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それぞれの過去。

 朝のうちにアーヴァタウタ大国王都から馬車で発ち小一時間程。現在シオン達を乗せる馬車は街道を走っている。ヴァリブトル地下迷宮がある場所まで半分程の距離を進んだところか。

 馬車は五人が乗っても窮屈を感じない程度に大きなものを頼んだ。今までにシオン達が二人、若しくは三人で利用していた馬車よりも料金は高かったが、その程度はアユミにとっては端金らしい。羨ましい限りだ。


「ん〜、一ヶ月近くもお勤めから離れられるなんてサイッコー! 提案してくれたシオン君には感謝だね〜」


 その当の本人はこんな事を言っているが。仕事をサボる口実にされたみたいでこちらとしてはあまり良い気分ではないのだが。


「ダンジョン攻略がお前のそのお勤めよりも楽なわけないと思うんだが」


「ちっちっち、解ってないな〜シオン君は。楽かどうかよりも退屈な作業とは違う刺激が得られるだけでも嬉しいものなんだよ」


 アユミの発言に反論してみるが、彼女は指を振りながらそんな理屈を楽しそうに語った。

 違う刺激、ねぇ。言いたい事はわかるがその刺激とやらが最難関ダンジョンともなると気分転換どころの話ではないと思うのだが。


「アユミさんって、巫女さんになる前は冒険者だったんですか?」


「まあね。この世界に来てとりあえず冒険者になってみて、いろいろ目立っちゃってリーフェルトに目をつけられて、って感じで今に至るってところかな?」


 エリスの質問に答えるついでに、それまでの自分の過去を簡単に説明したアユミ。だいぶ端折られているがまあだいたいわかった。


「トモエはこっちに来たばっかりの時は何してたんだよ? 最初からお城で魔術師してたわけじゃねぇだろ?」


「む? いや、ほぼそのようなものだぞ?」


 ついでにとマサヤがトモエのこれまでの経緯も聞いてみたが、その返答は意外なものだった。


「は? どういうこった?」


「俺がこの世界に来た時の場所はちょうどアーヴァタウタ大国の王都だったのだ。来てすぐにアユミが見つけてそのまま宮廷魔術師に迎えられたのだよ」


「すぐ近くで時空間魔術が使われたのに気付いたから調べてみたらこいつが居てね。回収してシュヘルムヴィアーに問い質して現状を把握したってわけ。あの時はホントびっくりしたんだから」


 トモエがこの世界に来た時の出来事を二人で語られた。アユミの近くに召喚されていたのか。道理で最も早くアユミと合流できていたわけだ。


「ね、せっかくだしエリスとマサヤも聞かせてよ。ここに来たばっかりの時の事」


 アユミはそのままの話題を二人に尋ねてきた。そういえばまだ話してなかったっけか。


「いいですよ。まずは私から。私がこの世界に来た時は、リインドの街の近くの森の中でした。目が覚めたらシオン君が目の前にいまして……びっくりしましたよ! 金髪碧眼の美少年に起こされるなんて夢にも思いませんでしたもの! まさに運命の出会いでしたね!」


「そういうのいいから」


 エリスの明らかに誇張された表現を時折シオンが訂正しながら当時の事を語る。最初は異世界に来た事が信じられなかった事。ゴブリンに遭遇した事。街に行って冒険者となり、シオンとパーティーを組んだ事。そして初めての冒険でバンダースナッチと遭遇した事。


「その時にバンダースナッチの攻撃で、シオン君が目の前で殺されちゃったんです。あの時はすごいショックでした」


「え、殺されたって、それくらい酷い怪我したって事?」


「いいえ、本当に死んじゃったんです。心臓も止まってたし息もしてなくて、何度ヒールをかけても心肺蘇生しても無駄で……途方にくれてたら急に何だか凄い魔法の術式が頭の中に浮かんできて、それを使ったら生き返ったんですよ。もうあの時は本当に焦りましたよ」


「はー、マジか。お前ら結構波乱万丈だったんだな〜」


 エリスの語る過去に驚くマサヤ。しかしアユミとトモエは彼とは違い何処か難しい顔をしていた。


「……トモエ、そんな魔術存在するの?」


 エリスの話を聞き、彼女が使った死者蘇生の魔術に疑問を抱いたらしいアユミはすぐにトモエに尋ねた。あらゆる魔術の知識を与えられたトモエならその疑問にも答えられると思ったのだろう。


「ふむ、実に興味深い事例だな。十中八九エリス嬢の持つ神の権能に由来する神聖魔術なのだろうが、恐らく前例はないであろうな。エリス嬢、その魔術の術式がどのような物だったのか再現できるかな?」


「んーん、あれ以来全然頭に浮かんで来ないんですよ。思い出そうとしてもどうしてもできなくて。まあ、使う機会はないに越した事はないんですけど」


「ちなみに、オレの身体能力が上がったのはその生き返った直後からだから、その時に寵愛のスキルも貰ったっぽいんだ」


 エリスに詳細について質問するトモエに、シオンはその魔術に関する事柄であろう自身のスキルについて補足する。

 それまで底辺冒険者でしかなかったシオンの実力が急激に上昇したのは、エリスに蘇生してもらった時に与えられたのであろうスキル、ルキュシリア神の寵愛なるスキルによるものだ。それも彼の考察のヒントになるかもしれない。


「あ、そこからシオン君のスキルに繋がるんだ。へー、なるほどね〜」


「……ふむ、もしかしたらシオン殿にスキルを与えたのもその蘇生魔術の一貫なのやもしれん。神聖魔術は一般に浸透している信仰魔術とは違い不明瞭な点が多い。故に考察の域を出はしないが、確かルキュシリア神様はもうエリス嬢が他の誰かにシオン殿のようにスキルを与えるような事はできないと言っていたのだったな。それはこの蘇生魔術にも同じ事が言えるのかもしれん。術式の詳細を思い出せないのも、もう使用する事が不可能だからなのかもしれんな」


 トモエはエリスとシオンから聞いた情報と、かつてアユミがシオンのスキルについてルキュシリア神本人から聞いた詳細を照らし合わせ、そのような結論を述べた。


「そっか。確かにいくら何でも死んだ人を生き返らせちゃうなんて常識外れ過ぎるものね。それも合わせて一度っきりなら納得かな。あ〜、でもちょっと勿体なかったかも。ジャバウォックと戦う時の切り札になり得たかもしれないし」


「それもそうだな……オレなんかに使っちゃったのは失敗だったか。お前ら異界人みたいな最初から強い奴が死んじまった時の為に残しておくべきだったよな」


「ちょっとシオン君! そんな事言っちゃヤですよ!」


 エリスの使った魔術について考察し、それがジャバウォックとの決戦の際に切り札になり得た可能性を考え発言したが、それを聞いた本人は珍しく憤慨していた。


「一度っきりしか使えないんだったら、私はシオン君に使って正解だって思います! シオン君がいない異世界生活なんて考えたくもありません! 自分の事そんな風に卑下するの禁止ですからね!」


 エリスの言い分は戦略等とはかけ離れたものだったが、わざわざ一度しか使えない魔術を施した相手に「してほしくなかった」などと言われては怒って当然か。こちらは生き返らせてもらった立場だというのに少し軽率な発言だったな。反省せねば。


「あー、悪かった。反省するからそんなに怒らないでくれよ」


「あはは、ごめんねエリスちゃん。てか、そもそもその魔術、要するにシオン君にスキルを与えたのと同じだとしたら、ルキュシリアの話を信じるならエリスちゃんが心の底から愛している人にしか使えないってことでしょ? ならそもそもシオン君にしか使えなかったんだし、これで良かったんだよ」


 シオンに続いて謝ったアユミが、忘れかけていたスキルを与えられる条件を言いやがった。こんにゃろう、んな事思い出させるなよ。


「ですよねですよね! シオン君以外に考えられませんもの! 私の愛の力で……」


「あーはいはい。マサヤはこの世界に来た時はどんな感じだったんだよ?」


「いやちょっ、話題を逸らすにしても強引過ぎません!?」


 エリスの抗議を無視してマサヤに話を振る事にした。愛とか恋とかいいからそういうの。


「俺か? 俺もこっちに来た時は森ん中だったなー。誰もいなくて一人っきりだったけどよ。ワケわかんなくて二、三日くらい彷徨ってたぜ」


 マサヤの当時の出来事は、思っていた以上にハードだったようだ。


「二、三日も森の中って、魔物に襲われたりは……あー、いや、お前強いし返り討ちか」


「まあな。魔物はどうとでもなったんだけどやっぱ食べ物とかがな。マジ辛かったぜ。で、辿り着いた村がシオンの故郷だったんだ。村長さん達に助けてもらって、しばらく住まわせてもらって、元の世界に帰る手段を探す為に街に出ようってなって……」


「で、オレを頼って来たわけか」


 シオンの故郷であるアルヤメ村は、リインドの街から近いわけではない。それでもシオンを頼って来たのは、アルヤメ村出身で歳の近い冒険者がシオンのみだったからだろう。結果としてマサヤが求める答には行き着いたのだが、異世界に帰る手段を探す足掛かりとしてはなんとも頼りない一歩な事か。


「……なんかシオン君、凄いね? 異界人二人に偶然縁ができるなんてさ」


「マツリの事も含めれば三人だぜ。お前達二人はその時の出来事から探し当てたから偶然じゃないけどな」


 話を聞いて少々呆れたような口調で呟いたアユミ。その疑問はシオン自身も前々から思っていた事だ。この世界にバラバラに召喚された異界人達のうち三人に偶然出会い、あまつさえその異界人達が抱える問題に巻き込まれ……オレ、変な呪いにでもかかっていやしないか?


「なあ、ちょっと思ったんだけどよ、まだ見つかってないもう一人の異界人って、俺とかエリスみたいに魔物のいるような所に召喚されてそのまま殺されちゃってたりなんかしてる可能性ってあるよな?」


 マサヤが自分の身の上を話していて思い至ったらしい事を尋ねてきた。七人いる異界人のうち、あと一人だけが未だ所在が掴めていない。確か発展と開発を司る神、エセティア神様の権能を持つ者が見つかっていないのだったか。


「ああ、それはないよ。神様連中、自分が与えた権能を持っている人の生死の判別くらいはできるんだってさ。誰も死んではいないって言ってたから何処かにはいるはずだよ」


 マサヤの疑問に答えるアユミ。神様の話を信じるなら、少なくとも残る一人の生存は保証されているらしい。


「そういえば、そのもう一人の捜索はいいのか? 一月近くもダンジョンに潜る事になるが」


「それに関しては正直お手上げ状態なんだよね。ここまで探しても情報ひとつ出てこないとなると、他国に召喚されたとしか思えないし。そうなると探すのも簡単じゃないからさ。サーグラ国との外交が終わった後、友好国から探してみるつもりだよ」


 最後の異界人の所在はやはり難航しているそうだ。アーヴァタウタ大国の領土は西方大陸内でも一、二を争う広さではあるが、世界じゅうに……いや、アユミが前に西方大陸内にと言っていたか、散りばめられて召喚された異界人達が大国外に召喚されていてもおかしくはない。現に二人は国外に居るし。それに一応、マサヤが召喚されたアルヤメ村はギリギリ大国内の領土ではあるという位置だし。


 せめて敵対しているヴァスキン帝国に召喚されていない事を願うしかないか。既にマツリの問題があるのだからこれ以上事態をややこしくされてしまったらたまったものじゃない。


「皆の者、もうすぐ目的地のようだぞ」


 頃合いを見計らって小窓を開けたトモエが外の様子を伺いながら皆に伝えた。雑談に花を咲かせている間に到着間際にまで時間が経っていたらしい。


 ヴァリブトル地下迷宮、探索開始だ。

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