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少女、湯に溶けながら。

「おうおう嬢ちゃん、ええカラダしとるのぉ? ぐへへへへへ〜」


「やっ、だ、だからそういう事はやめて下さいって……あっ」


 私、カミドリ・マツリは、エリスお姉様の一緒に入浴しようという誘いを断る事ができず、流されるままにアユミが転移魔術によって外の世界から持ってきてくれたドレスを脱がされ二人で作成された風呂場に立ち入った。

 ……別に流されるという表現は水場とかけたわけではない。全然上手くない。


 私がエリスお姉様と一緒に入浴するのを拒みたかった理由は、彼女と初めて会った国境砦での戦の際に恥ずかしい仕打ちをされたからだ。私の、その、む、胸、が、年齢にそぐわない大きさである事に気付いた途端、同じ女性とは思えない程に嫌らしい声と表情で揉みしだかれ……あまり思い出したくない。

 そして案の定、二人とも身につけていた服を全て脱ぎ去った途端にこれだ。下卑た声とともに私の背後から抱きつきながら、両手で執拗に私の胸を鷲掴みにしてきた。精いっぱいの抵抗も虚しく、私の胸はエリスお姉様の好き放題に弄られる。うう、泣きそう。


 そもそもエリスお姉様のこの趣向を抜きにしても、誰かと一緒に入浴するだなんて物心ついた時からこれまでの人生で一度としてなかったし、体験したいだとも思っていなかった。

 エリスお姉様は尊敬しているけれど、それでも無理してでも断るべきだったと今更後悔している。今後は絶対に断ろう。これが最初で最後だ。


 というか、どうして私の胸はこんなに成長してしまっているのか。身長は確か、私の年齢の女性の平均的な基準値を下回っていたはずなのに。そんな成長の仕方など誰も求めていない。むしろ邪魔。アユミのスレンダーな体型が心の底から羨ましく思う。本人は気にしているようなので口に出したら怒られそうだけど。

 エリスお姉様だけでなく、ユートを始めとした私の能力の影響を受けない男性のほとんどが頻繁に私の胸に目線を向けてくるあの不快感。いつか感情に任せて怒鳴り散らしてしまいそうだ。世の中私の思い通りにならない事ばかり。自身の容姿の時点でこれなのだ。理不尽にも程がある。


「うへへへへへ、やわっかぁい……」


 ……私が現実逃避しながら自己嫌悪に陥っている間も、エリスお姉様の手は変わらず私の胸を揉みしだき続けている。お姉様の悦に浸った声で我に帰った私は、意を決してエリスお姉様の手の甲をつねる事にした。えい。


「あいたっ!?」


「エリスお姉様、そろそろやめないとつねりますよ?」


「つねってから言われた!?」


 エリスお姉様は私が割と本気で怒っている事にようやく気付いたらしく、渋々私の胸から手を離した。やっと解放された。なんか凄く疲れた。魔物と戦闘している時のほうがよっぽどマシだ。


 それからは二人とも普通に身体を洗い、背中を洗いあったりして湯船に浸かった。エリスお姉様が後ろから私を抱きしめる姿勢で。今度はさすがに懲りたのか、胸を揉もうとはしなかった。


 ……ところで、背中に当たるお姉様の胸の感触……。お姉様も普通に大きいですよね?


「エリスお姉様、私の胸でなくても、揉むのでしたら自分の胸で良くないですか?」


「もー、わかってないんですからマツリちゃんは〜。自分のおっぱいと他人のおっぱいとじゃあ全然違うんですよ?」


 私の抗議の言葉に反論するお姉様。知りませんよそんな事。


「じゃあ、試しに私のおっぱいを揉んでみて下さい。そうしたら他人のおっぱいの心地よさが理解できるはずです。それによく考えたら私ばっかりマツリちゃんのおっぱいを堪能させて頂いてますものね。ごちそうさまでした!」


「いえ、結構です」


 そして意味のわからない提案をしてくる始末。何ですかごちそうさまって。


 そんな他愛ない話をしながら、二人で湯に溶ける。ああ、幸せ。まさかダンジョン内でこんなにゆっくりとお湯に浸かれるなんて思ってもみなかった。魔力の無駄な浪費だという事はわかってはいるけれど、やっぱりこの至福の時を過ごせるならば文句は言うまい。


「……ありがとうございます、マツリちゃん」


「? 何がですか?」


 そうして揺蕩いながら微睡んでいると、突然エリスお姉様が理由のわからない感謝の言葉をかけてきた。直前のやりとりの中に感謝されるような事は……胸を揉ませて頂いて、とか言うつもりではありませんよね?


「皆さんの特訓メニューを考えてくれた事にですよ。本格的に私達に協力してくれている何よりの証拠じゃないですか」


「……その事ですか」


 エリスお姉様の感謝の理由は、入浴する前の食卓での会話。能力の真価を発揮できていない異界人達の現状を見て発した私の宣言だ。


「協力すると決めたのですから、徹底的に支援するつもりです。あんな話を聞かされた後ですもの」


 第七階層での休息の最中でアユミから語られた、私達異界人がこの世界に招かれた流れ。その経緯については本当に碌でもないものだったけれど、それが発端となって発生した異変。

 古の時代に神々の手によって封印された魔物の王……アユミ達がジャバウォックと名付けた竜の姿を模した異形の存在。国境砦での戦の際に私やエリスお姉様達の前に姿を現したあの魔物。魔物を生み出すという危険極まりない能力を持った、最悪の災害。その存在をどうにかしなければ、この世界に未来はない。


 そんな怪物を相手にしなければならないと聞かされたのだから、今のうちに打てる手は打っておかなければならない。その主戦力となる異界人達の実力が半端なままでは、勝てる戦いも勝てないに決まっている。

 いざ決戦の時に修行不足で返り討ちにあいました、などという結末になってしまっては目も当てられない。というか、私が協力する以上、そんな結果で終わらせてたまるものですか。


「言っておきますけど、エリスお姉様も特訓して頂きますよ? 他の連中よりも能力の研磨はしっかりされていますけど、私とは違ってまだまだ伸び代があるはずですもの」


 修行を疎かにしていると皆を指摘した時にエリスお姉様だけは例外と語りはしたが、だからと言って特訓させないわけにはいかない。成長できる可能性がある以上、鍛錬を続けるに越した事はない。


「たはー、やっぱりそうなりますよね〜。でも、マツリちゃんだってまだまだ成長できるんじゃないですか? パーティーの中でいちばん若いんですもの」


「いいえ、私の強さは皆さんと違って権能の力と直結してはいませんから。私が今以上に強くなるには、より多くの精霊と契約して召喚できる精霊の選択肢を増やすしかありません」


 エリスお姉様は私の発言に異議を唱えるが、これは別に自らを卑下しての結論というわけではない。戦闘においてイーヴィティア神の権能は本当に役に立たないのだ。

 一応は精霊と無条件に信頼関係を築く事ができるという間接的な成果こそあるものの、その能力を鍛える必要性は全くない。成長するとも思えないし。

 とはいえ、一応は私も鍛錬が全く必要ないというわけではない。術式の構築の速度や精密さを向上させられたならばそれだけ戦闘を優位に進められるし、新たな魔術理論を編み出せば戦略はさらに広がる。

 しかしそれらは権能の力によって齎されている他の皆とは違い、私自身の能力の成長によるもの。故に伸び代は他の皆と比べると圧倒的に低いはずだ。

 だから、劇的に実力を向上させる手段は契約している精霊の数を増やす事。しかしそれは対象となる精霊が目の前に居なければならないので自由に行えるわけではない。このダンジョン内で私の実力が向上する機会は恐らくないだろう。


「あれはどうです? 私と戦った時に使った、精霊さんと合体する魔術! 使いこなせたら凄そうだと思うんですけど」


「あれは金輪際使いません」


「え!? どうしてですか!?」


「……使う度に全裸になりたくないです」


「あー……」


 エリスお姉様との決戦の際に切り札として使用した憑依召喚。精霊を自らの身体に憑依させる事でその精霊の能力を自分の意志で自在に操る事が可能となる、召喚魔術の到達点……だと思っていた技術。しかし実際使ってみて、その欠点が浮き彫りになった。


 まずはやはり反動。そもそも憑依状態だと本来の召喚魔術が使えなくなり、そのうえこの状態が解除された時の反動が予想を遥かに上回る深刻さだった。魔力も体力も全て尽き、行動不能に陥ってしまう。恐らくこの反動を軽減するのは難しいだろう。いくら使用しているのは憑依している精霊の能力とはいえ、人間としての能力の限界を遥かに超えている状態を続けているのだ。無事で済むはずがない。


 そして何より……身につけていた衣類が跡形もなく消え去る事。そんな事態が起こる要素が皆無であるはずの闇の精霊を憑依させたはずなのに起きてしまった点から鑑みるに、精霊としての状態を反映させての変化なのだろう。

 そんなデメリットがあると知っていたなら最初から使っていない。しかも憑依状態の間は精霊の精神に思考回路が寄ってしまっているせいか、自分自身はその事に何ら疑問を感じていなかった。今になって思い出して死にたくなる。

 何だあの痴女は!? 私だよ! いっそ殺せ!


「勿体無いですけど、仕方ないですかね〜。あの魔術をマツリちゃんが使いこなしていたら、私も勝てなかったかもしれないくらいだと思うんですけどね」


 エリスお姉様が当時の戦闘を思い出し語りながら恥ずか死している(?)私の頭を撫でる。

 それは私も理解している。憑依状態の時の私はあまりにも冷静さが欠如していた。普段通りの思考回路を保てていれば、エリスお姉様の思惑にも気付けていたはず。というか、この世界の属性相性は一方的な有利関係ではなく相互相殺関係なのだ。互いに相手の魔術を打ち消せる関係にあるというのに、その事が頭から抜け落ち自分が有利だと錯覚し、おかしなテンションになっていた。行動が迂闊にも程がある。


 もしも私の憑依召喚がぶっつけ本番ではなく、本来の冷静さを保ったまま使いこなせていたならば……いや、ないか。全裸になるデメリットを克服する手段が思い浮かばない。きっとそれに気付いた時点でこの魔術は封印していた。精霊の力を受けても崩壊しない服を着ていればあるいは? ……どうやって作れと?


 それに、憑依召喚を使いこなせていたとして、それだけで本当にエリスお姉様に勝てたのだろうか? この人は何だかんだ言って、さらにそれを上回る結果を出してきそうな気がする。何というか、勝てる気がしないのだ。理由はうまく言えないけれど。


「とにかく、あの魔術は封印です。もう使う機会はありませんよ」


「んー、まあ、反動も凄かったですからね〜。仕方ありませんか」


 私の強い決意を聞き、惜しみながらも頷くお姉様。憑依召喚がなくても本来の召喚魔術だけで私はじゅうぶん戦えるはずだ。そう信じて。




 ……。


 …………。




「……そろそろ出ましょう」


「そうですね。ちょっとのぼせちゃいました」


 エリスお姉様と話している間に結構な時間が経ってしまっていた。私の思考自体はあれだけ長くても数秒程度のものだが。二人で仲良くフラフラと湯船から出て、離れた場所に置いてあるタオルに向かって歩き出した。




 身体を拭き、アユミに用意して貰った寝間着を着て皆の元に戻った私達が見たのは、何故か険悪な雰囲気になっているシオンとユート。何があったのよ?

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