新たな課題。
ダンジョン探索の十日目は、丸ごと一日を休息に費やし、十一日目から上の階層へと出発した。予定していた日程よりも早いが、帰還する事になった。これ以上進む階層がないので当然の流れだろう。
帰還するにあたっての注意すべき点、というか、目標は新たに加わった仲間であるマツリとユートとの連携を把握する事だろう。二人の実力自体は嫌という程味わったが、協力して戦うとなると話は別だ。この二人がパーティーに加わる事で全体の行動パターンに変化が生じる可能性もある。ダンジョンから脱出するまでに遭遇する魔物との戦闘で慣れておかなければならない。
というわけで始まった帰還コースだが……この二人、やはり強い。
第六階層でのアンデッドの群れとの戦闘で思い知ったのだが、二人だけでもそれまでのシオン達パーティーの戦闘能力に匹敵する成果を発揮していた。まあ、この二人とシオン達パーティーとでほとんど互角の戦闘を繰り広げていたのだから当然なのかもしれないが。
アンデッドの群れは当初シオン達がこの階層に来た時のデミリッチによる補充こそなかったものの、それでもその実力は理解できた。
ユートが詠唱こそ要するものの、数十のゴーレムを生成して戦闘を開始。その詠唱をしている間はマツリが限定召喚なる技術でユートに近付く魔物を排除。ゴーレムの生成が完了したら今度はマツリが精霊召喚の詠唱を開始し、その間は逆にユートがマツリを守るというコンビネーションを決め、ゴーレムの軍隊で前線を維持し、上級精霊による殲滅で勝利するという完成された戦闘パターンを見せた。こいつら本当に術者タイプのコンビなのかよ?
因みに二人は、それぞれ単独であろうと戦闘を行えるという事も皆に伝えた。マツリは先の戦闘で見せた、ヴァルキリーを即座に召喚する技術を用いればその後の召喚も容易になる。これには魔石を消耗する必要があるので多用こそできないが、本気を出せばシオン達との戦闘の際に披露した通りの実力を発揮できるというわけだ。
ユートはそもそもが近接戦闘ですらマサヤに匹敵する実力を有している。そして、乗り込んでいる黒騎士なるゴーレムの操縦をしながらゴーレム生成の錬金魔術の詠唱を内部で行う事が出来るらしい。マツリに散々特訓をさせられたという苦言も漏れ出ていたが。
つまりこの二人は、他の異界人に比べ自身の能力の研磨が進んでいるとの事だ。
「嘆かわしいわ。私達二人に相当する程に能力を鍛えているのがエリスお姉様くらいだなんて」
マツリが皆の戦闘を目にし言い放ったのがこんな言葉だ。中々に辛辣な意見だ。
この発言にはどうやらアユミまで含まれているらしく、先のマツリ達との戦闘の際に見せたアユミの行動をとことんダメ出ししてきた。
曰く、いくら能力が見破られたとはいえ反動で動けなくなってしまうような手段を用いなければトバリにすら勝てないのは何事か。精霊等のような明確な天敵が存在する事を把握しておきながら対策を全く考えていないのは怠惰でしかない。などなど。普段は自信に満ち溢れているアユミがショックで暫く起き上がれなくなってしまう程だ。容赦ねぇな。
マツリはエリスには甘く評価しているように聞こえるが、これは贔屓目に見ているわけではない。エリスはこの世界に来て間もない時期から他の聖術師に師事させて貰い、自分にできる信仰魔術を多く把握し修得し、その技術を磨く事を怠らずにこれまで続けている。本人はその努力を表には出さないように振る舞っているが、日々精度が上がり続ける魔法技術を見続けていたシオンにはお見通しだ。その事をさり気なく評価された点が自分の事のように嬉しく思ったのは内緒だが。
トモエとマサヤに関しては、シオンがこのダンジョン攻略を提案した際に語った理由が大きいだろう。マサヤは自身の能力について自覚があまりなく、ただ高い身体能力を振るうだけの期間が長かった。トモエは実戦経験が他の皆に比べ圧倒的に足りていない。そのあたりをマツリに看破された結果だろう。
シオンはそもそも、実力は皆より劣っており、唯一皆と同等の戦闘能力に近付ける技術である融合気功術も会得して間もない。使いこなせるようになるにはまだまだ鍛錬が必要だ。ダメ出しされるのも当然でその理由は自分がよくわかっている。
「仕方ないわね。これからは私があなた達に訓練のメニューを考えてあげるわ。そこら辺の魔物の相手なんかよりもキツいのを作ってあげるから覚悟なさい!」
そんな皆の現状を嘆いたマツリがそのように宣言した。側でユートが冗談とは思えない口調で「骨は拾ってやる」とかほざいているが、そんなに苛酷なのか? おい?
ともかく、これまでは何だかんだ緩い雰囲気で続けていた異界人パーティーも終わりを告げ、苛酷な修行が始まるようだ。明日からだけど。マツリ教官による皆の訓練の特別メニューが日程に追加される事となった。
外の世界だと日が沈んだ頃の時間。第六階層の入り口付近、第五階層へと続く階段の手前にある洞窟を今日の野営地とし、その準備をする。トモエの幻術とエリスの結界魔術の手際の良さにマツリが呆れた様子をしていたのはご愛嬌。
食事中にマツリは次々と思い付いた鍛錬内容を皆に語った。主に魔物との戦闘時に各々の行動に何らかの制限をかけさせる方針のようだ。確かに鍛えるにはもってこいかもしれないが、それで誰かが手痛いダメージを受けてしまっては危険なのではなかろうか?
その疑問をシオンがぶつけると、常に全員に制限をかけさせて戦闘をするつもりはないとのこと。半数は万全な状態で戦闘に赴かせ、緊急時には対応させるようにだそうだ。それならまあ、おそらく無理ではないだろう。一応このダンジョン内に出現する魔物は一通り目にしているのだし。
「このダンジョンを脱出するまでには全員、今のあなた達とは比較にならない強さに成長させるわ。絶対よ」
小さな鬼教官様はそんな宣言をして修行に関する話題を切った。これは攻略時以上にハードな帰還になりそうだ。
「ふぅむ、いやはやしかし、内容は苛烈だが確かに理に適った修行内容ではあるな。嫌でも皆がレベルアップできるだろう。さすがは本物の知力判定A評価の頭脳だ」
マツリの話を聞き終えたトモエがその内容をそのように評価した。ただ単に皆を苛め抜く内容というわけではないらしい。
「てか、本物のA評価って、判定の評価に本物も何もないだろ」
「いやいや、シオン氏よ。俺はマツリ嬢に会ってから何度もそれを痛感させられているのだ。俺も確かに知力判定はA評価だが、それはやはり権能の能力によって強化された結果であるが故、本来の俺の頭脳との差がどうしても存在していてな。上昇したその能力を持て余してしまっているのが現状なのだ。対するマツリ嬢は元々A評価相当の頭脳を有しているが故、相応の能力を遺憾なく発揮できている。天才という者は本当に存在していたのだと認識させられたのだよ」
トモエがマツリと自分との差をわかりやすく語ってくれた。権能の能力によって与えられた力と本来の自分の力との差によって生じる問題。きっとその問題がより顕著に現れているのは、能力を振り回しているだけとシオンやユートから指摘されているマサヤだろう。
マサヤだけでなく、トモエも権能の能力に振り回されている状態。どうにか克服して貰いたいところだ。
「それが把握できているのなら一応は合格点よ。それに、あなたがその知力判定評価に馴染めたら私なんて目じゃない結果を出せるはずよ。ホント、能力が強化されているあなた達が羨ましいわ」
トモエの自己評価を聞きマツリが少々捻くれた口調で不機嫌そうに食べ物を口に放る。この少女は何かと嫉妬心に苛まれる性分らしい。
「同じA評価でも、能力に差が生まれるんですか?」
「ええ、もちろんそうです。千差万別の人間の能力がたったの五段階評価で分ける事ができるはずがないですよ」
エリスの疑問に丁寧な口調になって答えるマツリ。その態度の差は如何なものかと思うが、今更なので指摘する気も起きない。
「例えば、そうね……シオンの感知能力評価は、限りなくAに近いB評価のはずよ」
「ふぶっ!?」
唐突に振られた自分の評価に関する発言に、それまで頬張っていた料理を危うく吹き出してしまいそうになるシオン。待って。なんて?
「ま、待て待て、何を根拠にそんな……」
「あなたの感知能力がB評価だなんて未だに信じられないもの。ユートも同じB評価だけど、比較してみると鍛錬なんかで会得できる範疇を超えている事ばかりやってのけてるんですもの。魔力探知範囲の広さとか、種族を判別できる精度とか。あまりにも差がありすぎるわ」
予想外のシオンの評価の理由を語るマツリ。比較対象にされたユートはどこか面白くなさそうにシオンを睨んでいるが……あ、今更ながら食事時はもう黒騎士ゴーレムから出る事にしたんだな。
この野営地に到着するまでの道中で何気なくマツリが尋ねてきた、シオンの能力について返した時に彼女は何故か驚いていたが、その時の反応はこれが理由だったか。
「さすがはシオン君! 素敵! 抱いて!」
「抱かない。ともかく、結局はA評価には届いてないって程度の能力だろ。言う程凄いわけでもないだろうに」
マツリからの思いもよらない高評価だが、結局自分の事を卑下してしまうシオン。しかし、身体能力のB評価という能力は、本来ならば一流の冒険者でもなければそうそうお目にかかれない素晴らしい能力だったりするはずなのだが。
それでも劣等感を抱いてしまうのは、周囲のこのとんでも異界人達の身体能力が高過ぎるが故のものだろう。みんな最低でもひとつはA評価の能力を持っているんだし。そもそも、その唯一の高い能力が戦闘時の実力にあまり関わってこない感知能力ともなれば、なぁ。
「あなたも私に負けないくらいに自己評価が低いわね……そうね、だったらシオン? あなたのその感知能力を、このダンジョン脱出までにA評価相当に成長させられるような鍛錬内容を考えてあげましょうか? 身体能力だって成長する可能性があるのよ?」
「いやいや、それよりもまずは融合気功術の鍛錬を優先させてくれ。オレにはそっちのほうが切実なんだ」
「それもそうね」
自分を卑下し続けるシオンに、新たな無茶振りを迫るマツリだったが、シオンの要求を素直に受け入れ引き下がってくれた。というか、これ以上に感知能力を鍛える必要性がシオンには見出せないのだが。
「ごちそうさま……ねえ、このダンジョンには水場はないのかしら? あるのならそこを目的地にして欲しいわ。長らく水浴びしていないんですもの」
食事を終えたマツリが口元を拭きながら尋ねてきた。あー、水浴び。というか、
「マツリちゃん、お風呂に入りたいんですか? ほら、トモエさん! 出番ですよ!」
「フッ、良かろう魅せてやろう我が芸術的魔術の片鱗を!」
マツリの質問にエリスが目を輝かせながらトモエを急かし、トモエもノリ良くそれに応える。エリスも風呂に入りたかったんだな。
「……まさかあなた、わざわざ魔術でお風呂を作っていたの? 馬鹿じゃないの? 明らかに魔力の不必要な浪費じゃないの」
二人の発言の意図を察したマツリがトモエを批難する。が、言葉とは裏腹にその表情は期待に満ちていた。わかりやすい奴め。
「いやいや、その程度の消耗など、一夜の休息でじゅうぶんに補える程度のものだ。ふむ、今回はユート氏にも協力して頂こうかな?」
「……なるほど、浴槽の作成か。別にいいぜ」
トモエはマツリの指摘に弁明しながら、風呂場の作成にユートも誘った。浴槽は確か、錬金魔術によって作っていたと語っていたっけか。錬金魔術のスペシャリストであるユートにその手伝いを促すのは当然か。というか、黒騎士に乗っていない時は見た目相応の口調だなユートは。
「マツリちゃんマツリちゃん! せっかくですので私と一緒に入りませんか?」
「え、えっと、えぇ……」
風呂場の作成の為に洞窟の奥へと歩いて行くトモエとユートを追いかけながら、マツリを誘うエリス。本人はだいぶ嫌そうな、明らかに困っている反応をしているが、敬愛するエリスの手前、拒否しようにもできないでいるらしい。嫌なら嫌で断ってもいいんだぞー。
遅れて食事を終えたアユミが、「タオルとか着替えとか渡さなきゃね」と言って四人に着いて行き、シオンとマサヤの二人がその場に残された。マサヤは未だに食事をのんびり楽しんでいる。シオンも他にする事もないので、残っている食べ物に手を出す事にした。
五人が洞窟の奥へと消えて暫くし、トモエとユート、そしてアユミの三人が戻ってきた。どうやらマツリは結局、エリスと一緒に入る事になったようだ。破廉恥な事をされていなければいいのだが。
「今回はエリス嬢の要望に応え、複数人で入れるように作成してきたぞ。男性陣も二人ずつ入れるが、如何かな?」
「冗談じゃねーよ」
トモエの阿保な提案に、シオン、マサヤ、ユートが口を揃えて否定した。何でこいつは頭は良いのに馬鹿なんだ?
「わかってると思うけど、覗きとかするんじゃないよ野郎ども〜」
「承知しているとも! じゅうぶん痛い目を見たからな……」
アユミの気の抜けた声での忠告に、トモエが身震いしながらシオンのほうを一瞥した。ハテ、ナンノコトデショウ?
「……むふふ」
そんなやりとりをしている中、一人、奇妙な笑みを浮かべている者がいた。ユートだ。
洞窟の隅にもたれ掛かり、何故か目を瞑り瞑想しているようだが……。
…………ん?
シオンは嫌な予感がして、感知能力を用いて注意深くユートを観察した。結果、ユートは何らかの魔術を行使している最中のようだ。
……洞窟の奥、恐らく風呂場が作成された方角、今はエリスとマツリが入浴中である場所にも、ユートの魔力と同じ反応が感じ取れた。
……こいつ! トモエと同レベルか!!
「おいこらデバガメ騎士! 死にたくなかったらすぐにそのエロ魔術をやめろ!!」
怒鳴りながら自慢の名剣、雨鴉を抜き振り上げユートに迫るシオンを、全員でどうにか宥める珍妙な光景が繰り広げられたのだった。




