表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/170

崩壊。

 時はシオン達がヴァリブトル地下迷宮から帰還する、三日前に遡る。






 サーグラ国城下町は、混沌と化していた。


 城下町は魔物の進入を防ぐ外壁に囲われた、安全性を約束された町。そのはずだった。

 にも関わらず、外壁からの進入を許したという報告等が一切なかったというのに、突如として町中に魔物が出現したのだ。

 町じゅう至るところから響き渡る叫び声、怒声、そして魔物達の不気味な呻き声。


 出現した魔物は、バンダースナッチと名付けられた新種の危険極まる異形の魔物。


 数十もの数のバンダースナッチは、出現すると同時に手当たり次第に無辜の民を襲い、殺戮を開始したのだ。

 そのバンダースナッチの出現に呼応するように、町中から空に飛び立つ存在も現れた。以前サーグラ国騎士団がバンダースナッチの討伐を行った際に同時に出現した、奇怪な新種の空を飛ぶ魔物だ。小柄ながらもバンダースナッチと似た外観をしたその魔物も、上空から溶解液を人々に吐き掛け無差別に襲う。それまで平和な日常を送っていた城下町は、一瞬にして地獄絵図と化したのだ。


「市民の避難を優先しろ! 一人でも多く生きている民を救え!」


 奔走する兵士達に絶えず指示を出すバネッサ。バンダースナッチは強力な魔物だ。一匹の討伐に対して一個師団の隊で挑まなければ安定した勝利が望めない程。そんな魔物が数十も同時に出現したとなっては、例外を除いて正面から挑んで倒せるはずもない。せめてここは人的被害を最小限に留めなければ。


 ……この魔物供はどうやって町中に出現した?

 兵士や騎士団への指示を出し続け、自らも忙しなく立ち回りながらバネッサは、この事態の原因を思案する。バンダースナッチ達は外壁を突破して進入したわけではない。目撃者の証言によると、町中に突然現れたらしい。地下から這い出て来たわけでもなく、本当に突然だったとの事だ。空を飛ぶ魔物も同様。これは一体どういう事なのだ?

 バンダースナッチが今まで見せていなかった新たな特性か? それとも、何らかの手段で町中にバンダースナッチを手引きした存在がいるのか? だとしたら、よもや魔族が……?


「副団長! 危ない!」


 思案を巡らせていたバネッサは、自らに掛けられた部下の騎士の声で我に帰った。そして自身の不覚を悟った。一体のバンダースナッチが攻撃の届く距離にまでバネッサの背後に近付いていたのだ。既にバンダースナッチは異常に発達した右腕を振り上げ、今まさにバネッサに向かいその凶爪を振り下ろさんとしていたのだ。


 回避は、不可能。防げるか? 無理だ。これは、死……


 迫る巨爪はしかし、直撃する直前で軌道が逸れ、バネッサの側の地面に深々と突き刺さった。その腕には一本の矢が生えている。この矢に射抜かれた事によって、バンダースナッチの攻撃が逸れたのだろう。理解すると同時にバネッサは即座にバンダースナッチから離れ距離を置く。


「ボーゥ……」


 地面から自らの爪を引き抜きながら、バンダースナッチは矢が飛んで来た方向に空洞の穴がひとつ空いているだけの顔を向けた。その先に居るのは、このサーグラ国騎士団に所属する騎士の中でも最高の実力者、イサミだった。

 イサミは新たな矢を次々とバンダースナッチに向けて射る。バンダースナッチは構わずイサミに近付こうとしたが、その矢は硬質であるはずのバンダースナッチの皮膚に例外なく突き刺さる。首元、腹、足、肩……。苦痛に仰け反るバンダースナッチに対し、イサミは弓を捨て剣を抜き、一瞬で近付き間合いを詰め、首に目掛けて斬撃を放った。

 頭部を失ったバンダースナッチの身体は力なく崩れ落ちる。流石は唯一単身でバンダースナッチに打ち勝てる実力者だ。その腕前は以前よりも遥かに上達している。


「無事か、バネッサ」


「ああ、助かった。感謝する。状況は?」


 バネッサは助けてくれたイサミに礼を言い、報告を促した。


「最悪だ。連中、町の至るところに現れている。一体一体倒していては被害が抑えられない。それに……」


 イサミの報告を聞いている最中に、遠くから轟音が……爆発音が聞こえてきた。


「今のは!?」


「恐らく新種だ。出現した魔物は、バンダースナッチと飛んでいる奴だけじゃない」


 そこまで話してイサミは、捨て置いていた弓を拾い上げ爆発音がした場所に向かい駆け出した。バネッサもそれに続く。イサミが新種の魔物の存在に気付いたのは、十中八九持ち前のずば抜けた感知能力が理由だろう。今までに感じた事のない魔物の気配を察知したのだ。


 向かった先では、元は住居が建っていた場所のはずが、焦げた瓦礫が散乱しているだけになっていた。建物が、恐らくは先程の爆発によって倒壊したのだろう。


「酷い……」


「こんな破壊方法、バンダースナッチや空の奴等にはなかった……見ろ、あいつだ」


 唖然とするバネッサに語りながら、イサミは瓦礫の山とは別の方向を指差した。バネッサが目にしたのは、二人から離れた位置にある建物の合間から這うように現れた、新たな異形の姿だった。


「ブプブ、ブプブブブ……」


 奇怪な音を出すその存在は、成人の腰あたりまでの大きさの、つるりとした表面の鈍色の球体。その球状の物体は人間を思わせる短い手足が生えており、ゆっくりと四つん這いになって蠢いている。

 バンダースナッチや空を飛ぶ魔物と酷似した体色の魔物。この異形も、恐らくはバンダースナッチに関係する魔物なのだろう。


「こいつが……」


 怒りに任せて剣を抜き、その魔物に向かおうとするバネッサだが、目の前のイサミに制された。


「近付かないほうがいい。この惨状を見ろ。遠距離から攻撃すべきだ」


 冷静な判断を下し弓を番えるイサミ。そんな二人の姿に気付いたらしい球体の魔物が、ゆっくりとこちらに近付き始める。

 イサミはすぐに矢を放った。球体の魔物はその矢を避ける事も身を守ろうともしない。バンダースナッチのように高い硬度を有する肉体なのだろうか? その一瞬の予想を余所に、放たれた矢は魔物の中央に深々と突き刺さった。


「ブ、ブ、プ、ブ……」


 矢に穿たれた箇所から、無数のヒビが魔物の球体の身体に走る。魔物から苦しげな呻き声が漏れ出るのが聞こえた。なんだ、意外と呆気ない……バネッサがそう思ったのもつかの間、


「予想はしていたが、やはりそういう事か。下がれバネッサ!」


「え、なっ、イサミ!?」


 突如叫んだイサミがバネッサの手を引き、球体の魔物から離れるように駆け出した。わけがわからず戸惑いながらも引っ張られるままにイサミについて行く。駆けながら思わず振り返ったバネッサの目に映ったのは、球体の魔物の身体、ヒビ割れたその箇所から光が溢れ出す瞬間だった。


 轟音。熱風。あたりに吹き飛ばされる、それまで建造物を形取っていた煉瓦。


 バネッサとイサミは、爆風に晒されないようにその直前に地面に伏して免れた。この爆発は、イサミが射抜いたはずのあの球体の魔物の仕業か。


「絶命する瞬間に自爆する魔物か。厄介な……」


 起き上がった二人が見た光景は、魔物の姿は跡形もなかったが、それまで魔物が居た場所の周囲の建物は半壊し、地面は円状に抉れていた。中級魔術以上の威力はあると見て間違いない。


「こんな危険な魔物まで町中に……」


「……この町はもう駄目かもしれん」


 新たな魔物が引き起こした現状を目の当たりにしたイサミの呟きに、バネッサは激昂した。


「貴様! 騎士ともあろう者が守るべき町を見捨てるような発言をするとは何事か!」


「なら今の魔物をどう処理する!? 倒しても自爆し周囲に被害を及ぼすこいつらが、まだまだ町中には沢山湧いているんだぞ!」


「なっ……」


 怒鳴るバネッサに対するイサミの反論の言葉に、絶望を覚えた。今の魔物が、まだ沢山町中に存在していると言うのか!?


「……最悪、この町は放棄する事になるかもしれない。とにかく、今は一人でも多く市民を救助すべきだ。それが俺達にできる最善の手だ。そうだろう、副団長!」


 告げられた事実と最悪の結末を覆す術が思い付かず放心するバネッサにイサミの喝が飛ぶ。我に返ったバネッサは苦々しげに頷き踵を返し、騎士達が多く滞在しているであろう場所に向かい歩き始めた。


 今の自分にできる事を。可能な限り最善の手を。私はサーグラ国騎士団副団長、バネッサだ。


 イサミとともに来た道を戻り始めるが、その二人の耳に新たな爆発音が届いた。それも同一の方角から、幾重にも折り重なって発せられる爆音が。

 音の後に僅かに地面が揺れる。大地を揺るがす程の威力の爆発が起こされたのか。


「……今の爆発の方角は……」


 その爆音を聴き立ち止まり、深刻な呟きをするイサミ。遅れてバネッサも、その真意に気付いた。


「まさか、王城が!?」


 二人は即座に行き先を爆発音が聞こえた方角に変更し走り出した。王城は周囲を城壁に囲まれている為に被害は出ないだろうと思い込んでいた。しかし、今の爆発がその城壁を破壊するものだとしたら。

 騎士団や兵士の殆どはこの事態を解決する為に出払っている。王族を守れるだけの戦力が王城に残っているとは思えない。


 どうか間に合ってくれ。一縷の望みにかけて、より一層足を早める。


 やがて二人が到着した城壁は、思いの外崩れてはいなかった。その様子に胸を撫で下ろす。

 だが、ならば先程の爆発音はいったい何処から……?


「城門に急ごう」


「ああ!」


 すぐにイサミが次の行き先を示し、再度走る。王城に入る城門にはすぐに到着した。が、


「これは……」


 城門は開け放たれていた。そしてその下に伏しているのは、首を無くした番兵だった。


 城門の先に見える光景は、


「そ、そんな……」


 それを目にしたバネッサは、愕然として地に膝をついてしまう。


 サーグラ国王城は、見るも無惨に崩れ果てていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ