二人を迎え入れて。
「魔法陣は……機能を停止しているようだな」
トモエは、もはや遺跡の面影すら僅かなこのフロアの中央にしゃがみ込み、地面に刻まれている紋様を撫りながら呟いた。建造物から床に至るまでの大量の鉱物がユートの手によってゴーレムに作り変えられた中、魔法陣だけは残されたままにされていた。魔法陣の部分は作り変える事ができなかったのか、ユートが意識してその部分を変えなかったのかはわからないが。
「機能しているかどうかわかるのか?」
「うむ、どのような効果を持った魔法陣なのかが判明しているならば、見た事のない文字を用いられていようとも多少は把握できる。マツリ嬢、機能が停止している理由はわかるかね?」
トモエはエリスの腕にしがみ付いている少女、マツリに尋ねた。マツリはこの魔法陣を使ってこの場所に転移してきた。時空間魔術の適性を得たと自身が言っていたので、その答を知っているかもしれない。
「確か、トバリが死んだ時にあちら側から魔法陣を破棄するという話をしていたわ。それが理由でしょう」
マツリは確かに答を知っていた。しかし、新たな疑問が生まれる。
「あちら側、とは?」
「魔族達の本拠地よ」
マツリはエリスに抱き着いたまま、ここに来る際の出来事の詳細を語ってくれた。世界各地のあらゆるダンジョンの最下層に、ここと同じような転移魔法陣が存在しており、そこから転移して行ける先に魔族が拠点にしている異界があるのだそうだ。
「あー、そういう事だったんだ。道理で今までの歴史上一度も魔族のアジトが発見されなかったわけだよ。転移魔術を独占していたんだね」
マツリの説明を聞き、アユミが合点がいったらしく頷いた。神出鬼没の人類の敵、魔族の実態が見えてきたわけだ。何気に歴史的快挙なのではないか?
「我が君よ、言って良かったのか?」
「仕方ないわよ。もう私達は魔族にも見放されているもの。第一、魔族との共闘を続ける理由ももうないわ」
ユートの問いかけに応えるマツリ。そんなマツリにエリスがお礼のつもりなのか、その頭を優しく撫で始める。マツリはされるがままに気持ち良さそうに猫のように目を細めた。何だこれ?
「……てか、いつまでそうしてるんだよ」
「私の勝手でしょう? エリスお姉様が迷惑でしたら離れるけど」
「……お姉様?」
シオンの指摘に口を尖らせながら文句を言うマツリ。いやいや、ちょっと待て。お姉様?
「ま、マツリちゃん、もう一回! もう一回呼んで下さい!」
「はい、エリスお姉様!」
「お、お姉様っ……予想外の展開ですけど、いいですねなんか! デレマツリちゃん可愛い! むっはー!」
マツリの自身に対する今までとは全く違う態度に感極まったエリスは、マツリを抱きしめ頬擦りを始めた。マツリも満更でもなさそうに受け入れている。それを眺めながらトモエが「ユリは良いものだ」とかほざいている。ユリって何だ? いやもう、ホント何だこれ?
「ねえねえ、ボクの事もお姉様って呼んでいいんだよ?」
「何言ってるのよ。意味がわからないわ。馬鹿じゃないの?」
「辛辣ぅっ!?」
便乗しようとしたアユミは冷たい罵詈雑言の前に撃沈した。そんなに羨ましかったのか?
「何やってんだか……それより、アユミはもう身体は大丈夫なのか?」
「んー、暫くは休まないと本調子には戻れそうにないね」
打ちひしがれているアユミはシオンの問いかけに応えながら起き上がるも、言う通り相当な疲労が見てとれた。大丈夫だろうか?
「空間転移も厳しいか? 回復するまでは食事もお預けになるか」
「や、それくらいなら大丈夫、てか、ボクも食べたいし無理してでも持って来るよ」
アユミはそう返しながら、空中に指を向け、空間を裂き何処かに、恐らくはアユミのお屋敷に繋がる入り口を作りふらふらと入っていった。本当に大丈夫だろうか?
「……あなた達、外から食事を空間転移で持ち込んでいたの?」
その様子を見ていたマツリが呆れたらしい声をあげた。うん、何というか、至極当然の反応だよな。
「ダンジョン内での食事問題を簡単に解決できるとは……卑怯だぞ貴様ら」
「へっへー! 羨ましいだろ? アユミん家の豪華な飯がダンジョン内でも食べ放題なんだぜ?」
ユートの憤りに何故かマサヤが自慢げに語る。別にお前の手柄でもないだろうに。
日は既に跨いでおり、外だと明け方に近い時間帯だ。シオン達は昨日から何も食べていないまま魔族の出現からマツリ達の襲撃を受けていた。身体を休める前にまずは食事が欲しい。
「……何でもいいけど、食事の準備にはまだ時間がかかるのよね?」
マツリがため息とともに呟き、ようやくエリスの腕から離れたかと思えば、ふらふらと何処かへと歩き始めた。何を考えているのかと思いその行き先に目を向け……。
「私も手伝います!」
「いいわ。エリスお姉様達には関係ない事だもの」
「私が手伝いたいからそうするんです!」
「……勝手にして下さい」
マツリを追いかけるエリス。続いてユートも無言で着いて行く。シオン達も、流れのままそれに同行する事にした。
マツリが向かった先にあるのは、マツリとともにこの場所に来た魔族の男、トバリの遺体があった。
その遺体の前でしゃがみ込むマツリ。側でユートが魔術を発動し、地面にその遺体がじゅうぶんに入る穴を作り出した。
「……ありがとう、黒騎士」
「我が君の望む事に従ったまでだ。気にするな」
そしてユートは遺体を担ぎその穴に入れる。マツリは遺体に向けて手を合わせ、祈りを捧げる。
「……あなたは私を利用する事しか考えてなかったのでしょうけど、あなたは私に生きる目的を与えてくれた。それが間違った目的だったとしても、それがあったから私は今まで生きて来れたのは事実なの……感謝される覚えなんてないでしょうけど、それでも言わせて……ありがとう。あなたの事は忘れないわ……さようなら、トバリ」
マツリが手向けの言葉を終えるのを聞き入れ、ユートが再度錬金魔術を行使し、その遺体を地に埋める。「何も手伝う事なかったですね」、と、少し恥ずかしそうにエリスが笑った。
「……もういいのよ、黒騎士」
祈りを終えたマツリは、突然ユートに向けて意図のわからない言葉を呟いた。戦闘中の時と比べ、マツリはユートに対して何処か他人行儀に振舞っている気がするが……。
「いい、とは?」
「わかっているでしょう? 私はあなたの下心を利用して騙していた。これ以上私に従う事もないわ。償えと言うのならその通りにするけど……」
「……何の事かと思えば、下らん事を考えていたか」
ユートを利用していた事を告白するマツリだが、ユートはその言葉を下らないと一蹴した。そして、
……がちゃ、と。ユートの鎧型のゴーレムが音をたてた。目を向けてみると、驚く事にそのゴーレムの胴体が開かれ、中にいた人物、ユート本人が抜け出し姿を露わにし外に出てきていたのだ。
簡素なインナーを着た、あまり背が高くないシオンよりも小柄な少年だ。年齢はシオンとマツリの間くらいだろうか? 両目が隠れてしまう程長く伸ばした前髪が特徴的だ。
自身の姿を晒したユートは、注目する皆の目を気にせずマツリの元へと歩み寄る。
「俺がそれだけの理由でお前について来たと思っているのか? てか、下心ってのは取り消せ」
「……騙していたのは事実よ。あなたの心を弄んでいたわ」
「だとしても、だ。俺はただ可愛いだけの女に付き従ったつもりじゃない。お前の在り方そのものに惹かれたんだ。今だってそれは変わらない。お前はお前自身が思っている以上に魅力的なんだよ。権能の力とかは関係なく、な」
素顔を見せたユートが、恐らくは飾らない本心をマツリに伝える。姿を見せたのは、誠意をマツリに示したかったからなのだろう。
「せいぜい厄介な男に惚れられたって諦めるんだな。お前にその気がなくたって、いつか必ずお前の心を奪ってやるよ」
そして、この少年の性なのか、やはりどこか格好つけた事を宣言してみせる。聞いてるこっちまで恥ずかしくなってくるな。
「……本当に、馬鹿な人なんだから」
その宣言を聞き入れたマツリは、困ったような笑顔を見せたのだった。
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「純魔結晶の残り容量はどう? まだ使えるよね?」
「全体で見て、残りはおおよそ七割といったところか。これ以上の本番以外での使用は控えなければならんな」
皆がアユミが持ち込んだテーブルを囲い、並び出された食事を取り始めた。最初こそその様子を唖然として見ていたマツリもようやく受け入れたらしく……いや、なんかもう諦めたというか、悟ったような雰囲気だが、とにかく皆に習って食べ始めた。
ユートもゴーレムから抜け出した本来の姿のまま食事に参加している。というか、マツリとのやり取りの後すぐに鎧に戻ろうとする彼を皆で無理やり引き止め、半ば強引にそのまま食事させたのだ。ついでに予想通りの小柄な体格を主にマサヤからからかわれながら。ご愁傷様。
食事をしながらの雑談はいつもの事だが、その話題はやはり先程までの戦闘の事後報告が主になっている。トモエの切り札である純魔結晶は聞くところによると消耗品らしく、今回の戦闘でどれ程使用したのかアユミが尋ねた。
「もう、それがどれだけ貴重なものなのか本当にわかってる? 集めるのにホント苦労したんだからね? そこらの魔道具と同じような感覚で使ってほしくないんですけどー」
「わかっているとも。とはいえ、当初からここヴァリブトル地下迷宮の攻略で相応の相手が出現した際には使用も視野に入れてはいたのだ。その時の予定以上に使ってしまったのは確かだが、なに、試運転と考えれば良かろう」
その純魔結晶について二人で揉めている様子だが、国宝級の代物という話なので無理もないか。
「……アユミって何者なの? いくら権能持ちだからって純魔結晶なんてそう簡単に集められるものじゃないわよ?」
そのやり取りを聞いていたマツリが思った疑問を口にした。
「こいつは他の異界人とはちょっと事情が違くてな……神託の巫女って聞いた事あるか?」
「ええ、一応は。彼女がそうなの?」
「そんなところだ。詳しい話はゆっくりな」
マツリとユートはまだ異界人達がこの世界に連れて来られた流れを知らない。神様連中のちょっと腹立たしい事情。今この世界で発生している危機、ジャバウォックの存在。
さて、どこから話そうか。
二人に改めて自分の知り得る情報を教える為に、頭の中で整理を始めるシオンだった。




