2話 レトスとルーチェ
昼下がり、廊下の掃除をしていたら前方から小さな足音が響いてきた。前を向けばルーチェが満面の笑みで水色の髪を揺らして駆けてくる。
「どうしたんだルーチェ? いいことでもあったか?」
「ねぇフィルフィル、ピクニック行こ!」
両手を胸の前で握りしめ、トパーズ色の目を輝かせながらルーチェが提案する。その後からは、少し息を切らしたレトスが追いかけてきた。
「ピクニック? 随分突然だけど」
(一時間前みんなでご飯食べたよな?)
そう聞くとルーチェを追ってきたレトスが教えてくれた。
「それはねフィルさん、本で王子様とお姫様様がピクニックに行って親交を深めるシーンを見て憧れたらしい」
「フィルと私ってとっても仲良しでしょ?だからこれ以上仲良くなるって言ったらもう恋人しかないじゃない!?だからピクニック行って付き合うの!」
「「ん?」」
あまりに突飛な理論、俺とレトスは思わず顔を見合わせた。レトスの目は点になってるし、俺も何と返すべきか……言葉に詰まる。
(ちょっと飛躍しすぎじゃない?レトスの目が点になっちゃってるよ?大丈夫?)
そんなことを思ったが急に焦ったレトスがルーチェの肩を掴む。
「ルーチェ?恋人を作るの早くないかなぁ?」
(レトスの言うとりだな、流石に年齢的に早すぎるし俺よりいい人なんかいっぱいいるはず)
と言うか女の子ってこんなにませるの早いの?
「早いって何?愛に早いも遅いも関係ないのよ!だからフィルは早く私と付き合うべきだよ!」
「「うーん違うそうじゃない」」
「なんで分かってくれないの〜!」
(やはりこのぐらいの歳は先走ることが多いのだろう、ここはルーチェの今後の為に訂正しとかなきゃいけない)
最年長枠のフィル、ここは妹分の勘違いを正さなければと決意する。
「なんでって言っても……なぁルーチェ、俺よりいい男なんかこの世の中にはいっぱいいるんだぞ?確かに俺は……」
「いないよ!」「へ?」
「フィルよりいい人なんているわけないよね?ねぇお兄ちゃん」
(ルーチェ、ちょっとだけビビったがレトスはこっち側!これは勝った!)
「それは間違いないよ」
(同意すんなよ!妹が変な方向行こうとしてんだからなんとかしろよお兄ちゃんだろ)
「ルーチェ〜?ちょっと目が怖いかなぁって思うんだけど……」
「あ、ごめんね?フィルがあまりに変なこと言うから……だからもっと自信持って!」
(確かに、ルーチェからしたら上の兄貴分が自信無さげなことを言ったら嫌か、今後は気をつけなきゃな)
「悪いなルーチェ、心配かけたお詫びにピクニック行くか!」
「やったー結婚だー」
また飛躍してない?
▲▽▲▽▲▽▲
孤児院から少し離れた場所にある天然の花畑。春風が運んでくる花々の香りが、まるで歓迎の挨拶のように三人を包み込む。
「やっと着いたー早く座ろ!座ろ!」
「はいはい少し待ってな」
固有魔法 「創造」
俺は軽く笑いながら手を広げ、魔法の力を呼び起こす。淡い光が手から溢れ出し、空気の中で形を作っていく。そう言って俺は“魔法”で椅子とテーブルを作る。
「相変わらずごい魔法ですよね、物を作るんて」
「便利な魔法だよなぁ、これだけは自分の才能に感謝かな」
「流石フィル!」
(そうこれは俺の“固有魔法”である創造の力、家系魔法がない代わりに固有魔法があって本当に良かった。お陰でこう言った材料が簡単な物であれば多少大きくても作れるし、何より節約になる!)
固有魔法に家系魔法、固有魔法は個人に宿る魔法で家系魔法はその家の血がなければ使えぬ魔法。フィルは孤児、その為家系魔法はない。
「じゃあ準備するか」
「うん!」
フィルの号令と共にピクニックの準備が始まった。
▲▽▲▽▲▽▲
「おー美味しそう」
机の上にに綺麗に配置されたサンドウィッチとアップルパイ。思わず声が漏れる、パイ生地の焼き色は絶妙で、リンゴの甘い香りが鼻をくすぐる。
「でしょ?レイラに教えてもらって作ったのよ!」
「僕は何もしてないですよ。全部ルーチェが一人で」
「フィルに喜んで欲しくて頑張ったの!褒めていいよ!」
(これをお披露目する為でもあったのかなぁ可愛いなぁ)
無意識にルーチェの頭をぽんぽんする。
「本当に二人ともありがとう。俺はきっとこの時間を忘れないよ」
「大袈裟だね本当に」「フィルが嬉しいと私も嬉しい!」
「大袈裟なんかじゃないさレトス、本当に嬉しいんだ」
フィルは実感していた、家族の成長を、自分が見ていないところでもちゃんと成長しているということに。
「この程度わけないよフィル、それぐらい僕たちは感謝してるんだ」
(そう……本当にフィルには感謝してるんだ、僕たちを救ってくれたことを)
▲▽▲▽▲▽▲
レトス・ドクトリンはドクトリン家の正妻の唯一の男の子として生まれた。
兄弟には姉は二人、二つ下の妹が一人、何不自由なく家族達と暮らしていた。ドクトリン家はそこそこの貴族で生まれた時から数多の英才教育を施された、確かに大変ではあったがその分、欲しいと言った物は直ぐに手に入れることができたし、家族は自分に優しく唯一の妹のルーチェは可愛いくてしょうがなかった。
魔法に関しても授業を受けるたびに新しい魔法を覚えられて、ドクトリンの神童と同年代の者達にも一目置かれた。毎日が楽しくてしょうがなくて将来は家族とこの家の者達を支えていくと本気で思っていたのが8歳の時だった。
違和感を持ったのは本当に偶然だった、屋敷の裏庭で妹のルーチェが泣いているのを見た。ルーチェはとても明るくて元気な子だ、泣いているのを見るなんて本当に幼い頃に怪我をした時以来だったから柄にもなく大きな声で心配してしまった。
「大丈夫か!どこか怪我をしたのか?」
「お兄ちゃん?……大丈夫だよ?ちょっと本を読んで感動しちゃっただけだから」
「そ、そうか……本当に大丈夫なのかい?」
「うん!大丈夫だよ」
(あんまり突っ込んだら嫌われてしまうだろうか……)
「でも何かあった僕に頼って良いんだよルーチェ?もしルーチェに何かが起きても必ず僕が守るから!」
「うん……分かった」
どうしてこの時の違和感を大事にしなかったのか、僕は一生後悔している。
▲▽▲▽▲▽▲
それから数日経った時のことだ。
「レトス、今度の教会への見回りについてこい」
食卓で父から告げられた。ドクトリン家はネーベ教の教義を広める教会の保護をしている。その為に四半期に一度だけ数人の配下を連れて管轄の教会の見回りや薬品などの支給をするのだが……子供である僕どころか姉まで連れて行ったことはないはずだ。
「僕がですか?」
「そうだ、お前は俺の後継者として今のうちに仕事を見た方がいいだろ」
(正直に言えばめんどくさいけどしょうがないか……)
「分かりました、父上。是非とも一緒に行かせてください」
「うむ、私がいない間はいつも通り頼んだぞ」
「分かったわお父様、レトスもしっかり頑張りなさいね」「レトスなら大丈夫よ」
いつも通り姉さん達は適当にそう言った。
「しっかり責務を果たしてくるよ姉さん。ルーチェも他の人に迷惑をかけない様にね?」
「うん……お兄ちゃんも頑張って」
「しっかりお土産も買ってくるから元気出してよ」
この時妹が引き攣った笑顔をしているのを僕は気づかなかった。
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見回りを始めて2週間が経った
「そろそろ館に着く、準備しなさい」
「分かりました父上」
始めての長旅のせいか案外疲れてしまった……でも有意義な体験も出来た。
王都に始めて行くことができたお陰で見知らぬ本も沢山買うことが出来た、ルーチェもきっと喜ぶだろうなぁ……
ルーチェの笑顔を考えると自然と顔が緩み切ってしまう。そんなことを考えていると……
「つきましたよ?お坊ちゃん」
「もう着いたのか、ありがとう爺や」
本を持って馬車から降りると姉さん達が迎えてくれた。
「あらおかえりなさいレトス」
「姉さん達……ただいま、あれ?ルーチェは何処です?」
(姉さん達はいるのにルーチェがいない……この時間帯は特に何もないはずだけど……)
「ルーチェ?知らないわ」「私も知らないわね」
「知らない?」
どうでもいいことかの様に反応する姉さん達に不気味な雰囲気を感じたのだ。普段から適当な姉さん達だけど、今日は妙に嫌な予感した。何かとても恐ろしいことが起きてると……漠然とした不安が脳裏をよぎった
(今すぐにでも確認しなくては!)
いてもたってもいられなかった。家族の制止の声を無視してルーチェの部屋に向かった
ーー。
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ーーーーーーーー。
「は…………は?」
部屋はもぬけの殻だった
「レトスそんなに焦ってどうしたの」
焦ってる自分とは裏腹に呑気な声をあげる姉を見て、理解ができないまま服を掴み叫んだ。
「どうしてルーチェの部屋に何もないんですか!一体何処にやったんですか!」
「何処にって言われてもね〜?」「そこらへんに捨てたのだからわからないわ」
「捨てた?一体どうして!?どうしてそんなことを!?」
普段と変わらない笑顔のはずなのに……姉さんの笑顔が不気味でしょうがない。
「貴方のためなのよレトス?妾の子なんて穢らわしいじゃない?」
「あんなのが妹とバレたら貴方の汚点となってしまうでしょう?」
「でも貴方は優しいから……変な噂が出回る前に私たちが対処したあげたのよ?」
「それに妾の娘があんなに好待遇だったのは奇跡だったんだから」
「何を……妾の子なんて……そんなの家族には関係ないでしょう!!」
何を言ってるんだ?一体何を………………目の前にいるのは本当に姉さん達なのか?もっとおぞましいナニカではないのか?他の家族は知っているのか?いや知っているに決まっているだろう、でなければ部屋にあった荷物を全て捨てるなんて不可能だ。
待て、こんなことを考えてる暇があるのか?今すぐ助けに行かないといけないんじゃないか?でもどうやって探す?がむしゃらに探して見つかるのか?この思考に意味はあるのか?もう奴隷商に捕まってるかも知れないのに…………早く助けに!
混乱した思考の中ふと冷静になった自分がいた。
(もし見つけられたとして何処に逃げればいい?家にはもう妹の敵しかいないのに…………なら二人で逃げるか?それしかないのか?)
レトスは追い詰められていても冷静に客観的に状況を見ていた。だからこそ二人で逃げるという選択肢しかないことにすぐ気がついた。
(今すぐ準備をしよう!地図に服に金貨、光魔石に携帯食……水は魔法でいい、これ以上は荷物は増やせないか……よし!探しに行こう)
レトスは家を飛び出し家族の制止の声を無視して街を走り回った。
「すいません!どなたか私と同じ色の髪をした少女を知りませんか!どなたか知りませんか!」
(焦るな、きっと見つかる!見つけて見せる!)
「僕の妹なんです!見つけた方には賞金も払います!」
(きっと……きっと見つかる筈だ)
「本当に知りませんか!?本当に大切な妹なんです!」
(見つかる……見つかるはずなんだ……見つけなくちゃ、こんなのおかしいんだ)
がむしゃらに探し回って一日がたった。家からの追手から逃げるため一度路地裏に隠れるが……落ち着くと嫌な想像が止まらない。
(本当にルーチェはいるのか?家からの追手を撒きながら探すのにも限界がある……目撃情報も一定時間帯から急に無くなった……もしかしてもう…………いや、そんな筈はない!絶対に見つけて……)
「お兄ちゃん……?」
「え?」
ずっと聞きたかった声が後ろから聞こえた。
振り向くと変わり果てた妹がいた。
瞳は光を映さず目は見開き隈がすごい……恐怖で寝れなかったのだと察せられた、服はボロボロでうす汚れている。
骨が浮いて見えるほど体は痩せ細って…………自分が知っていたルーチェの姿はもうなかった。
「お、お兄ちゃん……お兄ちゃんは私のこと嫌い?」
泣きそうな顔でルーチェはそう言った。
僕はなんて愚かな者なんだろう……自分の才能に知らず知らずのうちに溺れて天狗になっていた……最愛の妹を守ると誓っておきながら家にいる者達の悪意に気付かずに……自分のせいで悪意に晒された妹はどんな気持ちだったのだろう。
怖くて怖くてしょうがなかったはずだ。
少なくともこんなことを聞いてくる様な子ではなかったのだ、僕の愚かさが妹に消えない傷をつけてしまった。
気ずいたら妹を抱きしめていた
「ごめん!本当にごめんっ、もう二度離れないからっ……必ず守るから。もう約束を破らないから」
「一緒?ずっと?」
「あぁ、ずっと一緒だ」
堪えていたも何かが決壊したんだろう、普段あんなに可愛い妹が顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「う、あぁ、ぁっ、あぁぁっっ、あっ、あぁぁぁ」
妹が胸の中で泣き始めた、悲痛とも言える叫びだった。
「怖かったっ、怖かったよぉ……お兄ちゃんに会えないまま死ぬのが怖かった!死ぬのが怖かった!」
「だからもう……離れないで一緒にいて!何処かにいかないで…………」
「あぁ、何度でも言うよ。ずっと一緒だ」
誓うよ、ルーチェを今度こそ守りきるって
その日、ドクトリン家の跡継ぎが消えた。




