ヴァリブトル地下迷宮。
地下迷宮への入り口には、簡素な詰所が建てられていた。危険性の高いダンジョンはこうして監視する者を配置し、冒険者の出入りを制限している。ギルドからの許可が下りている事を証明できなければ門前払いされてしまうのだ。
アユミは詰所に待機していた顎髭を蓄えた壮年を超えているであろう兵士にギルドから受け取った証明書と自身の冒険者証を見せる。それに目を通した兵士は驚愕で目を丸くした。
「お前さん、Aランク冒険者なのか!? 」
「まあね。ギルドからの許可も見ての通りだし、入らせて貰うよ」
冒険者証を返してもらったアユミは早速ダンジョンの入り口へと歩き始めようとする。が、唖然としていた兵士が我に帰り慌てて彼女を呼び止めた。
「待ってくれやお嬢さん、入る前に色々確認しなけりゃならない事があるんだ。この書類に纏めてあるから、記入してからにしてくれ」
兵士に詰所に促され、渋々従うアユミ。最難関のダンジョンともなると入るにも手間がかかるな。
「面倒だなも〜。おじさんが適当に書いてくれてもいいんだよ?」
「駄目に決まってんだろ。規則なんだから黙って書いてくれ」
アユミは愚痴を零し兵士に叱られながら詰所に入って行った。出てくるまで他の皆は待機だな。
「普通ならこういう空いた時間で戦闘時のそれぞれの動き方なんかを打ち合わせするところだが……」
「確かアユミさん、「最初の戦闘は作戦なしでぶっつけ本番で行こう」って言ってましたよね?」
馬車内でシオンが皆に作戦を立てておこうと提案したのだが、アユミのそんな意見で却下されたのだ。しかも他の連中もその意見にノリノリだし。
「はぁ……これで大変な事になっちまったら目もあてられないぞ」
「まあまあ、アユミさんだって経験豊富なんですし、それで大丈夫だと思っているからそんな提案をしたんだと思いますよ?」
「だといいんだけどな……一応、最初に戦う事になる奴の対策は覚えているよな?」
「はい、そこはもちろん! ダンジョンに入る前に皆さんにエンチャントしますね」
シオンも一応、出発までの期間中にこのヴァリブトル地下迷宮について独自に調べていた。攻略が進んでおらず謎の多いダンジョンだが、最初の階層で初めに遭遇する魔物はほぼ決まっているらしい。
そしてその魔物への対策となる魔術を習得しているエリスにもその事を伝えてある。アユミもそれくらいならと許容している。恐らくアユミの考えは戦闘時におけるそれぞれの行動を打ち合わせなしに確認してみたいという事なのだろう。
「それよりも、オレとしてはアユミは積極的に戦うつもりがない点が問題なんだけどな」
件の提案の後、アユミはついでにとでも言うようにそんな事を宣ったのだ。曰く、自分が手を出してしまうと戦闘が簡単になってしまうからだとか何とか。大した自信だ。
「あはは、あんまりチートキャラに頼らないでねって事ですよ」
「オレからすりゃあお前らも大概だっての。一番戦闘方法がわかりにくい奴がそんなって何だよ。この企画の趣旨わかってんのかねぇ」
各々の戦闘方法の把握が第一の目的だというのに、肝心の謎だらけなアユミがその調子とはどういう事か。とはいえ、四人だけでは困難な展開ともなればあいつも動かざるを得ないはずだ。その時にでも確認すればいい。
……そんな展開になってシオンは無事でいられるのだろうか? 考えないようにしよう。
まあ、積極的に参加するつもりはないというだけであって、アユミ自身が魔物に狙われたりした場合はあいつも対抗するか。いっその事戦闘中にそのような展開になるように仕向けてやろうか。
「ところで、攻略はどのように行うつもりなのかね? より下の階層へ向かう事を優先するか、各階層の全容を把握してから進むのか」
悪巧みをするシオンにトモエが尋ねてきた。質問の内容は、ダンジョン内をどのように進むかの問題だった。後の方の進み方は所謂マッピングをしながらの攻略か。ヴァリブトル地下迷宮は出回っている地図が三階層までのものしかなく、それ以降の階層の情報はほとんどない。
「アユミは未到達領域に行きたいって言ってたし、多分普通に奥の階層を優先して目指すんじゃないか?」
「ふむ、そうか。個人的にはマッピングしながら行きたいところだが……」
「アユミに聞いてみればいいんじゃないか? 本来の目的はどっちでもないんだし」
元々は皆の戦闘時の行動の把握と連携の確認、そして実戦経験を積ませる事が目的なのだ。ダンジョンの攻略方法は明確に決めているわけではない。
しかし、トモエはダンジョンのマッピングに興味があるのか。未だ精確な地図の出回っていないダンジョンの地図を完成させられたなら、ひと財産儲けられそうだ。宮廷魔術師で金銭に困らなさそうなトモエがそんな理由で興味を持っているとは思えないが。
「マッピングって、地図書きながら進むって事か? よくそんなめんどくさそうな事しようと思うなー」
「未だ誰も把握できていない場所を最初に記録する……浪漫を感じないかね?」
「俺にはわかんねーわ」
トモエの思惑はマサヤが尋ねたので語られたが、別に大した理由があるわけではなさそうだ。うん、進み方はどっちでもいいな。
そんな雑談をしていると、ようやく詰所からアユミが出てきた。結構時間かかったな。
「お待たせ。もー、ホント面倒だね手続きって。色々根掘り葉掘り聞いてくるし。じゃ、早速行こっか!」
溜息混じりにうんざりした声を出しながら、アユミはダンジョンの入り口へと先導して歩き出した。兵士に見送られる中、皆もそれに続く。
「入る前にここで皆さんにエンチャントかけちゃいますね〜。『領域拡大魔術』〜」
入り口の手前でエリスが皆に纏めて補助魔術をかける。内容はいつもの防護魔術に武装強化魔術。そしてもうひとつ、
「最後に『異常耐性強化魔術』。はい、お待たせしました〜」
普段はあまり使わない補助魔術も行い、皆の足元に拡大されていた魔法陣が消失する。
「ふむ、さすがはエリス嬢。鮮やかな魔術の行使。これ程までの複数の魔術全てを詠唱を破棄しながらも一切の効果の劣化がないとは。聖女の名は伊達ではないですな!」
「あはは、やですねー、褒めてもなんにも出ませんよ?」
エリスの行った魔術を褒め称えるトモエ。そういえばトモエは他のメンバーの実力を見る機会は今までに全くなかったのでこれが初めてか。
「俺にはいつも通りにしか見えねーけど、やっぱエリスすげーのな」
「まあな。普通これだけの魔術を行使しようとしたら結構長い詠唱が必要になるはずだ。多分他の術師の魔術を見る機会があったら違いがわかると思うぜ」
マサヤは逆に、エリス以外に魔術を使う人を見た事がないせいでその凄さを実感していない。これが普通と思い込むのだけはやめてくれよ。ホントに規格外なんだぞこいつ。
エリスの補助魔術もかけ終え、入り口を潜り階段を下る。入り口からの明かりが乏しく思えてきた頃に、出口の明かりが確認できた。
そして、出口を抜ける前に皆が一度立ち止まる。
「……いるね〜」
「情報通りだな」
出口から外の様子を伺うアユミ。前情報によると、このダンジョンの一階層の入り口地点は、ある魔物の群れの巣窟の中なのだそうだ。つまり、ダンジョンに入ってすぐに戦闘となる。
「ふむ、まだこちらには気付いていないか。本来ならばこの距離となると感知されてもおかしくないが、ダンジョンの境目には何かしらの法則が……」
「考察は後な。どうするよ?」
魔物の様子を観察し推測を述べ始めるトモエを制し、皆に判断を尋ねてみる。
「突撃だろ!」
「どうせ入らないといけませんし」
「ですよねー」
それぞれ武器を構え宣言するマサヤとエリス。わかってはいたけど。
「じゃ、言っておいた通りまずはそれぞれで自由に戦ってみよっか。ボクは高みの見物かな〜」
「初陣だな! 見せてやろう、我が華麗なる魔術捌き!」
残る二人も気合充分に……いや、アユミは気合も何もあったものではないが、とにかく突撃に肯定した。
「もうなるようになれだ。行くか」
シオンも仕方なしに頷く。元々魔物の群れを前に隙を突いての潜入など叶うわけもない。
一階層への入り口を飛び出し、皆がその身を魔物の群れの視線に曝す。当然シオン達の出現に気付いた魔物達……マンティコアの群れは、即座に敵意を露わにした。




