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対決、デミリッチ。

 アンデッド軍団の先陣はグールだ。土気色の肌に血走った眼、ずらりと並んだ剥き出しの牙、異様に伸びた鋭利な爪。グールはゾンビがより濃い瘴気を帯び、魔物としての特徴が発達した存在だとされている。元がゾンビだったとは思えない程俊敏な動きを見せ、武器とする牙と爪は瘴気を纏っており、それによって傷つけられた生き物は命を脅かす程危険な毒に感染してしまうそうだ。そのグール達が奇声をあげながら迫ってきている。


「へっ、結構早いみてーだが、俺の敵じゃねーぜ!」


 それに対してこちら側から飛び出したマサヤが仕掛けた。瞬く間に距離を詰め最も近付いてきていたグールを一閃。その首が宙を舞った。

 早速一体を倒してみせたマサヤだが、彼に他のグール達が殺到する。マサヤは恐ろしい速さで振るわれる連中の爪による引っ掻き攻撃を躱しながら剣を振るう。その斬撃によって切り離されたグール供の指や腕が次々と飛んでいくが、苦痛を感じない連中は怯む事なく構わず攻め続ける。なんとも厄介な相手だ。


「だあぁっ! 鬱陶しいなてめーら!」


「マサヤ、そいつらは任せた!」


「おうっ! ……え、手伝ってくれねーの?」


 グール達と攻防を繰り広げるマサヤを背に、進撃して来るゾンビ軍団へと身を投じる事にしたシオン。シオンの役目はデミリッチを補則し続ける事だ。ここでグール達を相手にしている間に逃亡されてしまってはその役目を遂げる事ができなくなってしまう。


 因みにエリスとトモエはまだ後方にいる。トモエはゾンビ軍団を一掃できる大魔術の詠唱を開始しており、エリスはそのトモエの援護だ。トモエの大魔術が完成し放たれたなら、この規模の軍団であろうとひとたまりもないはずだ。なので連中をまともに相手する必要はない。ただマサヤが相手をしているグールに限っては付け狙われるとデミリッチの追跡どころではなくなるので丁度良かったのだ。


 そのデミリッチはゾンビ軍団の向こう側。こちらの様子を伺っているようだ。今のところ逃走する気配はない。このゾンビ軍団の中を突っ切り、できるだけ早くデミリッチに接触、可能ならば討伐しなければならない。


 四方八方から襲いかかるゾンビ達。その多くが武装しており各々武器を振るうが、グールに比べ動きはそこまで早くない。攻撃を掻い潜りながら前進を続ける。が、眼前に立ち塞がるグール以外の脅威の存在。デュラハンだ。


 ゾンビ化した戦馬に跨る、首のない騎士のアンデッド系の魔物だ。ゾンビ馬の嘶きが響き、馬上槍を構え突進して来た。慌てて移動しその軌道上から逃れるも、すぐに周囲のゾンビ達がシオンを囲み迫る。シオンはそのうちの一体を手早く屠り、それによってできた逃げ口からゾンビの群れを抜け出す。

 デュラハンの様子を伺うと、数体のゾンビを轢き殺しながら突進を停止したらしく、ゾンビ馬の足元には複数の動かなくなったゾンビが見えた。そして再びこちらに向き直り、突進を開始するところだった。

 突進の軌道から退避しようとしたが、既にゾンビ達に周囲を囲まれてしまっていた。このままではこのゾンビ達を巻き添えにデュラハンの突進を受けてしまう。計らずもゾンビ達は連携を成している。その結末はデュラハンの攻撃を活かす為の多くの犠牲というものだが。

 いくらエリスの補助による防護魔術により防御能力が上昇していようと、あの突進の直撃を受けては平気ではいられないだろう。


「仕方ない……」


 シオンは事前に与えられていた体内のエリスの魔力と自分の魔力を混ぜ合わせ、融合気功術を発動させた。予想以上に早い使用だが、これ以外にシオンが無事にこの場を切り抜ける方法が思いつかない。それに、そろそろゾンビの群れから離れたい頃合いだった。


 シオンの身体を柔らかな光が包み、同時に直前まで物凄い勢いで迫って来ていたデュラハンの動きが、周囲のゾンビ達の動きとともに速度を落とす。シオンの知覚する世界が遅くなる。自分の速度だけがそのままに……シオンの動きが加速する。

 感知能力を駆使しゾンビの大群から抜け出せ、尚且つデミリッチに近付ける最短のルートを導き出す。後は見つけ出した道筋を駆け抜けるだけだ。


 瞬間、ゾンビの群れを縫うように閃光が走る。それまで相対していたデュラハンやゾンビ達を置き去りにし、閃光はゾンビの群れを抜け距離を置いて動きを止めた。高速で動いていた為にその速度を落とした際に擦った地面から舞う砂埃を払いながら一息ついたシオン。その直後、群れの向こうから膨大な魔力の流れを感じた。トモエの大魔術が発動したのだ。


 ゾンビ達を襲う、炎熱を伴った竜巻。トモエが第一階層でマンティコアの群れに対して使ってみせた炎属性と風属性の複合魔術だ。

 シオンがゾンビの群れから抜け出すタイミングを見計らっていたのだろう。風の刃はゾンビ達を切り裂き、灼熱の炎がその四肢を容赦なく焼き尽くす。

 その熱量を肌で感じながら、皆の居る位置を確認する。

 エリスとトモエは、竜巻の中にいる。エリスの結界魔術によって二人は影響を受けていないようだが、中々無茶をしている。恐らく二人の周囲にまでゾンビの群れが殺到していたのだろう。

 マサヤは二人とは違い竜巻の範囲の外だ。自分でトモエの術式の完成に気付けたのか、二人のうちどちらかが伝えたのかはわからないが。多分後者だろう。

 アユミは相変わらず戦場になり得ない遥か上空で静観している。あちらは気にするだけ無駄か。


 皆の様子を確認したところでシオンは改めてデミリッチを向く。ゾンビ達はこの魔術で壊滅しただろう。例え生き残った者がいてもマサヤ達の敵ではない。デミリッチはもう姿も視認できる距離まで近付いている。融合気功術はもう暫くは持続できる。このままデミリッチに接触しよう。

 デミリッチまでの距離を一気に詰めるシオン。が、交戦するであろう距離の直前でシオンは速度を落とし立ち止まった。


「ク、フフ、クフ、フ、フフ…………!」


 古びたローブが腐敗した顔面以外の身体を包み隠した、身の丈よりも高い杖を握るアンデッド……デミリッチはシオンを窪んだ眼窩で見詰め不気味な声を漏らした。笑っている、のだろうか?

 シオンが立ち止まった理由は、デミリッチの体内に渦巻く魔力を感知したからだ。どうやらデミリッチは、既に新たな術式を完成させているようだ。

 その魔術が攻撃魔術なのか、はたまた先程と同じくゾンビ達を目覚めさせる死霊魔術なのか。実態が判明するまで迂闊に攻めるわけにはいかない。


 剣を構え警戒するシオンを眺めながらデミリッチは、手に持つ杖を僅かに持ち上げ、コツンと地面を突いた。瞬間、デミリッチの術式が発動し、地面に魔力が広がった。これは、死霊魔術か。

 既に術式を完成されてしまっていた以上、妨害する手立ては皆無だったが、攻撃魔術でないのならば反撃される可能性は低い。シオンは魔術の実態を把握し即座に行動に、デミリッチに攻撃を仕掛けようとした。が、その直後。大きく揺れ始めた地面に体勢を崩され足を取られてしまう。どうにか持ち直し後方に下がり、振動の正体を探る。


 感知能力が知覚したのは……先程のアンデッド系の魔物の大群とは違い、たった一体の魔物だった。だが、その反応は余りにも大きい。


 やがてひび割れ隆起した大地から土埃を舞いあげながら姿を現したのは……


「こいつは……竜、か?」


 その巨体は首と尾は長く、身体を包み込める程大きな翼を背に生やした、蜥蜴のような姿……竜……の、腐敗した姿をしていた。

 その身体は殆どの鱗が剥がれ落ち、ところどころが骨まで剥き出しになっている。本来ならば雄々しく広がっていたであろう翼は骨組みしかなく、翼膜は殆ど失われていた。

 死して腐敗した竜の骸を、生態系の頂点に君臨すると言われているその存在を、あろうことかデミリッチは偽りの生を与え復活させたのだ。竜のアンデッド……ドラゴンゾンビとして。


 地上にその姿を見せ、全身を曝け出したドラゴンゾンビは甲高い雄叫びを上げ響かせた。その雄叫びとともに放たれる腐臭と威圧感。例え屍になろうとその存在感は健在らしく、あまりのプレッシャーにシオンは思わず後退った。

 そしてドラゴンゾンビはゆっくりとシオンを見下ろす。こちらを敵と認識したらしい。


 いくらアンデッド化しているとはいえ、竜を相手にする事になってしまうとは。勝てるだろうか? 本来の竜よりは身体能力は劣化していると思いたいが、それでも一人で討伐できる自信はない。

 ならば無視してデミリッチを狙うか? それを許してくれる相手には見えないが。

 ドラゴンゾンビの一挙一動に注意を払いながら、後方のエリス達に意識を向ける。エリス達もドラゴンゾンビの出現に気付いているようだが、結構な距離がある。マサヤの脚力ならすぐにでも駆けつけてくれるかと期待したのだが、その肝心のマサヤは数体のアンデッドと戦闘を繰り広げているようだ。あの大魔術を受けて生き残っている輩がいたとは。これはすぐにこちらに来てくれるのを期待するのは無駄かもしれない。

 それでも確実にこいつを仕留めるには、やはり時間稼ぎをして皆が合流してくれるのを待つ事か。しかし、融合気功術が続いている間ならば対抗できると思うが問題はその後だ。融合した魔力が切れれば身体能力はガタ落ち。そのうえ体力を相当消耗する。そんな状態に陥ってしまえば瞬殺されてしまうだろう。それを考えると時間稼ぎは悪手か。

 ……撤退か。

 開き直ってドラゴンゾンビから逃げ、他の皆と合流してから改めてこいつの相手をする。エリスと合流できれば再度魔力を受け取りつつ体力の回復も見込める。これが考えられるベストだろう。

 問題を挙げるとすれば、デミリッチだ。そうやってアンデッド連中に手こずっている間に新たな術式を完成させ、再びアンデッドを出現させられてしまう可能性が高い。最初にトモエが注意した通り、そんな事を繰り返されれてしまったらこちらの身が持たない。


 一か八か、ここはやはりドラゴンゾンビは無視してデミリッチを……。


「こんなの相手じゃさすがに分が悪いね。ボクも手伝うよ」


 ドラゴンゾンビと睨み合い試行錯誤していた時、突然背後に気配が現れ声をかけられた。アユミだ。

 驚いたのもつかの間、アユミの気配はすぐに消えてしまい、今度はドラゴンゾンビの目の前に姿を現した。唐突な新手の出現にドラゴンゾンビも驚いているようだが、すぐに攻撃を開始した。


「こいつの相手はボクがするから、シオン君はデミリッチをお願い」


 振り下ろされた鉤爪を件の時空間魔術による空間の層で受け止めながら指示を飛ばしたアユミ。シオンは即座に言われた通り行動に出た。全速力でデミリッチに向かう。行く手を阻もうとするドラゴンゾンビはアユミが軽くいなしてくれた。


 デミリッチもシオンの接近に気付き対抗に出る。膨大な魔力を消費し強引に術式を作り魔術を発動させた。シオンに向けられた杖が魔法陣を作り出し、その魔法陣から幾つもの半透明な骸骨が現れ、空中を漂いながらシオンに迫る。死霊だ。

 死した者の魂が負の念を頼りに存続し続けているとされている存在。実体は持たないがその存在は生ある者に害を及ぼす。死霊に触れられれば精神を侵されてしまい、最悪発狂してしまうらしい。デミリッチはそんな危険な存在を呼び出しシオンに目掛けてぶつけてきたのだ。

 真っ直ぐにデミリッチに向かうシオンに襲い来る死霊達。しかしシオンは死霊達を避けようとはしなかった。そのまま突進を続け、死霊と接触する……が、シオンの身体に纏う防壁に死霊が触れた途端、その触れた部分が消滅し始めた。

 信仰魔術は死霊や偽りの魂に対してより強力な効果を発揮する。ましてやその信仰魔術の祖であるエリスの神聖魔術ともなれば、その魔術に触れた死霊はひとたまりもないだろう。その予想は的中し、デミリッチが仕掛けた死霊による攻撃は全てエリスの防護魔術に阻まれ掻き消された。

 デミリッチは驚愕しながらも新たな魔術の術式の構築を開始するが、もう遅い。シオンがデミリッチの術式の発動よりも早くデミリッチに到達した。


「終わりだ!」


 焦りながら苦し紛れに杖で身を庇おうとするデミリッチだが、シオンの剣が、エリスとの魔力と融合した魔力が込められた必殺の斬撃がその杖ごとデミリッチの身体を斬り裂いた。

 胴体を真っ二つにされたデミリッチは驚愕の表情を浮かべたまま崩れ落ちた。


 デミリッチ、討伐完了だ。

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