少女の内面。
微睡みから意識が浮上してくる。自分の頭の中で幾つもの思考が騒ぎ始める。朝。宿屋の一室。起きよう。
私、カミドリ・マツリは新たな手駒、精霊との契約が行える場所を求めて各地を旅している最中。今日も準備が出来次第その場所があるダンジョンに向かう予定だ。
ベッドから抜け出し寝巻きから外出着に着替えながら、好き勝手にがなり立てる複数の私の意識に耳を傾ける。
先日契約した精霊の召喚術式はあの精霊の術式を流用できそうだ。他にもあの精霊とあの精霊と……。組み合わせる事は可能だろうか? 試してみる価値はあるか。
次の予定地に向かう前にやはり一度宮殿に戻るべきか。そろそろトバリと今後の打ち合わせをしておきたい。また不在だったら帰還するまで宮殿に滞在する事にしよう。いつまでもすれ違ったままだと本当に今後に支障をきたしてしまいかねない。
アーヴァタウタ大国側の動きは今のところ変化はない。普通に考えれば元々大国に手を出していたのは帝国側なのだからその帝国が大人しくしている間は大国から何らかのアクションがあるわけはないのだが、私の存在と能力は大国にも伝わっているはずなのだから何かしらの動きがあるのではと思っていただけに拍子抜けだ。こちらから攻撃してくるまでは静観するつもりなのだとしたら願ったりだ。このまま戦力増強に集中しよう。
このブラジャー、サイズが合ってない。他のにしよう。はぁ。
シオンとエリスと相対した時のシミュレーションを再確認しようか? 今回の精霊と契約してからでもいいか? そろそろ上級精霊ばかりでなく、多少ランクが下がっても信仰魔術に対して効果的な能力を有する精霊と契約したい。基本的な戦力はもうじゅうぶんだろう。明確な敵の能力が判明している以上対策を準備しないのは愚か者でしかない。宮殿に戻ったらそのあたりの精霊を優先して調べる事にしようか。
今回の目的である闇の精霊、シェイドが存在するのはセーレ地下迷宮の第九階層。三、四日はダンジョン内で過ごす事になるか。入浴できる場所があるかどうかが気掛かりだ。出発前に地図を隈なくチェックしなければ。
エリスとユート以外の異界人らしい人物の話を全く聞かない。帝国内にはもう存在しないのだろうか? 帝国の重要人物となってしまっている立場上、他国にまで足を延ばすのは難しい。情報が欲しい。どうにか他国の状況を把握できる手段を確立させたい。せめて異界人がアーヴァタウタ大国には少ない事を祈る他ないか。もしエリス達と結託されたら面倒だ。
……複数の思考はだいたいが現状の問題の提議と解決策の模索。若しくは今後の行動方針。そのほとんどが再確認程度ではあるが。
そんな思考を巡らせている中、とんとん、と、部屋の扉を叩く音がして私の中の全ての思考達が静かになった。ノックをしてきたのは恐らくユートだろう。丁度着替えも済んだところなので入室させても問題ない。軽く返事をして扉に向かい鍵を開け室内に招き入れる。
身を屈めながら扉を潜り入ってくるユート。もちろんその姿は自作のゴーレムである黒い全身鎧。私と二人っきりの時くらい姿を見せてくれてもいいのに。
「おはよう、ユート」
「うむ、おはよう、マツリよ……我の事は黒騎士と呼べ」
本名を呼びながら挨拶をした私に、いつもの訂正の要求をしながら応えるユート。名前で呼ぶのは彼の意見を尊重して二人っきりの時だけにしているのだから問題ないだろう。からかい半分である事は否定しないが。
「買い出しは済ませておいた。いつでも出発できるぞ」
「そう、ありがとう。朝早くからご苦労様。出発前に予定の再確認をしましょう」
ユートの報告に頷き、目的のダンジョンの地図を広げながら打ち合わせを始める。ダンジョン内の構造や出現する魔物、一泊する場所の確認等。二人共実力は高いので余程の事がない限りは予定通りに進行できる。これまでは例外なくそうだった。
……ところでこの確認をしている最中、ユートの視線が結構な頻度で私の胸元に注がれているのは気のせいではないようだ。今私が着ているのが少し胸元が開き過ぎているドレスである事は自覚していたけど。ユートったら、紳士を気取っておきながらこれなんだもの。こういう人をムッツリって言うんだっけ? 注意する程の事でもないから別にいいけど。
「……後は現場で臨機応変に、と言ったところか」
「そうね。じゃ、早速向かいましょう」
打ち合わせを終え、地図を仕舞う。ユートは「荷物を纏めて来よう」と言って先に部屋を出た。
一人になるのと同時に、また私の頭の中は幾つもの思考が騒ぎ始める。複数の思考を並列して模索する癖は昔からだけれど、あまり思考する数を増やし過ぎると頭痛を起こしてしまうから不要な思考があれば殺さなければならない。我ながら面倒な頭をしている。
そのような思考が生えてきたところで、新たに生まれた思考に意識が向いた。
ーー私のしている事は、本当に正しいの?ーー
この思考はすぐに殺した。考えるだけ無駄な課題だ。物事の正当性なんて証明する必要はない。
かつての世界で不要なものとして扱われた私。その境遇を今更とやかく言うつもりはない。今この世界で私はほとんどの人々に肯定されている。それでいいではないか。何も迷う事はない。例えそれがスキルなどという外付けの能力の恩恵であったとしても。
私はこの世界の人々全てに崇拝される。
私がこの世界の頂点に立てば、全ての人々の信仰の対象となる。全世界の人類の理想が統一される。
それこそが私の理想とする世界であり、世界の在るべき理想。その理想を求め続け、叶えたならば保ち続ける事が私の存在意義。その為ならばどんな事でもしよう。最終的に私がこの世界の真理となり、全て許されるのだから。
だから……理想に立ち塞がる異界人達は邪魔でしかないのだ。
私の能力が効かず、尚且つ破格の戦闘能力を有する異界人達。エリスとシオン。
シオンは異界人ではない様子だったが、エリスの能力による何らかの影響によって私の能力に耐性を得ていた。そして私を危険視し敵対した。当面の敵はあの二人。
エリスの能力がシオン以外の人物にまで私の能力の耐性を与えられてしまう場合は非常にまずいが、あの時の戦況と会話から鑑みるにその可能性は低い。確定できないので危険である事には変わらないが。
ユートは今のところ私に賛同してくれている。というか彼は自分の演じている役に酔っているので扱いやすいだけだが。利用できる間はとことん利用してやるつもりだ。
もし彼が冷静に私の所業を見つめ直したら考えを改め反旗を翻す可能性がある。その時は残念だが容赦はしない。そうならないように彼の思考をコントロールするつもりだが。
最終手段としては肉体関係を持つにまで至る可能性も考慮しなければならないだろう。彼と争う展開よりは幾らかマシだ。
他のまだ見ぬ異界人は考慮のしようがないが、十中八九多少は戦闘面の強化はされる能力を所持しているだろう。私の与えられた能力とは違って。嫉ましい限りだ。
私は恐らく考察するまでもなく異界人最弱だろう。どうにか能力との相性が良い召喚魔術を会得し極めようとしているが、地力の違いは覆しようがない。不公平というものはどの世界にもあるらしい。尤も、この能力を与えられていなければ世界征服等という野望も抱かなかっただろうが。
……妬むのはやめよう。私にある手駒で最大限に動ければそれでいい。私の悪い癖だ。
だが、きっとこんな私だからこそイーヴィティア神は……『嫉妬の大罪』は私にこの能力を授けたのだろう。
それに、私の野望に立ち塞がる明確な敵の存在だが、実のところ私はそこまで危惧してはいない。何故ならば他の異界人ではどう努力しても私には敵わない点があるからだ。
それは、寿命。
イーヴィティア神の権能には他者の認識改変以外に、所持者の美貌を未来永劫保ち続ける能力がある。それは則ち、不老であるという事だ。
こんな姿のまま成長できないという事実は悩ましい事だが……というかどうせ幼い容姿で成長が止まってしまうならもう少し胸が育っていない時期に止まって欲しかったのだが、それはともかく、外的要因で命を落とさない限り私は死を迎える事はない。
他の異界人がどんなに強力な能力を得ていようと、寿命による死を覆す事は不可能だろう。私はその時が来るのを気長に待ち続け、他の異界人達が全員いなくなった世界でゆっくりと世界征服の計画を実行に移せば良いだけなのだ。
それでも私が精霊を探し求め戦力を増強している理由は主に二つ。
ひとつはやはりエリス達。私の存在が知られている以上、あちらから攻撃を仕掛けて来る可能性がある。自分自身が実力をつけていなければ以前の国境砦の二の舞だ。そんな事態だけは御免だ。
もうひとつは……トバリ。
異界人でもない彼が何故私の能力の影響を受けていないのか。尋ねても適当にはぐらかされてしまう。教える気はないらしい。
相当な頭脳を持ち、私の能力による支配下にない帝国内での権力者という特異な存在である事から今のところ重宝してきたが、彼はどう考えても異物だ。
私に世界征服の話を持ち出したのもトバリ。私にそれを実行させ利用しようとしているのは明らか。どんな意図があるにせよ、いつか必ずトバリは私を裏切るだろう。エリス達以上に敵対し争う事になる可能性が高い。
召喚魔術と、私に味方する異界人のユートはトバリに対する切り札。当面の課題はトバリをどうするかという点だろう。
……仕度を済ませ部屋を出て、ユートと合流したところで私の頭の中の忙しく騒ぎ回る思考達は静かになった。
今は私のできる事をするだけ。予想できる問題も、その時にならなければ解決しようがない。解決できる可能性を前以て少しでも引き上げる事。それに全力を尽くすだけ。
私はユートに抱えられながら、自分の顔を覆い隠すベールを被る。無闇に他人を能力の影響下においてしまうと後々面倒な事になるとこれまでの旅の中で学んだ為に準備したものだ。最近は人前では常に顔を隠すようにしている。
ベールの下に、顔と、本音と、葛藤を覆い隠して。
……今日も孤独な旅を続けよう。




