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黒騎士と白銀の君、その実力。

 昼過ぎ頃に馬車で街を出て小一時間程。街道の途中で馬車が停車する。遠くに見える高い山が目的地であるマーコシュラス霊峰だが、ここから先は道が続いていない。手前の森林を抜けなければ霊峰に辿り着けないのだ。


「あの山がそうなのね? どれくらいで着くものなの?」


 馬車から降りたマツリが霊峰を見つめ尋ねる。


「神殿まで行くとなると日が暮れてしまうだろう。麓にある泉の近くで一夜を明かし、明日に事を済ませる予定だ」


 マツリの進行速度や体力を考慮した判断を伝える。俺一人だけならば例え深夜の暗さであろうと感知能力によって問題なく進めるし戦闘も支障ないが、彼女はそうもいかないからな。


「結構かかるものなのね。早速向かいましょう」


 俺の言葉に頷き、早速森へ向かい歩き始めるマツリ。

 俺達を送ってくれた馬車は、既に俺達を置いて街へと走り始めている。明日の同じ時間にまたここに来てくれる予定だ。

 それを確認してから、そこそこ多めの荷物を担ぎマツリの後を追う。彼女は木々の合間から見える山を頼りに進むつもりのようだが、泉の位置までは知らないだろう。近くに来てから案内を始めるか。


「暗くなるまでに泉に着ければいい。あまり急ぐと無為に体力を消耗するぞ」


 先頭でどんどん進もうとするマツリにそう呼びかけると、彼女は素直に立ち止まり俺が追い付くのを待った。そしてそれからは、俺の側に並んで歩む。


「ところで黒騎士さん、お名前を教えては下さらないかしら?」


 歩きながら、こちらを見上げてそんな事を尋ねてくるマツリ。


「名はとうに捨てた身だ。我は黒騎士。それ以外の何者でもない」


 その質問に対する返答は決めている。誰に尋ねられようと、この返しをしている。それを聞いた相手は、恐らく俺の過去が暗く凄惨なものだったのだろうと予想し、それ以上追求はしてこない。実際は別にそんな事はないのだが、異世界から来た等と本当の事を告げても信じて貰えるわけがないからな。


 だが、


「そんな言葉で誤魔化さないで教えて欲しいわ。それに貴方の素顔も見てみたいもの。私、とても興味あるわ」


 予想外な事に、マツリは御構い無しにさらに踏み込んできた。此奴、空気が読めないのか? 世間知らずもここまで来るとギルティだぞ?

 思わず俺を見上げるマツリの顔に目を向ける。抗議しようとしたが、そのマツリの目を見て思い留まった。

 その映える真紅色の瞳は、俺の事を真っ直ぐに射抜いている。そう、まるでこちらの内面までもが見透かされているかのように。


 ……まさか、嘘に気付いているのか?


 一瞬動揺してしまうが、すぐに考え直す。俺の過去を知る術はないはずだし、俺自身疑われるような言動はしていなかったはずだ。そんな訳がない。

 恐らくカマかけだ。俺の反応を見て嘘かどうかを探りに来ているのだ。フッ、残念だったなマツリよ。その程度でこの黒騎士は揺るがない。


「……名を明かす気はない。素顔もな。あまり他人の過去を詮索するものではないぞ」


 マツリの視線から目を逸らし、歩みを再開しながらそう伝える。これ以上話す事もないという意思表示だ。


「残念……でも、私は知っているわ。貴方が隠したがっている過去をこじ開ける、魔法のコトバ」


 そんな俺の背に向けて、マツリはそんな意味深な事を言う。


「フッ、面白いな。是非聞かせて頂こうか」


「ええ、聞かせてあげるわ……貴方ーー」


 続きを促され、その言葉を告げようとするマツリだが、


「待て、囲まれている」


 そこで周囲から感じる気配に気付き制止する。迂闊だった。マツリとの会話に意識を持っていかれていたか。

 いつの間にやら周りの木々の合間から、幾つもの魔物の姿がちらついていた。その数は数十……結構な群れのようだ。


 すぐに背負っていた荷を地に降ろし、大剣を構える。集まってきた魔物は……ソルジャーオークか。通常のオークよりも強力な個体で、武器の扱いにも長けている厄介な魔物だ。

 それぞれの持つ得物は様々だが、多くが幅の広いサーベルだ。


 そしてそのオーク達は……マツリに注目しグフグフと下卑た笑みを浮かべている。


「何だか……この魔物達、目つきがいやらしいわ」


 そのオーク達の視線に引き気味なマツリ。まさかこいつら、人間の少女にあんな事やこんな事をするつもりなのか!?

 一瞬オーク連中に捕まり、その欲望のままに弄ばれるマツリのあられもない姿を想像してしまい……何それ見てみたい……じゃなくて、けしからん! 下劣な魔物め!


「話の続きは後でだな」


「そうね。お手並み拝見と行きましょうか」


 気を取り直し、連中を警戒しながら言葉を交わす。そして魔物の群れに囲まれているこの状況で、俺の背後でどこか楽しそうに言うマツリ。

 彼女は召喚術師らしいので戦う術があるのだろう、自身も戦闘に参加するつもりらしい。しかし、護衛対象の手を煩わせるのも癪だ。だがこの数の魔物を相手に、彼女を守りながら突破するのも一苦労か。


 ……普通の冒険者なら、な。


「数で攻めて来るならば、こちらも数で相手をしてやるか」


 俺は身を屈めて剣を持つ手とは反対の手のひらを地面に向ける。そこから放出された魔力が、魔法陣を描き始める。


「大地よ聴け。黒騎士の名の下に、我が意志をその身に宿し我が傀儡と化せ。告げる。我が眼前を阻みし愚かな罪人に鉄槌を与えよ!」


 そして俺の詠唱に反応し、完成した魔法陣が光を放ち始める。

 その時になってそれまで警戒していた数匹のオークが剣を振り上げこちらに駆け出し始める。例えすぐに迫って来ていようが無駄な事だったが、もう遅い。


 迫るオーク達と俺の間の地面が突如隆起する。驚いたオーク達がその足を止めた目の前で、盛り上がった土が次第に形を作り始める。

 その現象は俺とマツリを囲うようにその周囲全てに起きていた。それらの隆起した土はやがて人型となり、最終的には俺のこの漆黒の鎧とよく似た形をした土人形となった。手にする武器だけは剣ではなく大槌だが。土や岩では刃物は再現できないので、重量に任せた打撃武器を生成したのだ。


「これ、ゴーレムってやつね?」


 その光景を見たマツリが尋ねてくる。その通り。土等を人の形に模して作り、魔力によって自立性を持たせ、術者の命令に忠実に従う僕とする人形、それがゴーレムだ。


「さて……殲滅せよ」


 突然現れた土人形の集団に戸惑うソルジャーオーク達を一瞥し、傀儡に命令を下す。それに従い動き出したゴーレムは、槌を振り上げ手近な相手に攻め始める。


「驚いたわ。貴方も術者タイプだったのね」


 オーク達と戦闘を繰り広げたゴーレムを見やり、マツリがそう呟いた。当然の反応だろう。このような全身を覆う鎧を身に纏っている者が術者型の冒険者だとは予想できるはずがない。


「無論、俺自身だけでも連中を殲滅する事自体は可能だ。だが、今回は護衛対象がいる故、より確実な手段を取ったまでだ」


 オークとゴーレムの戦闘は、ゴーレム側が比較的優位だ。人並みに機敏に動けるうえに、刃物等による攻撃では全く動じない身体。一方的に殲滅できる程ソルジャーオーク達も弱くはないが、この様子ならばゴーレムが倒される事はないだろう。


「ゴーレムの生成は錬金魔術だったかしら。なら……なるほどね」


 オークの殲滅をゴーレムに任せ、護衛に徹する事にした俺の側でマツリが何かに納得したように頷いている。何を考えているのだろうか。


 そんな様子の俺達に、ゴーレムの隙を突いてその攻撃を避け、こちらに向かってくるオークがいた。術者本体を狙うという発想ができるとは中々頭のいいオークだ。

 しかし、術者自身がゴーレムとは比較にならない程強いという事実にまでは至らなかったようだ。すぐに迎撃しようとするが、


「ーー限定召喚・『サラマンダー』」


『承認』


 そのオークに手のひらを向けて呟くマツリ。そして呟いた言葉に、何処からか返答する声が響き、マツリの手のひらの前に瞬時に魔法陣が現れ展開される。

 そしてその魔法陣から、凄まじい高熱を出しながら炎が現れ、近付いて来ていたオークを一瞬にして包み込む。

 炎は消えるのも一瞬だったが、その炎に焼き尽くされたオークは炭化し、ぼろぼろとその場に崩れ落ちた。


「……今のは、召喚魔術なのか?」


 マツリの行なった攻撃は、傍目には属性魔術による火属性攻撃にしか見えなかったが、直前にマツリが呟いていた詠唱、そして彼女が自身を召喚術師であると語った経緯からそう判断できた。

 しかし予想していた召喚魔術とはかけ離れている。精霊を召喚するのではなかったのか。


「限定召喚と言って、契約した精霊の持つ力を一瞬だけ召喚し行使する技術よ。今みたいに詠唱も短くて済むし、その力だけで解決できるなら精霊自体を召喚するよりも効率がいいわ」


「なるほど……予想以上に便利なのだな」


 マツリの説明に納得する。しかし、ほんの一瞬だけ精霊の力を借り受けただけでソルジャーオークを消し炭にしてしまえるとは。規模こそ広くはないが、あの火力は中級の火属性魔術に相当するはずだ。

 そして、今のは当然本気ではない。咄嗟の判断で使用した攻撃手段だ。それがこれ程の威力となると、本格的な召喚を行なったならばどれ程のものになるか……。


 この少女……予想以上に強い。




 そして……めっちゃカッコよかったんだが!?


 短い詠唱の後にその精霊から「承認」って返答が来るとか! いいなあれ! 俺もやってみてー! もう一回見てぇ!




 自身の実力をマツリに見せるだけでなく、マツリの実力も確認できた黒騎士だが、そんな事よりも内心ではマツリの魔術を行使する動作に心奪われテンションを上げる結果となった。

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