File 16.5 ちょっとだけ家族になりました
それは、まだ私がシン先輩とパートナーを組んでいた時の話である。
「……ん?」
今日は寿命を迎える魂を回収する仕事が三つ入っている。悪霊とドンパチしている時よりも余程平和な――いや人が三人も死ぬのだから別に平和でもなんでもないのだが――仕事だ。
まず病院で眠りながら息を引き取ったお婆さんの魂を回収し、そして次の人の元へ向かおうとしていた時のことだった。
どこかで微かに悲鳴のような声を聞いた気がして足を止めると、同時に先輩も立ち止まりいつも通り鋭い目をある一点へと向ける。
私も釣られるようにその視線の先を追いかけると、遠目に見える街角に三匹の犬の姿を見つけた。
「あ」
そして見つけたのはそれだけではない。その犬が取り囲むようにしている中央には幼い女の子がおり、怯えた顔をして今にも泣きそうになっていたのだ。
今にも女の子に飛びかかりそうな犬が居ても周りの人間は気にも留めない。……いや、そもそも気付いてすらいない。何しろその犬達も女の子も、どちら半透明の存在だったのだから。更に言えば、犬の方は体から見るからによろしくない黒い靄のようなものが吹き出ている。……悪霊だ。
ぐるる、と唸り声を上げて犬が女の子に襲いかかろうとしたその瞬間、先輩が先に動いていた。
女の子に噛み付こうと犬の悪霊が牙を剥く。しかしその牙が届くよりもずっと早く、先輩の鎌が犬の横っ面を勢いよく振り抜いた。そしてほぼ同時に別の一匹にはその無駄に長い足で蹴りが入り、きゃん、と弱々しい声を上げて二匹の犬が同時に吹き飛ばされる。
残りは一匹だがその犬は先輩の威圧感に完全に怯んでおり、あっという間に全速力でその場から逃げ出していた。
「シュリ」
「分かっていますよ、っと!」
そしてそのもう一匹は、すぐさま目の前に立ちはだかった私の鎌の餌食となる。犬は一度見失うと探すのが大変なので外から警戒しておいてよかった。
先輩が吹き飛ばした二匹の魂も回収すると、私達は襲われそうになっていた女の子に近付いた。
「っ、ふぇ……」
犬が怖かったのか近付いた先輩が怖いのかとうとう泣き出してしまった半透明の女の子。しかし私はその子の魂を回収する訳でもなく、少し困って隣の先輩を見上げた。
「先輩、この子……」
「ああ」
一見浮遊霊に見える女の子の魂には、まだしっかりと寿命の数値が刻まれていた。
□ □ □ □ □
「課長ー、戻りました」
「ああ、お帰りシュリちゃん、シン。……その子が話していた子だね」
一旦死神界へと戻った私達が課長の元を訪れると、彼はすぐに椅子から立ち上がって私達に……正確に言うと私の腕の中で泣き疲れて眠っている女の子を見る為に近付いた。
魂の状態だがまだ生きている女の子。課長にそう報告すると一度自分の元へ連れて来て欲しいと言われたのだ。
「……うん、確かにまだこの子は死者じゃないね」
「でもよかったんですか? 魂だけとはいえ生きてる人間を此処に連れて来るなんて。死神のこと知られちゃいますよ?」
「いや、それは大丈夫だ。器……人の体から抜け出た魂は基本的に記憶を完全に蓄積することはできないから」
「そうなんですか?」
「脳と直接繋がらなくなってしまうからね。だから器に戻ると幽体離脱していた時の記憶は無くなる……まあぼんやりは覚えているかもしれないが、意識が無い時のことだから大体は夢として認識されるんだ」
課長の説明に、そういえば前に悪霊に捕まっていた女の子に死神だと言ってしまったような……と思い出す。あの子も魂だったからセーフだが、今思えばやばかったな……。
「この子も悪霊か何かに魂を引っこ抜かれたんですかね?」
「さあ、それはこの子に聞かなければならないが……何はともあれ、この子の器を見つけ出さないことには体に戻れない。それでシュリちゃん達には、調べが終わるまでちょっとこの子を預かっててもらいたいんだが」
「それは別にいいですけど……」
これだけ年の離れた子供の相手をすることなんてなかったからちょっと不安だ。……ここって生き霊迷子センター的なものはないのか。
ぼんやりとそんなことを考えていると、今まで隣で終始無言を貫いていた先輩がちらりとこちらを見下ろして口を開いた。
「お前が面倒見ておけ」
「え、先輩は?」
「まだ仕事が残っている。それに……」
「それに?」
「……怯えられて泣き喚かれると面倒だからな」
「流石先輩自分のことよく分かってますね」
この凶悪な視線を向けられたらちびっ子は号泣必至である。真顔になってうんうん頷いているとまさしくその凶悪な目で睨まれた。慣れたことは慣れたがやっぱり怖い。
そのままさっさと先輩は部屋から出て行く。少し乱暴に音を立てて扉が閉められると、その音の所為か腕の中で眠っていた女の子が身動ぎしながら小さな声を上げ、ゆっくりとその大きな目を開いた。
「……? ここどこ?」
きょとん、と不思議そうな表情を浮かべた女の子にどう言うべきか言葉を選んでいると、先に課長がにこっ、と先輩とは真逆の子供受けの良さそうな微笑みを浮かべて女の子と目を合わせた。
「こんにちは。君の名前はなんていうのかな?」
「だれ? 知らない人にお名前教えちゃいけないってママが言ってたよ?」
「僕は課長っていうんだ」
「課長て」
そういえば課長って役職しか知らないけど名前って何て言うんだろう。
「かちょう? ……あ、知ってる! パパを怒る悪い人だ!」
「うーん、人違いかな。僕はいい課長だから」
「そうなの?」
「そうそう。それで、君の名前は?」
「あーちゃんはね、あーちゃんっていうのよ。来年小学生になるの!」
「あーちゃん……名字は分かるかな?」
「?」
課長の言葉にあーちゃんと名乗った女の子は不思議そうに首を傾げる。名字という言葉の意味が分からなかったのかもしれない。
と、不意にあーちゃんが顔を上げて自分を抱き上げている私を見て「おねえちゃんはだれ?」と、こてんと頭を傾けた。
「私はシュリって言うの」
「シュリおねえちゃん?」
「うん。それで……あーちゃんはここに来るまでのこと、何か覚えてることとかあるかな?」
「えーっとね。……あ!」
「何か思い出した?」
「あのね、真っ黒なおにいちゃんがね、怖いわんちゃんをどかーんってね」
「ああ……」
「おにいちゃん……いないねー」
あーちゃんはきょろきょろと辺りを見回して少し残念そうな顔をする。すごいなこの子、あんな悪霊を捕まえる時の普段よりも二割増しで怖い先輩の顔を目撃しておいてむしろ居ないのを残念がってる。将来大物になるな。
「実際大物というか怪物になりつつある子が言うと説得力あるね」
「誰が怪物ですか」
「君達二人が仕事してるところ、他の子達が見るとどん引きしたり戦意喪失したりするから合同任務に出せなくて困ってるんだよねえ」
「え、確かに最近そういう任務無いなって思ってましたけどそういう理由だったんですか」
「まあその分複数でやるような任務を二人に任せることもあるけど。あーちゃん、他には何か覚えていないかい? その真っ黒なお兄ちゃんに会う前のこととか」
「あのね、パパとママとお山でピクニックしてたの。それでね、ちょうちょがいたから追いかけてたら、どこかから落っこちちゃった!」
「え」
「それでいつの間にか怖いわんちゃんがいたの!」
あまりにもさらりと告げられた爆弾発言に私と課長は一瞬絶句して顔を見合わせた。山でどこからか落っこちた、ということは崖か何処かから落下したのだろうか。幸い落ちた時の痛みなどは覚えていないようで少しだけほっとする。私も出来るだけ電車に轢かれた時の痛みは思い出したくない。
「……まあでも、生きててよかったですね」
「器を確認するまでは何とも言えないが……とにかく今の情報から該当する人間を探してみよう」
「ねえねえ、あーちゃんのパパとママは? どこ?」
「うーんと……あーちゃん、君のパパとママは今迷子なんだ」
「迷子なの? 二人ともしょーがないなー」
「そうなんだ。僕がこれから二人を探してあげるから、見つかるまでシュリちゃんと一緒に待っててくれるかな」
「分かった!」
しっかり頷いたあーちゃんを見て満足そうな顔をした課長に「じゃあこの子の頼むよ」と言われ私もこくりと頷く。
あんまり気難しそうな子じゃなさそうだし、何より先輩も怖がらない珍しい子だ。多分何とかなるだろう。
「あーちゃん、少しの間よろしくね」
「うん!」
にこにこ笑うあーちゃんを抱き上げたまま課長に軽く会釈をして部屋を出ようとする。……が、私がドアノブに手を伸ばすよりも早く目の前の扉は勝手に開かれ、同時に聞いたことのある声が聞こえて来た。
「課長ー、仕事終わって……あ」
目の前に現れたのは疲れたように肩を落としたクマさんと、彼よりも大柄な男性……恐らくクマさんのパートナーらしき人だった。
クマさんはぽかんと口を開いて私を見ると、「う、嘘だろ……!?」と酷く驚いたように声を上げてあーちゃんを指差す。
「課長との隠し子!」
「んな訳ないでしょうが!!」
「シンに睨まれるからそういう発言は困るなあ……」
課長も気にする所が違う!
□ □ □ □ □
死神界は娯楽が少ない。そしてそれが子供向けになるともう存在しないと言ってよかった。
そもそも死神になるのはその仕事が出来ると判断出来る年齢……若くても中高生くらいからだ。よってそれ以下の年齢の子供は死神界にはおらず、あーちゃんが気に入るような玩具や絵本などは当然売っていない。
ならば人間界に戻って映画を見るという手もあるが……少し前に悪霊に襲われていたことを考えると万が一を考えて人間界に行くのは止めた。まだ生きているというのにそれでまた悪霊に出会って死んでしまったら元も子もない。
「まだー?」
「もう少しだよ」
結局考えた末に選んだのは、一緒にお菓子作りをすることだった。うちでは狭すぎるので場所は勿論先輩の家である。
椅子の上に立って待ち遠しそうにオーブンレンジを覗き込んでいるあーちゃんが微笑ましくて、妹が小さい頃を思い出す。
一緒に作ったのはクッキーだ。生地は混ぜるだけで失敗も少ないし、型抜きをするのは子供も喜ぶ。ちなみに私はひたすら型抜きをして穴あきになった生地を纏めて伸ばしあーちゃんに渡す係であった。
ちなみに魂の状態とはいえまだ生きているあーちゃんが死神界のものを口にして大丈夫なのかとちょっと心配になったので一応課長には確認を取ってある。死者の国の物を食べると戻れなくなるとかそういう話があったと思うので尋ねてみたが、返答は「大丈夫大丈夫」とあっさりしていた。
曰く「うちの食べ物はあくまで嗜好品として見た目や味を人間界の物と同じにしているだけで、実際食べた所で魂に何の影響も無い。味と食感のある空気みたいなもの」とのことだ。それは最早空気じゃない。
……と、まもなくクッキーが焼き上がるという所で玄関の扉が開かれる音がした。
「あ、帰ってきた」
「?」
「あーちゃん、さっき言ってた黒いお兄ちゃんが帰ってきたよ」
「ほんと!?」
慌てて椅子から降りたあーちゃんが一目散に玄関の方へ走って行く。私も後を追って廊下から玄関を覗き込むと、何とも言えない少々困惑したような表情を浮かべた先輩と、そんな先輩のローブを引っ張って「まっくろー!」と嬉しそうにしているあーちゃんがいた。
「先輩、お帰りなさい」
「おかえりなさーい」
「今帰った。……なんなんだこいつは……」
「あーちゃん!」
「先輩を見ても怖がらないあーちゃんです。よかったですね泣かれなくて」
自分を見ても泣かないどころか懐いてくる子供に先輩は酷く不可解そうに眉を顰め、しがみつくあーちゃんごと家の中に入って来た。
その時台所の方でピー、とオーブンレンジが音を鳴らす。
「あ!」
「焼き上がったみたいだね」
「菓子でも作っていたのか」
「はい、クッキーですよ」
甘い匂いがしたらしい先輩の言葉に頷き、ばたばたと台所に戻っていくあーちゃんを慌てて追いかける。勝手に取り出そうとしていたら大変だ。
ちゃんとレンジの前で待っていたあーちゃんに「はーやーくー」と急かされながらクッキーの乗った天板を取り出す。
全て皿に移し終えるとあーちゃんは早速クッキーに手を伸ばし掛けるのでそれを止め、代わりに一つクッキーを取ってやる。子供の手にはまだ熱いだろう。
少し冷ましてやってから口を大きく開けるあーちゃんに苦笑して、花の形をしたクッキーを食べさせる。
「おいしー!」
「よかったね」
「もう一つ取って!」
そう言われてもう一つクッキーを冷ますと、あーちゃんは今度はそれを手にとって先輩に差し出した。
「おにーちゃんにもあげる! 口開けて!」
「自分で食うからいら」
「開けて!!」
「……」
全く引き下がらないあーちゃんに先輩も反論の言葉を止め、小さくため息を吐いた。クッキーを持った手をぐいぐい上に上げているあーちゃんを先輩の顔の近くまで持ち上げてやると、少し黙り込んだあと諦めたようにクッキーを食べてくれた。
「……先輩って意外と子供に弱い」
「何か言ったか」
「いえ別に」
まあ悪霊ならば子供だろうと犬だろうとまるで容赦の欠片もなくぶっ飛ばすが。
クッキーの皿を居間へ持って行き、お茶を淹れる。こたつ布団を取り除いたテーブルでクッキーを食べながら、主にあーちゃんがしゃべるのを聞いてのんびり過ごす。
「それでね、ママにピンクのランドセル買ってもらったのー」
「ピンク……私の頃赤と黒しか無かったなあ。あ、先輩の頃ってそもそもランドセルってあったんで」
「ぶっ飛ばすぞ貴様、見たことぐらいある」
小さい子供の前だから一応配慮しているのか本当にぶっ飛ばされることはなかった。
「それでね、小学校はよっちゃんと一緒で」
「おい、零すな」
喋るのに夢中でクッキーの欠片をテーブルにぼろぼろと零しているあーちゃんに先輩が眉を顰める。私が台所から布巾を取ってくると、先輩はその間にあーちゃんの口元についた食べかすを払ってやっていた。思った以上に面倒見がいい。
「……おにいちゃんとおねえちゃん」
「ん? どうしたの?」
テーブルを拭いているとあーちゃんがじいっと私達を見つめて来る。
「パパとママみたい」
「ぱ……っぎゃあ!」
その瞬間、手元が狂ってまるでホッケーのように先輩の方へ湯飲みを思い切りはじき飛ばした。
そしてその日の夜。三人で寝ると言って聞かなかったあーちゃんに折れて私達は同じ部屋で布団を並べて横になっていた。ちなみに普段はこの家に泊まることはあっても流石に別の部屋である。しかしながら布団が二組しかないので、あーちゃんは私の布団で一緒に寝ることになった。
布団に入るとすぐさま眠ってしまったあーちゃんの可愛い寝顔を眺めて思わず顔が緩む。
「私も、もう少し長く生きてたら子供居たのかな……」
思わずぽつりと零してしまった瞬間隣の布団が僅かに動いた。……しまった、まだ起きてたのか。
「……悪かったな」
「あ、いえその……」
滅茶苦茶気まずい。先輩は私の死に責任を感じている所があるし。
あわあわと少し焦っていると、すやすや寝息を立てていたあーちゃんがむずがるように動いてぎゅっと私の服を掴んだ。
「ぱぱ……まま……」
縋るように抱きつかれ、私は今まで感じていた焦りを忘れてそっとあーちゃんの背中に手をやった。
「早く、帰してあげたいですね」
「……そうだな」
魂だから体温はないけど、温かかった。
□ □ □ □ □
「あーちゃんの身元と器の場所が分かった」
翌日課長からそう連絡が入り、私達は早速あーちゃんを連れて人間界へ降りた。
家族でピクニックに山へ行き、そして少し両親が目を離した隙に居なくなったあーちゃんは山道から足を踏み外して下に落ちた。現在は病院で意識不明で入院しているという。
病院へ行く道すがら私はあーちゃんを抱え、そして先輩は前を歩きながらついでとばかりに目に付いた浮遊霊を鎌で回収していく。
「おにいちゃん捕まえるの上手だねー」
「そ、そうだね」
まるでカブトムシを捕まえるのが上手いみたいなニュアンスだが、実際捕まえているのは恐怖を貼り付けて先輩から逃げ惑う人間である。教育に悪い。
そんなことを続けながら無事に病院に着いて教えられていた病室へ向かうと、そこにはベッドに寝かされている女の子と、そして力のない彼女の手を必死に握りしめて涙を流している男女が居た。
目を閉じている女の子の顔は、昨晩見た寝顔と同じだ。
「パパ……ママ!!」
彼らを見た瞬間、あーちゃんはそれ以外周りがまったく見えなくなったかのようにすぐさま私の腕の中から抜け出して一目散に走り出す
小さな足がどんどん彼ら――両親に近付いていく。そして彼らにあーちゃんが飛び込んだその時、半透明だったあーちゃんの姿は空気に溶けるようにして消えた。
「……ん……」
「天音!」
そうして彼女が消えた途端、眠っていた女の子の瞼がぴくりと動き、そしてゆっくりとその目が開かれる。
「……パパ、ママ」
「天音……よかった、本当に……っ」
わっと声を上げて泣き出した両親を不思議そうに見るあーちゃん。私はそんな彼らを見ながら、「行くぞ」といつものように声を掛けて来る先輩の背を追いかけて病室から出て行った。
……嬉しいような、寂しいような、そんなちょっと複雑な気持ちだった。
□ □ □ □ □
「……あ」
「どうした」
「先輩ほら、あーちゃんですよ」
それから数ヶ月後。いつものように人間界で仕事をしていると、たまたま通りかかった幼稚園であーちゃんの姿を見つけた。もう退院したのか、ブランコを漕ぐ姿はとても元気そうだ。
「みんなー、教室に戻ってねー」
カラフルなエプロンをした先生が子供達を呼ぶと、あーちゃん達は教室の中へ入っていく。私はその時つい、その場を離れようとしていた先輩のローブを掴んで教室の方へとぐいぐい引っ張った。
「おい、何をしている」
「せっかくですからもう少し様子見て行きましょうよ」
「仕事中だ」
「少しだけですから」
「……」
しばらく睨み合っていると不意にローブを引っ張っていた手を引き剥がされ、「その分働けよ」と舌打ちと共に許可が出た。任せて下さい。
先輩と共に教室の中に入ると、室内は紙の輪っかが繋がれたもので飾られており、子供達の前にはいくつかのお菓子が置かれていた。
「今日はハロウィンですね。みんな、作ってきたものを見せてください」
「あ、今日ハロウィンだったんですね」
「何だそれは」
「何か子供がお化けとかの仮装していたずらしたりお菓子もらったりするイベントです」
私が生きていた時も流行り始めだったので正直詳しくはないが大体皆そんな認識だろう。先生の言葉に「はーい!」と元気よく返事をした園児達は各々作ってきたらしい仮装姿になる。
大体は幼稚園児らしく厚紙で作ったとんがり帽子を被った魔女や、額に白い三角の布を付けた幽霊などが多い。また段ボールで四角いカボチャのかぶり物を作った子や、はたまたこれは絶対親が作ったであろうと分かるクオリティの高いマントと牙を付けた吸血鬼もいる。
「さて、あーちゃんは、と……は?」
「……」
一人一人前に出て発表をしていく中、あーちゃんは何の仮装にしたのかと彼女を姿を探し……そしてあーちゃんを見つけて一瞬ぽかんとしてしまった。
「天音ちゃん、それは何の格好かな?」
「おにいちゃん!」
思わず噴き出した。
先生に呼ばれて皆の前に出てきたあーちゃんは、黒いゴミ袋に顔と手を出す穴を開けてローブのようにしており(ここまでは魔女の子と一緒)、しかし頭は出さずに顔だけを外に出し、そしてその右手には虫取り網が握りしめられていた。
「お、お兄ちゃん?」
「えっとね、まっくろでね、はやくてね、わんちゃんをどーんと蹴ってね、網で叩いてた!」
「……あーちゃんその人何処で見たの?」
「わかんなーい」
い、意外と覚えてる……。課長は夢みたいな認識になると言っていたが……まだ小さいから夢だったとしても区別が着いていないのかもしれない。
まあ死神だとは分かっていないようだし大丈夫かなと思っていると、あーちゃんの話を聞いた先生が眉間に皺を寄せて「犬を蹴って叩く……」と深刻そうにあーちゃんの言葉を繰り返した。
「……不審者として保護者に連絡回さないと」
「ふ、先輩が、不審者っ……! 確かにそう見え――いたあっ!?」
再び堪えきれなくなって噴き出すと、当然のように隣から無言で容赦のない一撃が飛んできた。




