攻略開始。
マンティコア。人に似た顔をした頭に獅子の身体、そして蠍の尾を持つ魔物だ。
高い戦闘能力のみならず、人肉を好んで食す性質があるため非常に危険な魔物だ。
単体でも全員がCランク以上の冒険者パーティーで挑む事を推奨とされている程度には危険視されている。
本来は群れて活動する魔物ではないはずだが、このヴァリブトル地下迷宮だけが例外的にマンティコアの群れが確認されているのだそうだ。
そのマンティコアの群れ……十、いや、二十は超えているか。そんな数の危険な魔物達が、こちらの存在に気付くやいなや、近い距離にいる連中がすぐさま襲いかかってきた。
「遅い、ぜっ!!」
が、先頭で迫り来るマンティコアに向けて疾風の如き速度で駆け出し一気に距離を詰めたマサヤが、大きく開かれていた口に逆袈裟に剣を振るう。その斬撃はマンティコアの顎から上を裂き、頭部を切り離し絶命させる。
「まずは一匹!」
マサヤはそのまま、手近な新たなマンティコアに向かう。そのマンティコアは反撃せんと爪を振り下ろすが、楽々とそれを掻い潜り斬撃を浴びせる。早くも二匹目を倒してしまいそうだ。
しかし、そんなマサヤに相対しているものとは別のマンティコアが迫る。が、
「『聖光矢』!」
「『斬烈風』!」
マサヤの背後にまで来ていたマンティコアは、エリスとトモエが放った魔術を胴体と頭部に受け仰け反り動きを止める。その魔術による攻撃はマンティコアの皮膚を裂き血飛沫を散らす。だがダメージこそあるものの絶命にまでは至らなかったようだ。
そのマンティコアが怯んでいる隙にシオンが到達する。首元を狙い剣を撫で斬りに払う。マサヤのように一太刀で首を跳ねる事はできなかったが、その斬撃はしっかりと頸動脈を裂いている。これでこのマンティコアもろくに動けぬまま絶命するだろう。
「おう、サンキューな!」
助けられたマサヤも今のシオンの行動の間に既に二匹目を倒してしまっていたようだ。軽く礼を言いながら黒剣を濡らすマンティコアの血を振るって飛ばす。
「礼よりも、次の相手だ」
「だな!」
そうしている間にも、新たなマンティコアが二人に迫り来る。二十は超える数のうち、まだ三匹しか倒せていないのだ。
二人はそれぞれに別々のマンティコアの相手をする。シオンは極力多数を相手にしないように、他のマンティコアが現在相手をしているマンティコアの巨体の向こう側になるような位置取りを意識しながら立ち回る。一方でマサヤは、複数のマンティコアの攻撃をひらひらと避けながら攻撃を繰り出す。立ち回りひとつを取ってもやはりあちらはポテンシャルが違う。一対他の数の不利を自力でどうにかしてしまえている。恐らく先程シオン達が背後に迫っていたマンティコアを退けていなくとも、マサヤは一人で対処していただろう。
「トモエさんも詠唱とかなしで魔術使えるんですね。結構凄い事だって聞いてましたけど」
「今のは下級の風属性魔術であるが故、必要な工程が少ない為に詠唱の短縮も容易いのだ。だがしかし! その下級魔術の性能を高くできればこれ程効率的なうおぅっ!?」
直前の魔術について気楽に話し合っていたエリスとトモエに、その二人を狙ってきたマンティコアが襲い掛かり会話が妨げられる。何やってんだあの二人は。
「人の解説に水を刺すとはどんな了見だ貴様!『空圧砲』!」
マンティコアの襲撃を避け、トモエは逆ギレしながら先程とは違う魔術による攻撃をそのマンティコアにぶつける。マンティコアの巨体が押し退けられる程の衝撃を発生させたが、すぐに態勢を立て直したマンティコアは再びトモエに向かう。
「『断罪十字』!」
そのマンティコアの横から十文字型の光の魔力の塊による攻撃をぶつけたエリス。その攻撃はマンティコアの身体を焼き抉りながら、問答無用で吹き飛ばした。地に叩きつけられたマンティコアが再び立ち上がる様子はない。
「さすがはエリス嬢! 威力も速度も素晴らしい魔術ですな!」
「うーん、てゆーかさ、トモエさんの魔術、なんか弱くないですか?」
自身を褒め称えるトモエに対して、エリスは感じたのであろう疑問をストレートに発した。確かに先程からのトモエの魔術攻撃は、マンティコアにダメージこそ与えてはいるものの、エリスの魔術に比べてその威力が物足りなく思える。トモエの身に宿る神の権能のスキルは、魔術の祖と言われている神様の権能のはずなのだが。
「これは手厳しい! 理由を説明しますとですな……詠唱を完全に短縮して使用できる魔術は今使ったものが限界なのであります。こちらとしても地属性の要素があるマンティコアに対して最も効果的な風属性の魔術を使ってこそいるが、連中はどうやらそこまで属性の影響を受けない類の魔物らしいのだ。純粋に高火力の魔術を使用するとなりますと相応の詠唱時間を要する事になります故。この対応は致し方なしと言わざるを得ないのでありますよ」
トモエはエリスからの指摘に対する答を長々と解説した。その解説の最中に二人に迫って来たマンティコアはエリスが退けている。そういうの戦闘が終わってからにしてくれねーかな?
「なるほどー。じゃあ、しっかり詠唱できたら一発でマンティコアさんも倒せるくらいの火力が出せるんですか?」
「フッ、それどころか、この程度の数のマンティコアならば一度に殲滅できる規模の魔術も構築できますな!」
「わ! すっごい! 大技ですね! じゃあ私がバリア張って時間稼ぎますから……」
「あー、待ったエリスちゃん。それは今回はなしで」
二人で協力しようと提案するエリスだが、それまで何処かに姿を隠していたアユミが突然二人の前に現れ、その提案を却下した。
「びっくりしたー。どういう事ですか?」
「悪いけど、今回の戦闘は個々の行動を確認したいんだ。この程度の敵ならどうせ大ごとにもならないはずだし、協力して戦うのは今はなしでお願い?」
「そうですか……でも、それだとトモエさん、本領を発揮できないんじゃないですか?」
「そうかもねー。ま、それならそれでこいつはその程度だったって事で。稀代の天才宮廷魔術師とまで言われたトモエ君もこんなもんかー」
「くっ、なんというあからさまな挑発……だがしかし! 何も策がないわけでは断じてないぞ! そこまで言うなら魅せてくれようぞ我が芸術的魔術構築!」
アユミのわかりやすい挑発にあえて乗って啖呵を切ってみせたトモエ。その様子を見て満足そうな笑みを浮かべまたも消えてしまうアユミ。エリスも心配そうにしながらもトモエから離れる事にしたらしく、迫り来るマンティコアへと向き駆け出した。
姿の消えたアユミだが……シオンの感知能力は、戦闘が行われているこの場の遥か上空に、その気配がある事を感じ取っていた。
マンティコア連中が飛び上がっても届きそうにない程の高さから戦況を見下ろしているアユミ。その様子は、空中で見えない床の上に立っているかのような印象だ。
一応魔術によって空を飛ぶ事は可能だと聞いた事はあるが、魔力感知で知覚した限りではそのような魔術を行使している様子ではない。あれも彼女の身に宿す神の権能スキル、シュヘルムヴィアー神の権能によるものなのだろうか?
「だぁーっ!? くっさ! 臭いってのてめーら!!」
マンティコアの猛攻を掻い潜りつつ周囲の様子を見ていたシオンの耳に届いたのは、複数のマンティコアを相手に大立ち回りを繰り広げていたマサヤの声だ。何事かと目を向けてみれば、マサヤを囲むマンティコア連中が一斉にマサヤに向けて不透明な黒い煙のような息を吹きかけていた。
「毒息か……エリスのエンチャントがあるし心配ねーか」
あの黒い息は毒息だ。マンティコアが使用する攻撃手段のひとつとして知られている。本来ならば対策なしにあの息を吸い込んでしまうと命に関わる程に危険な攻撃なのだ。
しかし、このダンジョンに突入する前にエリスが皆にかけた補助魔術、異常耐性強化魔術によってその毒素は浄化される為、この場にいる全員が毒息は無力化できている。どうやら悪臭まではその魔術では消せなかったようだが。
「くっそ、くせー息吐きかけんなこのおっさん頭ども! おっさん顔のうえに息が臭いとか最悪じゃねーか!!」
毒息を吐きかけるマンティコア連中に毒を吐くマサヤ。いやまあ毒そのものではなく発言という意味で。おっさん顔て。
そんなマサヤの様子に呆れかけていたシオンだが、目の前で攻撃を繰り返していたマンティコアも痺れを切らしたのか、マサヤの周囲のマンティコア達と同じように大口を開ける。こいつも毒息を吐くつもりか。
間も無くその口から黒い霧が溢れ出し、シオン目掛けて吹きかけられる。が、シオンは構わずマンティコアに肉薄し、毒息の中を駆け抜けその開かれた大口に刃を突き立てる。
口内から脳天にまでシオンの剣を差し込まれ、驚愕の表情を浮かべるマンティコア。シオンは手早くサーベルを引き抜き、次のマンティコアへと向かう。
マンティコアの毒息は危険性の高い攻撃でこそあるが、前もって対策していればその行動は大きな隙を生むだけのものだ。付け入れられたなら容易く倒す事ができる。直前にマサヤに向けて吐き出されていた様子を観察していたから気付いた事だが。
マサヤの周囲で毒息を吐きかけていた連中は、ようやく毒息は効果がない事を悟ったらしく、それまでのように爪や牙、尾による攻撃に切り替えたようだ。マサヤのやつ、毒息を吐かれている間に攻撃をしなかったな。
マサヤとシオン、そしてエリスも前線でマンティコアと攻防を繰り広げているが、その最中、突如数匹のマンティコアが三人のいる場所よりも向こうに意識を向け始めた。
「大気を漂う風の精よ、その気儘なる耳を我が声に傾け給へ。祖が御魂に我が知と魔を授けん。祖が御力を……」
それらのマンティコアは一斉にトモエに向けて駆け出した。理由は明白、トモエが魔術の詠唱を始めたからだ。
強力な魔術の行使には詠唱が必要不可欠。しかし詠唱を行う際には明確なまでの魔力の流動が発生し、術者の体内の魔力、そして属性魔術ならばその周囲の魔力までもが増幅する。ある程度の感知能力を有しているものならば意識せずともその変化を感じ取れる。
魔物という存在は魔力が命の源であるが故、その魔力の流動を感じ取れる最低限の感知能力は有している。即ち、魔術の詠唱を行うという事は周囲の魔物からの敵意が他の人物よりも高まる事になるわけだ。
詠唱を始めたトモエに迫るのは四体。シオンやエリスではそれを妨害できそうにない。頼みのマサヤに至っては周囲のマンティコアとの攻防に夢中でその事に気付けてすらいない。
これは、少しまずいのでは……。
「形作るは広き渦、其の力万物を……『竜風結界』!」
迫る四体のうちの一体が遂にトモエに到達したと思った瞬間、トモエは魔術を発動しそのマンティコアを退けた。突如発生した魔力の竜巻が風の壁となり、マンティコアの接近を阻んだのだ。
だが、それはトモエが直前まで詠唱していた魔術ではなさそうだ。詠唱を中断し目の前のマンティコアの対処を余儀なくされた……と、シオンは思ったが、違和感に気付く。
そしてその違和感の正体はすぐに判明した。
「……砕く刃となり、我が道を阻みし者に鉄槌を。大気に宿りし炎天の精よ、その勇猛なる眼を我が身に向け……『斬烈風』!」
トモエは詠唱の必要がない魔術でマンティコアの接近を阻んだ後、直前まで続けていた詠唱を再開したのだ。そして発生させた竜巻の壁が途切れ再び近付くマンティコアに対し、またも詠唱を止め風の刃を生み出す魔術で対抗する。そのような行動をしている最中でも、トモエの体内で構築されていた大魔術の術式であろう魔力の流れが霧散していない。
普通ならば魔術の詠唱を中断したら、それまで構築されていた術式は霧散してしまい、詠唱を初めからやり直さなければならない。だが、どういう訳かトモエはその術式を霧散させず保留にしておく術があるらしい。そんな事が可能なのか甚だ疑問だが、現にトモエがやって見せているのだから可能なのだと納得するしかない。
あ、やっぱこいつもチートってやつだ。
トモエの常識を覆す魔術行使の技術を目の当たりにし、シオンはもう何度目かの感想をエリスから教えられた単語を交えて思ったのだった。
「……祖が御力等を繋ぎ給う。熱よ、風よ、我が眼前に立ち塞がる者共に鉄槌を……皆の者! これより大魔術を発動する! マンティコアどもから離れてくれ!」
詠唱の合間に次々と迫るマンティコアを詠唱の必要がない魔術で退けながら続けられたトモエの術式構築が完了したらしい。トモエはすぐに皆に届く声で注意を促した。
「りょーかいです! 離れますね〜」
「マサヤ! お前も退がれ! 巻き込まれるぞ!」
「お? おう! わかった!」
すぐさまエリスはマンティコアから距離を置き、しっかり聞いていなかったらしいマサヤにはシオンが呼びかけ下がらせる。離れ始める三人を追うマンティコア連中だが、おそらく充分な距離を取る事には成功している。
「よし! 放つぞ! 『炎熱旋風』!!」
そして、マンティコア連中に向けてトモエの大魔術が発動された。発生したのは、膨大なまでの熱を帯びた巨大な竜巻。その渦の中に閉じ込められたマンティコアどもはその身を切り刻まれ焼かれ、次々と息絶えてゆく。
叫び声すらも飲み込む炎の竜巻が勢いを無くし消える頃には、全てのマンティコアが炭化していた。
「フハハハハハ! 見たか我が芸術的複合魔術! 風属性と炎属性の魔術を組み合わせた広範囲攻撃!」
「すっげ! あの数のモンスター全部一気に倒しちまったのかよ!?」
「さすがですトモエさん! 仰った通りの大技でしたね!」
マンティコア達との戦闘に終止符を打ったトモエを褒め称えるエリスとマサヤ。そして、
「はい、みんなお疲れ様〜。さて、早速だけど反省会しよっか?」
上空から件の瞬間移動で降りてきたアユミが、皆にそんな言葉を投げた。




