名のない怪物。
「さて、他に質問はないのかね諸君?」
項垂れる二人とシオンに向けて、やはり演技がかった口調で尋ねるトモエ。
とりあえず異界人達がこの世界に来る事に、というよりは転生と呼ぶべきか。そうなった流れは理解できた。
しかしまさか全員が一度は死んだ身だったとは、神様パワー恐るべしだ。使い方は間違いなく間違っているが。
「てめぇは何とも思ってねーのかよ眼鏡」
落ち込んでいたマサヤが吐き捨てるようにトモエに聞く。確かに彼も二人と同じように理不尽な理由でこの世界に来た人間だ。既にアユミから聞かされていたのだろうから、今マサヤ達のように落ち込む素振りがないのは当然だとは思うが。
「勿論多少はショックを受けた事は事実だ。しかしなマサヤ氏よ、考えてもみろ。この世界には我々がいた世界にはなかったものが山程ある! 面白く奥深い魔法が実在する! 人々の脅威となる魔物が現れる! ヒトのみならぬ様々な種族が存在する! こんなにも魅力溢れるこの世界に招いてくれた事を、俺はむしろ神様に感謝しているくらいだぞ!」
しかしマサヤの質問に、トモエは活き活きとこの世界の魅力とやらを熱く語ってみせた。
どれもこの世界の住人であるシオンにとっては当たり前の事なのだが、トモエ達の元いた世界には存在しなかったものらしい。そしてそれらに対して、トモエの眼にはここまで魅力的に映っているという事も。
「こいつは好奇心の塊みたいな奴だから同情を誘っても無駄だよ。結果オーライって程度にしか思ってないよ」
そんなトモエの様子に肩を竦めながら呟くアユミ。それはまあ、今の演説を聞けば自ずと理解できる。
「確かにこの世界の魅力には同意しますけど〜、もう少し手段といいますか、ちょっとは巻き込まれた私達の事を考えて欲しかったですよ」
エリスはそんな事を言いながら溜息をついた。ああ、そういえばこいつもこの世界に来て間もない頃は事ある毎にテンション上げてたな。そんな反応をするのはこいつだけだと思っていたぜ。
「はぁ……もう二度と家族やあっちのダチには会えないって事だろ? お前らよくそんな平気でいられるな」
「ボクはもう割り切ったよ。つらいのはわかるけど、そうするしかないんだし」
「うむ、過ぎた事は仕方あるまい。それよりも今後この世界でどう楽しんで行くかを考えるほうが建設的だと思うがね?」
「うーん、いざその事が判明したらやっぱりショックですけど……でも、もし帰れたとしても私はここに残ってたと思いますし、確かにその辺は踏ん切りつきましたね」
マサヤのもっともな感情に、アユミは諦めた様子で、トモエとエリスは前向きな答を出した。こいつらホントさっぱりしてやがるよな。
「絶対お前らおかしいっての。そんな簡単に割り切れるもんじゃねえだろ」
「オレもそう思う。マサヤは間違ってねぇよ」
他の三人とは違い落ち込み続けるマサヤには心から同情する。唐突な家族や知人との今生の別れを悔やむ気持ちを誰が馬鹿にできようか。せめて強く生きてくれ。既にシオンよりは断然強いけど。
「で、他に質問でしたっけ? うーん、私は聞きたかった事ならもうだいたい聞けましたからね。後はやっぱり、どうしてあなた達が私達異界人を集めるような事をしているのか、ですかね?」
立ち直れないマサヤを置いておいて、エリスは会話を続けた。確かに、異界人達に事情を説明する為だけに呼び出したわけではない事は聞いた話から察する事ができた。アユミ達にも、何らかの目的がある様子だ。
「ん、それじゃあボク達の、っていうかボクの事情を話してもいいって事だね? 単刀直入に言うと、今この世界が危機に瀕しているの。それをどうにかする為に、異界人を集めたいって思ってたんだ」
アユミの語る話は、世界の危機を救済するという、普通ならば突飛過ぎて妄言と思われても仕方のないような内容。しかしアユミは事実上、正真正銘神様から直接話を聴ける神託の巫女。そんな彼女の言葉を疑う事はできない。
「それって、さっき言ってた神様がやらかしてアユミに解決を押し付けたって奴か?」
「そう。ほんっと頭くるよねあいつら。自分が引き起こした問題なのに、自分では解決しようとしないんだよ? 何様のつもりだって話だよもぅ!」
何様のつもりって、神様だしなぁ。
再び神様への愚痴を始めてしまうアユミだが、そろそろ肝心のその内容をだな……。
「それってあいつでしょ? あのキモいドラゴン!」
そんなアユミに、エリスがその問題の内容を予想したらしく自信ありげに指摘した。
エリスが言っているドラゴンとは、リインドの森や奪還戦時に遭遇した、気配を感じられない不気味な竜だ。いや、本当に竜種なのかすら疑わしい存在だったが。
「正解。君達はもう会ってるんだっけね。神話の時代に神々が封印したそいつが、君達異界人を召喚した時の余波で緩んで脱出しちゃったの。あいつを野放しにしたままじゃ世界がやばいから、討伐したいんだよね」
アユミがエリスの予想を肯定する。冴えてるなエリス。
あの竜はバンダースナッチと名付けられた奇怪な新種の魔物を産み出したのは自分だと語っていた。確かにあんな凶悪な魔物を量産されるのは危険過ぎる。
その竜の発言から、神々と関係している存在である事は予想できたのだが、調べてみた神話関係の書物にはあんな存在は一切語られていなかった。あまりにも謎が多過ぎる存在だ。
「あいつはいったい何なんだ? 神話に関しては一通り調べはしたが、あんな奴についてはどこにも記されてなかったぞ?」
「そりゃあね。人類には伝わっていないらしいし。あいつは神々を裏切った第八の神が今際の時に産み出した最後の厄災。神々はそいつの名を付ける事もしなかったから、ボク達は勝手に『ジャバウォック』って呼んでいるんだけどね」
アユミの口から語られた竜の正体。その名は、ジャバウォック。
「ジャバウォック! 思い出しました! バンダースナッチってそれと同じ『不思議の国のアリス』に出てくる怪物でしたよね!?」
その名を聞き、以前バンダースナッチの名に心当たりがあったがついぞ思い出せなかったエリスが今になって閃いたらしく大声を出した。不思議の国の……?
「正確にはどちらもその続編、『鏡の国のアリス』の劇中歌に語られている怪物だがな。フッ、何を隠そう、その名を件の魔物に与えたのはこの俺だ。正体不明の竜の姿に似た怪物……まさにこの名に相応しいとは思わんかね?」
エリスの言葉に解説を加えながら語るトモエ。恐らくエリス達が元いた世界の創作物がその不思議の国の何たらというものなのだろう。エリスがバンダースナッチという名に心当たりがあったのも、同じ世界の出身であるトモエが呼称を名付けたのが理由だったか。
「第八の神……そんな神様がいたのか」
「その神様は全ての魔物の生みの親で、空想と創造の神って言われてたんだって。実は創世記にも活躍していたらしいんだけど、他の神々と仲違いして、神々とその子らである人類に敵対する種である魔物や魔族を産み出して戦争を仕掛けたの。その神は最後には討ち倒されたんだけど、最後に決して死なない魔物を創り出して自分の力を託したんだって。それがボク達がジャバウォックって呼んでいる怪物ってわけ」
アユミが神話を記した書物には書かれていなかった、恐らくは神々から直接聞いたのであろうその魔物と、その生みの親である神の詳細を語る。
「どうやっても倒せないジャバウォックを、神々は封印する事で解決させたんだ。そして誰もその封印に触れないように、人々にはその存在を伝えずにいたんだって。そこまでして厳重に封印したはずなのに、自分達であっさり解いちゃうんだもん。何なのあいつら。馬鹿なの? 死ぬの? 滅ぶの? 滅ぶのボク達なんですけど? どこまでふざけてるのあいつら!」
「おーい、途中からまた愚痴になってるぞ」
解説の途中でまた神々に対する怒りが込み上げてきたらしいアユミは、最後には愚痴を始めてしまった。しかし本当に酷いな神々。
「要するに、その不滅の怪物をどうにかする為に、神々の権能を有する我々異界人の力が必要という事だ」
「どうにかって、死なない奴をどうすりゃいんだよ?」
話を纏めたトモエに、ようやく話に参加してきたマサヤがもっともな意見を述べる。
「当然再封印だね。封印の手順は聞いてきたから、見つけて拘束して封印すればおっけ。でも、単純に超強いから、神の権能持ちかそれに匹敵する人材を集めないと拘束するのも儘ならないんだよね。だから異界人を可能な限り集めたいって思っているの。でもいちばん重要なイーヴィティア神の権能持ちが帝国側にいるしもうホント詰んでそうで困ってるんですけどね!?」
対策を語りながら、途中から頭を抱えるアユミ。お前は話の最後に怒らなければ気が済まないのか。
「マツリが重要なのか? あいつ、能力はともかく戦う術はなかったみたいだが」
「その能力が重要なの。封印した当時、ジャバウォックがイーヴィティアの美貌に見惚れている間に拘束したんだって。魔物や魔族にはイーヴィティアの美貌が通じないのに、何故かジャバウォックには有効だったらしくって。その権能が今でも通じる可能性があるなら試さない手はないでしょ?」
シオンの疑問に答えるアユミ。そういえばジャバウォック本人もそんな事を言っていたっけか。マツリに見惚れていたのかまではわからなかったが。
「じゃあマツリちゃん重要人物じゃないですか!? ほらシオン君! やっぱりマツリちゃんの事殺そうとか言っちゃ駄目ですよ!」
そしてマツリの生死を議論し続けていたエリスが、その話を聞き早速食い付いて来た。
「うん? 何の話?」
「ああ、オレはマツリの能力も思想も危険過ぎるから、今度会ったら排除すべきだって思ってたんだよ。エリスとはずっと意見が合わなくてな」
エリスの言葉に疑問を抱いたアユミの質問に答える。シオンは今でもその考えが間違ってはいないと信じているが。
「あ〜、そういう事ね。確かにジャバウォックの件がなければボクも同意してたけど、こればっかりはね。ごめんだけど、もしそのコと会ってもできるだけ穏便にね」
「あいつが協力してくれるとは限らないぞ?」
「策ならあるよ。なにせボク、神託の巫女だからね」
自信ありげに応えるアユミ。あの問題児を本当に説得できるのだろうか。
「……わかったよ。でも、もしあいつがとんでもない事をしでかした時はもう容赦しないぞ」
「もちろん。イーヴィティア神の権能は他の権能と違って唯一所持者の身体能力を上昇させる能力は持っていないから、権能が通じない相手にとっては見た目相応の実力しかないはずだよ。戦闘面なら異界人最弱だから、ボク達が抑止力にならないとね」
渋々了承するシオンに、アユミが結構ドライな意見を述べる。エリスやマサヤと違い、自分と同じ世界出身の人物に対してそのような考えができるのは、この世界で過ごした期間の差なのだろうか?
「なんかそいつだけその権能ってやつ弱くないか? 他人を魅了するだけってよ。いやまあ、それが弱いわけじゃねぇんだろうけど」
「イーヴィティア神の権能の能力はそれだけじゃないよ? 美貌を永遠に保つ能力もあるの。つまりそのマツリってコ、歳を取らない身体になってるよ」
「は!?」
「何ですかそれ!? 不老不死って事!?」
「不死ではないけど、不老ではあるよ。外的要因で死ななければ、寿命はない身体だから永遠に生きられるね」
マツリの持つ権能の、予想外な能力に驚愕するシオンとエリス。聞いてないぞそんな話。
「いやいやいやいや、やばすぎるだろそれ! 決めた、ジャバウォックをどうにかしたら次はマツリだ!」
「待って下さいよシオン君! 説得しますから! きっとマツリちゃんもわかってくれます!」
「できると思ってんのか! てかイーヴィティア神頭おかしいんじゃないか!? んな能力をセットで与えていいわけないだろ!!」
「それには同意。てかあいつらホント全員どうかしてるからね? 何でボクがあんな奴らの……」
「戦闘に一切関係しないが強力な能力を二つ与え、変わりに戦闘面の強化はない権能にする事でバランスを取ったわけだな。ふむ、スキルの構成の上限が存在するやもしれぬな。実に興味深い!」
「収拾つかねぇなこれ……」
一気に騒がしくなった異界人会議。各々騒ぎ立てる中、唯一醒めた目でマサヤはそれを眺めているのだった。




