実。


(守りたかった...守るって誓ったのに...俺のせいでまた)


レイラ達の笑顔が脳裏に浮かぶ。でもその表情が、恐怖に歪んだ顔に変わっていく。自分のせいで、大切な人たちが今、どんな目に遭っているのか...その想像すら、胸を刺し貫く苦痛になる。


(守るって、、約束したのに…レトスにも…ルーチェにも…ライもレイラも…レイラのお母さん達にも……何にも変わってない。5年前から…何も、、、絶対に守るっていったのに…必ず守るって……必ず…レイラ…)


全ての希望が、深い闇の中に沈んでいく。光なんて、もう何処にもない。


フィルの心は、暗闇の中で千々に砕け散っていく。


虚無感が全身を包み込む。心の中で何かが完全に壊れていく音が聞こえる。


そう...これが現実だ。この圧倒的な無力感こそが、自分という存在の全てなのだと...。


叫びたくても声が出ない。戦いたくとも体は動かない。ただ...ただ暗闇の中で、自分の存在の無意味さを噛みしめることしかできない...。


(レイラ...みんな...本当に...ごめん...)


最後の謝罪の言葉さえ、闇の中に虚しく消えていった...。


意識は闇の中へと沈んでいった…。







「フィル兄!」


遅れて駆けつけたライが叫ぶ。急いで走ってきた息で肩が大きく上下する。状況はよく分からないがフィル兄が倒れていて、目の前に謎の男がいる。そして少なくとも周りには見えないレイラ達の姿。


(フィル兄がやられたのか!?しかも相手は見た感じ無傷…フィル兄でそれなら、戦っても絶対に勝てねぇ。レイラ姉達はどうなった?みんなやられたのか…?どうする…戦うか…?戦ったとして勝てるのか?)


握りしめた拳が震える。恐怖と怒りが入り混じった感情が胸の中で渦巻いている。そんなライの選択は…


「あんた何者だよ…フィル兄達に何をしたんだ…」


対話だった。ライは必死に自分の声を落ち着かせようとするが、それでも僅かに震えが混じる。


対する男は非常に穏やかな表情だ。その姿があまりにも不気味で、ライは思わず一歩後ずさった。


「一瞬で勝てないことを判断して、話をする方に持ち込むのはいいですね。焦って戦いを仕掛けるとフィル君のようになってしまっていましたよ」


男の言葉に、ライは歯を食いしばる。倒れているフィル兄の姿に目をやりながら、隙を窺う。


(やっぱり…こいつがみんなを!)


「質問に答えてくれねぇかな」


できるだけ冷静を装いながらも、その声には明らかな敵意と怒気が込められていた。


だが何処吹く風、ラウスまるで当然のことを話すかのように続ける。


「分かってますよ。まず実は、フィル君に頼み事をしたくて今回レイラ君達を人質に取りました」


(人質…レイラ姉達は死んではねぇってことか、なら倒れてるフィル兄も死んではねぇな)


少なくとも、全員が生きてるという事実にライはわずかに安堵の息を吐く。


「頼み事?フィル兄になんのだよ」


「まぁまぁ、実は私、とある物が欲しいんですが…自分では絶対に手に入れることができなくてですね。フィル君やライ君のような子供にしか手に入れるチャンスがないのですよ、だから死に物狂いでそれを取ってきて欲しいんですね」


「その物の名前は?」


「“王石ロードストーン”という秘宝です。どういった物かや何処で手に入るか?と言った質問はダグラス様にして下さい。私はもういかせて貰いますよ。のんびりしていたらそろそろあの人が来てしまいます」


(ダグ爺のこと知ってんのか?いや…それより)


「待てよ…レイラ姉達はどうすんだ」


「その王石ロードストーンと交換ですね。連絡は私が一方的にするので…是非次に会うまでにはもっと強くなることに期待しておきますよ」


「強くって…」


言葉に詰まざるを得なかった。フィルは倒れ、レイラ達は人質に…そして強くなれと。余りにも不可解な状況だ。


そんな混乱するライを男が待つわけもなく。


「ではまた数年後にお会いしましょう。楽しみにしてますよ」


「おい!待っ…」


引き止めようとした。突然のことすぎて…頭がパンクしそうだったから。少しでも情報を引き出したかったから。


だけど、一瞬で目の前に現れたラウスから飛んできた拳に…意識を刈り取られた。

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