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黒騎士、白銀の君と出会う。

「依頼のアイテムと魔物のドロップアイテムだ。纏めて換金してくれ」


 依頼完了報告専用の受付で、背負い運んで来たドロップアイテムの詰まった袋を下ろす。受付内からすぐにスタッフが出てきて、その袋を運び始める。

 受付嬢には、冒険者証を渡す。依頼を終えた後のいつもの流れだ。


「確認致します。暫く席でお待ち下さい」


 エルフ族の女性の受付嬢は、表情を崩さず応待する。そのいつも通りの受け応えに頷いてから、酒場の席へと足を運ぶ。


 冒険者の街と呼ばれるここ、ミスハギの街。その街の冒険者ギルドは今日も変わらぬ賑わいを見せている。

 そんなギルドの酒場の隅の席に一人腰を下ろす冒険者、黒騎士。


 そう、我が名は黒騎士だ。


 異界よりこの地に舞い降りし罪深き魂。神の力をその身に刻まれし禁忌の存在。それがこの俺だ。

 異界に居た頃の偽りの名は捨て、名もなき漆黒の騎士としてこの罪とともに生きる事を誓った。

 当初は己の置かれた現状に戸惑いもしたが、この身に宿りし力の扱いを受け入れてからは、自身に適切な生き方を見い出すのも容易い事であった。それこそが冒険者稼業だ。


 素性を明かさずとも実力さえあれば認められる世界。どうやらこの身に宿る禁忌の力はこの世界において最上とも言える強さだったらしく、過酷であろうこの仕事も難なくこなす事ができた。

 今は己の力が何処まで通用するのか、その限界を試し続けている。ギルドの依頼の中でも最も危険であろうものを積極的に引き受け、それら全てをこなしてきた。無論、中には確かにこの実力があっても危険と言える依頼があったのも事実だが、それすらもこの罪深き身を滅ぼすには至らない。


 ……フッ、まるで死に場所を求めて彷徨う幽鬼が如し、だ。我ながら中々カッコい……無様な生き方だ。


 そんな自分を自画自賛、もとい自嘲する考えを抱きながら、黙って酒場の隅の置物に徹する俺。しかし周囲の連中からすればそうはいかないらしい。

 先程から幾多もの視線を感じる。酒盛りに乗じる者や受付に並ぶ者の幾人かが、明らかにこちらに意識を向けている。

 本人達は密かに盗み見ているつもりのようだが、生憎とこちらの感知能力はその程度の気配は看破できてしまうのだ。フッ、これも実力差からくる結果か。残念な事だ。


 その中の酒盛りをしている連中が、ひそひそと内緒話を始めた。流れからして、俺に関するものだろう。どれ、覗き見をされていた仕返しと言うわけではないが、暇つぶしに何を話しているのか聴いてやるとするか。五感強化等我にはお手の物。聴力を強化しその者達に意識を向ける。




「あいつが噂の黒騎士か……。本当に噂通りの実力があるのか?」


「さあな。誰もあいつと組んだ事ねぇんだ。いつも単独で冗談みたいな結果を出して帰ってくるんだよ。それも下手な小細工でどうにかなるような依頼じゃないものばっか。強いのは確かだろうって話だ」


「ケッ、誰とも組みやしねぇわ誰にも顔すら見せねぇわ、陰気な奴だよ」


「それなりの事情があるんだろうよ。何でも最近は、最も難易度の高い依頼を率先して受けているって話だ。何か目的があって荒稼ぎしてんじゃねぇかって噂だぜ」


「そういや、国を追われた姫君に使えてるって話を聞いたな。そのお姫様の為か?」


「いやいや、違うぜ。元は裏世界の暗殺者だって噂だぜ? 裏組織から足を洗う為に金がいるんだよ」


「そんな話もあるのか。俺が聞いた噂じゃあ……」




 酒盛りをしていた男達はそれぞれ、自ら聞き及んだ黒騎士の噂話に花を咲かせた。ほう、幾つかは俺も(盗み)聴いた事があるが、中々に興味深い話ではないか。


 ちなみに得られた報酬の実際の所は、使うあてもないので溜め込んでいるというのが現状だ。別に金が必要なわけではない。己が実力を試す副産物でしかないのだ。


 しかし聴いた限りでは、どうやら黒騎士は命を賭けてでも泥臭く金を稼ごうとしている印象があるようだ。それはそれでハードボイルドな感じがあって悪くはないが、俺の理想とする黒騎士のイメージとは違うな。ここはひとつ、今後の方針を考え直す必要があるやもしれん。

 そう、例えば、難題を抱えているが依頼金が準備できないような貧しい依頼人からの依頼を無償で引き受けてやるとか。うむ、これなら金にがめつい印象は払拭されるはずだ。いやまてよ? しかしそれでは善人というイメージを持たれてしまうのではないか? それはまた黒騎士のイメージとは違うな。ふむ、難しい問題だ。


 そんな事を考えていると、ふと、ギルド内の雰囲気に変化が起きた事に気がついた。

 それまで多くの冒険者やギルドスタッフがいて騒がしかったはずが、その殆どの者が突然黙ってしまったのだ。奇妙な静寂がギルド内を包んでいた。

 何事かと周囲に意識を向けると、どうやら皆、出入口に注目しているようだ。自分も皆からの注目を集める存在が気になり目を向ける。


 出入口には、たった今入ってきたばかりらしい人物が立っていた。その者は、まだ年端もいかない少女だった。

 髪や肌、身につけているドレスまでが全て白一色。整った顔立ちの大きな目、その瞳だけが赤く目立つ。どこか人間離れしている印象を受ける、美少女だった。


 見たところ冒険者とは思えないが、ここに何の用事で赴いたのか。疑問を覚えたその時、



「……美しい……」



 誰かがそう呟いた。突然何を言い出しているのかと驚くが、その直後、ギルド内にいる殆どの者がその少女を褒め称え始めた。皆が羨望の眼差しを少女に向け見惚れている。


 確かに彼女は美少女と呼んで差し支えない容姿をしてはいるが、何もそこまで持ち上げる程の事だろうか? まあ、自分は本来この世界の人間ではないので、それがこの世界の人間の感性なのだとしたら納得する他ないが。


 さて、その肝心の少女は、皆の視線を集める中、悠然とギルドの受付に向けて歩き始める。前に立っていた者は皆恭しく道を譲り、少女はすぐに受付に到着した。


「失礼するわ。依頼を出すのはここで問題ないかしら?」


 そして皆に見守られる中、鈴の音のような少女の声が響く。


「えっ、あ、は、はい。こちらで大丈夫です」


 それまで我を忘れていた様子だった受付嬢が慌てて対応する。よく見ると、普段全く表情を崩さない依頼達成報告専用受付のエルフ族の受付嬢までもが彼女に見惚れているようだ。これは珍しいものを見た。


「マーコシュラス霊峰の神殿に行きたいの。護衛に冒険者を雇いたいわ」


 少女はどうやら依頼を出しに来たらしい。マーコシュラス霊峰とは、ここミスハギから馬車で数刻程の距離にある山だ。頂上付近にある神殿には精霊が祀られており、高僧の巡礼地と知られている。そんな場所に用があるとなると、彼女は聖職者関係の人物なのだろうか?


 少女の言葉に、冒険者達が騒ぎ出した。聞き耳を立ててみると、この少女の依頼を受けるかどうか話し合っている者が多い。まだ報酬金も公開されていないというのに気の早い事だ。そもそも少女は依頼金を準備しているのだろうか?

 マーコシュラス霊峰となると、出現する魔物は中々強力だ。パーティー全員がCランク以上が目安として、神殿まで少女を護衛しながら向かうとなるとBランク相当の実力の冒険者も戦力に欲しい所か。それ程の難易度の依頼となると、その報酬にはかなり色をつけなければ労働に見合わない。


「御依頼には貴女様の身分を証明する物を提示して頂く必要があります。それから、マーコシュラス霊峰への護衛となりますと、依頼金も多くなければ受けて下さる冒険者がいない可能性がありますが……」


「身分証ね。はい。こっちは推薦状よ。お金なら多めに持ってきてるけど、どれくらいが良いのかしら?」


 少女は受付嬢に応えながら、肩に下げていた小さな鞄からそれらしい物を取り出し渡す。


「確認させて頂きます……えっ、ええっ!? 皇帝陛下の!?」


 身分証と推薦状を渡された受付嬢の表情が驚愕に染まる。皇帝? ヴァスキン帝国の皇帝陛下からの推薦状なのか?

 そんな受付嬢の様子を気にせず、少女は鞄から出した財布らしい巾着袋から数枚の金貨を取り出し、「何枚くらいがいいの?」と首を傾げている。金貨て。


「お、お待ち下さい! そんな大金でなくても充分ですから!?」


「あら、そうなの? 思っていたより良心的なのね」


 この少女、どうやら世間知らずのお嬢様らしい。もしかしたら皇帝の血筋の者なのかもしれない。結局少女は本来の相場であろう額よりもだいぶ多めに依頼金を出した。気前の良い依頼人だ。


「引き受けて下さる冒険者はどれくらいで決まるものなの? できるだけ早くお願いしたいのだけど」


 少女は渡された必要な書類にペンを走らせながら尋ねる。


「は、はい、では早速掲示板に募集の貼り紙を貼らせて……」


「お嬢さん、その依頼、俺達で引き受けるぜ」


 受付嬢が貼り紙の作成を始めた丁度その時、少女と受付嬢のやりとりを立ち聞きしていたらしい冒険者パーティーが寄ってきて話しかけた。


「おい、ちょっと待てよ。その依頼は俺達のパーティーが受けようと思ってたんだ。抜け駆けしてんじゃねえよ!」


「あぁ? お前ら霊峰の魔物相手に戦えんのかよ?」


「待て待て、その依頼を受けたいのはお前達だけじゃないぞ」


 最初に少女の依頼を受けようとした冒険者に文句を言った者を皮切りに、多くの冒険者達が少女の前に殺到した。まあ、報酬は充分なうえに、誰もが目を止める美少女の護衛ともなるとやる気になる輩は多いだろう。それにしても過剰に感じはするが。


「こんなに大勢に来られても困るのだけど……顔を出して来たのは失敗だったかしら?」


 少女はそんな冒険者達の様子を一瞥し、他人事のように肩を竦める。自分の魅力に自覚があるらしい発言だ。


「こうなりゃお嬢さんに決めてもらおうか!」


「ああ、それがいい! お嬢さんが決めたなら文句はねぇさ!」


 誰かの提案に皆が頷き、一同は少女に注目する。決断を託された少女は集まった冒険者達を眺め始める。が……


「……あら?」


 少女はとある人物に目が止まる。いや、その人物というのは何を隠そう俺なのだが。


 ちなみに、少女の動向を全て確認できている俺だが、実は顔をそちらの方向に向けているわけではない。

 我が秘術によって魔力を宿された物質、例えばこの鎧は、その物質を通して周囲の状況を俺に伝える事が可能なのだ。つまり、俺の視界はこの漆黒の鎧の背後にも行き渡っているという訳だ。なので俺は傍目にはさも興味なさそうに酒場の隅に座っているようにしか見られない。


 そんな様子の俺に興味を持ったらしい少女。ほぉ、自らを慕い集まった連中よりもこの俺に注目するとは、中々人を見る目があるではないか。


「……ねえ、あちらにいる黒い鎧の大きな人。あの人ってどんな人なの?」


 少女は小声で受付嬢に聞いた。近くの冒険者連中には聞こえていないようだが、聴力を強化できるこの俺にとってはそれを聞き取るなど造作もない事だ。


「あの方ですか? 黒騎士という名で登録なさっている冒険者です。現在はCランクですが、既にそれ以上の功績を幾つも上げている実力者です」


「ふぅん……霊峰に行く事もできるくらい強いの?」


「はい。過去にも何度か単身で霊峰での依頼をこなしております」


「へぇ……そうなの」


 受付嬢の話を聞き終えた少女は、注目する冒険者達の間を素通りし、真っ直ぐにこちらに歩み寄ってきた。


 そして、俺の横に立ち、満面の笑顔を向け。


「はじめまして、私はマツリ。貴方、良ければ私の依頼を引き受けて下さらない?」


 そう聞いてきたのだった。

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