王城にて。
「神託の巫女様に招待された、冒険者のシオンだ。これが招待状だ」
シオンは目の前の門番をしている兵士に、神託の巫女から渡された封筒の中に同封されていた招待状を渡した。兵士はそれを受け取ると、真偽を確かめ始める。
シオン達三人がいるのは、アーヴァタウタ大国王城、その門前。王都に到着し、真っ直ぐにここに来たのだ。
門は内側が確認できない程高く、そして城壁は両端が見えない程続いている。相当広い敷地のようだ。
「確かに、国印も本物だ。念の為、冒険者証も確認させてくれ。全員分な」
門番に言われ、三人はそれぞれ冒険者証明証を出す。マサヤが若干手間取っていて忘れてしまったのではないかと冷や汗をかいたが。
「ふむ、いいだろう……おい、門を開け。こいつらを案内してやれ」
門番は詰所にいた他の兵士に声をかけ、城門を開けさせる。呼ばれた兵士が先頭になり、敷地内へと足を踏み入れる。
「巫女様の客か……何故冒険者を?」
「多分、先日の奪還戦で活躍した冒険者だ。女の聖術師のほうはBランクだったからな」
「ほお、あいつらが……全員まだ若いってのに、人は見かけによらないな」
詰所からこちらの様子を伺っていた兵士の呟きに、シオン達の対応をした兵士が答える声が聞こえる。それも門を閉じられて聞こえなくなったが。
「んふふ、私達、もう結構有名人みたいですね?」
「すげーな。俺もそのうちあんな風に噂されるのか? へへ、なんか楽しみだな」
「お前の実力なら多分な。考えてみたら、お前ら異界人ってやたら目立つし、探そうと思えば簡単なのかもな」
「え、そうですか? もう見た目なら結構ファンタジーに溶け込んでいると思ってたんですけど……」
「見た目の話じゃねえよ。実力とかでだよ……てか、王城に入ったってのに緊張感のない奴等だな」
エリスとマサヤは自然体のまま談笑しているが、シオンは身が縮まる心境だ。失礼を起こさなければいいのだが。主にこの二人が。
「やー、偉い人って言われましても、ねぇ?」
「なんかイマイチ実感湧かねーよな?」
「頼むから問題起こさないでくれよマジで」
これも異界人特有の感性なのだろうか。頭が痛くなりそうだ。可能な限りこの二人からは目を離さずフォローしなければ。そんな事を密かに心に誓うシオン。
やがて三人と、一行を案内する兵士は豪奢な城に到着する。立派な外観だが、敷地の広さからして恐らく王家の住まいではなく接客用の城だろう。敷地内には他にも幾つか建物が見えた。そんなに多く、どんな用途があるのだか。
中に入って、すぐの応接間に案内される。兵士は清掃をしていたメイドに事情を話し、神託の巫女様をお呼びするよう頼んだ。
「ここで暫し待たれよ。巫女様をお呼びする」
三人は言われるままに椅子に腰を下ろす。兵士は出入口の横に立ち待機する。見張りなのだろう。客人とはいえ、部外者に勝手な行動をされても困るからな。
「おっさんも座ってていいんじゃねーか?」
「仕事なのでな。気遣いは無用だ」
「あはは〜、なんだか悪いですね」
相変わらずの様子な二人。そんな中、ノックの後に入室してきたメイドがシオン達に紅茶を出す。
「ありがとうございます。わ、紅茶なんて久しぶりです。いい香り〜」
「こっちに来てから飲み物なんて水ばっかりだったな。やっぱお城なんだし上等なもんなのかね?」
「かもですね。それにしても、本物のメイドさんなんて初めて見ました。メイド喫茶のバイトの人とはわけが違いますよ!」
「おー、確かにコスプレじゃないんだよなあれ。いやー、さすがは異世界だわ」
出された紅茶を楽しみながら雑談を始める二人。肝が座り過ぎているのもどうかと思うが、その様子にシオンもどこか気が抜けてきて、二人に混ざって雑談する。
暫く経った頃、出入口の扉が再びノックされた。メイドの後に入室したのは、ゆったりとしたローブに、顔を隠すベールを被った、特徴的な容姿をした人物。噂に聞いた通りの衣装をした、神託の巫女その人だ。
「お待たせ致しました……三人、ですか?」
神託の巫女の入室に立ち上がったシオン達だが、巫女様はその三人に疑問の言葉を呟いた。
「招待されました、冒険者のシオンです」
シオンはすぐに自己紹介をし、エリスとマサヤに視線を向ける。お前達も自己紹介だ。
「同じく、エリス……シノミヤ・エリスです」
「あー、俺、あいや、自分は最近パーティーに参加した、トウドウ・マサヤっす」
「トウドウ……まさか、貴方も……」
エリスとマサヤは元いた世界の方式の名で自己紹介をした。巫女の様子はベールに隠れて表情はわからなかったが、マサヤの自己紹介に驚いているようだ。様子からして、マサヤについては情報がなかったらしいが恐らくこれで通じただろう。
「……申し遅れました、私があなた方をお招き致しました、神託の巫女と呼ばれている者です。早速ですが、あなた方と話すのに適切な場所を用意してあります。着いてきて下さい」
言うや否や、巫女様は踵を返し部屋の外へと出てしまう。シオン達も慌ててそれに続く。
……部屋を出た時に一瞬、巫女様が片手の拳をグッと握っているのが見えたが、喜んでいるのか?
巫女様は接客用らしき建物から出て、他の建物へと向かう。これから行う話を無関係の者に聞かせない為だろう。
「思ってたより若いんだな、巫女さんって」
「ですね。ん〜、クールビューティー。フラムさんみたいなタイプですかね?」
「どうだかな……面白そうな人じゃなくて残念か?」
「いえいえ、これはこれで。でも素顔くらいは見たいですね。仲良くなれたら見せてくれますかね? 攻略イベント希望!」
何を攻略するんだ。
ひそひそと話しながら巫女様に着いていく一行。やがて巫女様は、塔のような建物に入る。ここで話をするのか。
建物ですれ違う者は、メイド以外に術者の風貌をした者が何人かいた。もしかしたら宮廷魔術師達の専用の塔なのかもしれない。
そして、塔の中の一室の前でようやく足を止める。
「こちらになります」
巫女様は一度振り返り声をかけると、扉を開き先に入室した。
「失礼します……ん?」
シオンも追って入るが、入室した瞬間、奇妙な感覚が身体を抜けた。
今のは、鑑定魔術か?
「失礼しま〜す……うん?」
「しまーす……何だ今の?」
後に入ってきた二人も違和感に気付いたらしく、背後の扉に振り返っている。
「ほほぅ……これは興味深い」
その時、三人の知らない人物の声が部屋の奥から響いた。元からこの部屋に居たのであろう、その人物は……眼鏡をかけた青年は、入室してきた三人をまじまじと見つめている。今の鑑定魔術は、この男のものなのだろう。
男に問い質そうとした時。
「トモエ、びっくり! 鑑定したからわかると思うけど、まさかもう一人連れて来てくれるなんて! これもボクの日頃の行いが良かった証拠だね!」
突然聞こえた嬉しそうな少女の声に驚き固まってしまった。今のは、巫女様か?
「彼等の前では巫女様でなくていいのかね?」
「んー? いいでしょ別に。好きでやってるわけでもないし、事情を知ってる人の前まで取り繕う事ないっての」
巫女様はそれまでの部屋の外での態度とは全く違う口調で語りながら、被っていたベールを脱ぎ部屋の中央にあるテーブルの上に放り出した。
ベールの下の顔は、シオンやエリスと近いであろう年齢の、勝気な印象を受ける少女だった。
そして、
「さて、改めて自己紹介するね。ボクはミズマチ・アユミ。こっちはハナバラ・トモエ。君達と同じ異界人だよ」
そんな自己紹介をしたのだった。